「絵を描くことであなたの人生は充実する!」

■「美緑(みりょく)空間」とは?

 このブログのタイトル「美緑(みりょく)空間」は私の絵描きとしての世界観を表している。

 「美緑」とは生命感のこと、「空間」とは人の存在する場のことだ。 その二つが一緒になった美緑(みりょく)的な空間を描くことが私の創作活動の目的だ。

 ゆえに私の絵には、自然と共にある人や建物は登場するが「人を寄せ付けぬ秘境」は登場しない。誰もが自分の部屋に飾って安らげる、優しい絵を描きたいのだ。

 そして絵は美術館で見るものではない。 自分の身の回りで、いつも目に触れるものでありたい。

 だから出来るだけ多くの人に「アートのある生活を」提供したい。 いずれは世界中の家庭に。

 それが私の夢だ。

■絵描きとは何をする人?

 夢の実現に、何をすべきか。私の絵描き活動を紹介しよう。

異国の情景を求めて旅をする。
 毎年海外へスケッチ旅行に行くことにしている。といっても私の生活にそれほど金銭的余裕があるわけではない。
 ただ、生涯で描きたいと思う場所を、リストアップすると、残りの人生、毎年スケッチに行かないと描ききれないと悟っただけだ。
 だから人生の予算のうちの「海外スケッチ費用」を絶対的なものとしてカウントしている。
 生涯計画のなかで年間20万円程度の旅行費用など、誰でも、きっと何とかなるはずだ。なにしろ朝から晩まで、初めて見る異国の美しい風景を好きなだけスケッチできるのだ。
 これ以上の人生の喜びは無い。(私の体験談はこちら→https://miryoku-yoshine.com/category/journey-world/
 絵の好きな人は自分で、描きたいところをリストアップしてみてほしい。そして生涯のスケッチ計画をしてほしい。
 私と同様、きっとすぐに、来年の飛行機の早割りチケットを予約したくなるはずだ。(海外スケッチ旅の心構えはこちら→https://miryoku-yoshine.com/overseas-sketching-knowledge/

旧き良き日本の風情を求めて旅をする。
 個展の計画をするときは、海外だけでなく、日本の風景もあったほうがいい。
必ずしも見に来てくれるお客様が海外の風景にあこがれているとは限らないからだ。
 私の経験で言えば、日本人なら誰もがあこがれる風景がいい。「ここ、行ったことがある!」とわかるとそれだけでその絵に好感を持ってもらえる。今までに売れた風景画はたいていそのパターンだった。
 日本の旅は年初に一年分の計画をする。行く先は国が選定した「重要伝統的建造物群保存地区」からリストアップしている。現在全国に120箇所ほどあり、私が描いた町はまだ約30箇所に過ぎない。こちらも出来れば生きている間に全て描きたいと思っている。楽しみだ。

魅力的な女性を描く。
 美しい女性を見て感動するのは誰でもできる。だが、その女性の魅力を自分の手で画帳に表現することは絵を描く人にしかできない。そしてこの楽しみは絵を描かない人には永遠にわからないのだ。
 しかし実は人物画を描こうとすると、たちまち直面する問題がある。初めての個展で人物画を出品したとき、友人の最初の質問はほとんど「モデルは誰?」だった。 つまり、風景は自分で好きに対象を選べるが、人物はそうはいかない。相当の「大家(たいか)」と呼ばれる画家でも好みのモデルを探すのに苦労しているそうだ。
 私の解決法は近所の「人物画教室」に通うこと。来ている人が全員でモデル料を分担するので安く済むからだ。もちろん、モデルさんも、服装も、ポーズも自分の望むようにはならない。それでも画力の向上に枚数を描く事は絶対に必要だ。大いに利用させてもらっている。

作品集「美緑(みりょく)空間」

作品集を執筆、出版する。
 最初の個展のとき私の作品をテーマにした本「美緑(みりょく)空間」を自費出版した。作品制作時の想いを添えている。わかりやすくて面白いとなかなか好評だった。
 そして個展よりも書籍はより多くの人に美緑(みりょく)空間の世界観を伝えてくれる可能性がある。だからいずれVol.2も発行したいと考えている。

美術館、博物館の作品を観て感性を磨く。
 アートにはインプットが必要だ。
どんな天才芸術家でも作り続けるだけの行為、アウトプットだけを続ければいずれアイデアは枯渇する。そうならないために、インプットつまり美的な刺激が必要だ。
 自分が描くジャンルの絵を見ることだけがインプットではない。敢えて違うジャンルの作品を見ることも多い。(例えばこちら→https://miryoku-yoshine.com/the-wonder-of-the-tea-house/
 刺激は美術館だけではない。歴史的な建造物にも美的感覚は刺激される(例えばこちら→https://miryoku-yoshine.com/ohtu-city-anou/)。

このブログ「美緑(みりょく)空間」で情報発信する。
 私がブログを始めたのは約10年前だ。個展を開く自信も、具体的戦略も無かったころ、なんとなくブログなら自分の感性を発信できるのではないかと考えたのだ。
 だがネットによる情報発信効果は私の予想を超えていた。例えば、最初の個展を開いた当時、訪れる人は私の知り合いばかり。案内状を見て作品を目的に来てくれる人はほとんどいなかった。
 ところが前回の個展は、半数近くがSNSを含めたネット情報をみて来てくれたお客様だった。つまり知り合いだから来たのではなく、絵を見たいから来た人が大半だったのだ。
 ネットを利用した情報発信は今やアーチストに欠くことのできないもうひとつの武器だと思っている。

■個展を開くだけで満足してはいられない!?

