好きなのに見られない?ヨーロッパの有名絵画と美術館

 私は子供の頃から絵が好きだった(「絵で稼ぐことを覚えた子供→」を参照)。特に美術の教科書に載っているようなヨーロッパの有名な絵画にずっと憧れていた。

 だが育った田舎にはなかなかそんな絵画がやってくることはなく、生まれて初めて見た本物のヨーロッパ絵画展は、大学生の時、愛知県美術館で開催された「ミレー、コロー、クールベ展」だった。

 私が一番好きな画家、コローの実物の絵が見られた感動を今でも覚えている。もちろんその時買った、カタログは今でも私の書斎に大事にとってある。

 その後自分で油絵を描き始めたこともあり、レンブラント、ゴッホ、マネ、セザンヌ、ルノワールなどヨーロッパの有名な絵を観るために、度々美術館に足を向けるようになった。特に最近ではフェルメールの「青いターバンの少女」が来た時などは、どのくらいその絵の前で立ち止まっていたかわからない。

 そんな私が、最近は自由な時間も増え、度々海外へ行くようになった。友人からはさぞかし、美術館巡りを楽しんでるんだろうねと言われることもある。だが残念ながらそうではない。

 ローマのバチカン美術館、フィレンツェのウフィツィ美術館、ミラノのブレラ美術館、ウィーンの美術史美術館、これらの有名美術館、いずれも玄関前は通ったものの、中に入ることはなかった。

 「せっかくのチャンスなのに何故?」と思うだろう。それは、入ったら最後、どの美術館も中味が濃い。おそらく最低2~3時間は出て来られない。それではせっかくのスケッチ旅の目的、絵を描く時間が無くなってしまうからだ。

 だから子供の頃からの願いであった、憧れのヨーロッパ絵画に存分に親しむ生活は残念ながら、未だにできていない。

 尤もそんな私が唯一訪れたヨーロッパの有名美術館がある。スペイン、マドリードのプラド美術館だ。もちろん世界三大美術館の一つと言われるほどなので、ガイドブックで場所だけは確認していたものの、「スケッチ優先」の計画をしていたので行くつもりはなかった。

 ところが町歩きの最中にスリに財布を取られてしまった(「スペインをスケッチする マドリード編→」を参照)。ヨーロッパ旅行では以前にも財布を無くして、痛い目にあっていたので、幸い財布の中身は最小限にしてあった。現金を補充して再び町歩きを始めたものの、創作意欲はすっかり消沈。気を取り直すべくプラド美術館に入ったというわけだ。

 さて、入館してみると、予想通り館内はとんでもなく広い。順に見ていくといくら時間があっても足りそうにない。そこで所蔵作品が充実していると言われるベラスケスを中心に見ることにした。

 ではこの日だけは存分にヨーロッパの絵画を堪能したかというと、残念ながらそうではなかった。もちろん一つにはスリにあった精神的な疲れもあったのだが、何よりあまりに延々と続く展示空間は緊張感を削ぐ。

 しかもベラスケスの絵は17世紀後半の作品、時代的にはバロックと言われるが、やはり茶褐色の色調が強くイメージがとても暗い。名作「ラス・メニーナス」も同様だった。

 それに比べると、ゴヤは18世紀初頭の画家で様式的にはロココに近いため、かなり色調も明るくなる。特に有名な着衣のマハ、裸のマハは素晴らしい。かなり長い時間この2枚の絵を眺めていた。

 そのあとは疲れもあって、手抜き鑑賞。なんとか一通り見終わったのは閉館時間の直前だった。手元のiPhoneのヘルスメーターを見ると、なんとこの日歩いた距離は30kmを超えていた。

 最近は私自身、足腰の衰えを自覚し始めたが、絵に接する時だけは、まだまだ若いようだ。私が絵も描かず、ヨーロッパの名画巡りをする、悠々自適の人生はまだまだ先になりそうだ。

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