2度目の個展風景

 幸い、過去3回の個展は好評だった(と思っている)。自分の作品を見てもらい、感想を聞き、見知らぬ人とコミュニケーションが出来る。
 実に楽しい。喜んでもらい、絵が売れれば収入も得られる。金額の多寡ではない。サラリーマンの給料とは一味違う報酬だ。
 でも実は気がついた。このまま個展を繰り返すだけの活動でいいのだろうかと。もちろん私個人はそれなりに楽しく充実した人生だ。
 しかししょせんは私一人の活動。絵が売れればその作品はお客様一人の物になり、「より多くの人に」見てもらうことは出来ない。
 まして「全ての家庭にアートを」提供することなど永久に出来ない。もちろん大作家の作品ならば画商が企画し、バイヤーを世話し、相当の高値で売るという従来の商業的形態はある。
 だが、そんな高値売買の、限られた時間と場所と人脈が支配する世界では、普通の家庭が、いや世界中の家庭で「絵を飾って生活を楽しむ」ことはできないのだ。

■ブログ「美緑(みりょく)空間」を訪れたひとへ

 そこで提案がある。たぶんこのブログを訪問してくれた方は、絵を見るのが好き、あるいは自分でも少し描く、あるいはすでに相当描けるセミプロの人だろう。
 絵を見るのが好きな人はまず自分で描いてみてほしい。少し描ける人は、画力をつけて、リビングに飾ってもらえるレベルになってほしい。セミプロの人は、個展を開いて作品を少しでも多くの人に見せて、感動させてほしい。
よく考えれば「全ての家庭にアートのある生活を」提供するのは私だけである必要はない。
 感動させる人が多ければ多いほどいいのだ。

■アートギャラリー「美緑(みりょく)空間」のメンバー募集

 先の提案は、言い換えれば、私の個人的活動目標を皆さんに押し付けるというものだ。
 なんて身勝手な。
 そこで考えた。ネットの持つ情報発信力の可能性は先に述べたとおり。この際このブログを利用して私のような絵描き活動をしてくれる仲間を集めたい。
 名前は絵を描いて見せる場なのでとりあえず「美緑(みりょく)空間アートギャラリー」とし、そのメンバーを募集したいと思う。
 入会資格は絵が好きなこと。それだけだ。当然会費は無料だ。自分で絵を描き、いずれは絵描きとして活動をするために必要な情報をこのギャラリーメンバーで共有したい。具体的な内容はメンバーになってから・・・。

メール配信その他のシステムは現在構築中だ。もうしばらく待ってほしい。

P.S.
 私のブログには以下の5つのカテゴリがある。
「スケッチの旅 日本編」
「スケッチの旅 海外編」
「絵画上達法」
「絵描きとして生きるには」
「ためになる美術講座」
 どれも絵を描こうと思う人にとって有用な記事だと自負している。しかし残念ながら私の経験または意見を一方的に発信するだけのものだ。

また仮に来訪者とメールアドレス交換をして個別に意見交換するとしたら、必ずしも私の考えに賛同しない、不特定多数の人に対応しなければならない。
 これでは、相当の手間がかかり本来の活動目的とずれてしまう。だからこのブログとは別に、世界観を同じくする特定の仲間とサークル的な活動をする場を設けたいと思ったのだ。
 ギャラリーメンバーは最低限自分で絵を描き、上達し、人に見せて、喜んでもらうことを目指してもらいたい。もちろん私の知識と技術の提供は惜しまない。しかし単なる画力向上が目的ならばそのための出版物はいくらでもある。ここではむしろメンバーとのコミュニケーションを大切にしたいと考えている。
 私の作品の制作プロセスやそれについての個別の質問を受けようと思う。これから絵を描くという人には大いに参考になるはずだ。すでに画力のある人は、作品を見せてもらい、メンバー間でのテクニック自慢をしてもらってもいいだろう。
 メンバー全体の実力が上がってくれば、ネット上で展示会を開くのもよい。いずれは(適正価格で)売れる仕組みも作り、世界中に広がれば「美緑(みりょく)空間」の本来の夢の実現に近づくことになる。どんなメンバーが集まるかもわからないので、 具体的な方法は未定だが、メンバーが集まれば意見交換して構築してゆく予定だ。

今から絵描きを目指す人のために

イタリア ローマ ナヴォーナ広場

■今の人生に満足?

 サラリーマンも50代後半になるとその道のキャリアに終わりが近づいてきたことを悟る。そのまま大過なく勤め上げ退職金と年金で余生を送る・・・よくある人生だ。だが私の場合そんな選択が出来なかった。
 もう一度自分の人生を振り返り、これでいいかと問いかける。そろそろ封印してきた「絵描きになる」という道をもう一度追っかけてもいいじゃないか・・・そんな決断をしてしまったのだ。
 そこで今から何をすべきか調べ、考えた。公募展に応募して入選!あるいは個展で評判を取り有名に!などと夢を見る。
 一方“もう何年も油絵を描いていない。時間もない。個展を開けるような作品が溜まっていない。考えただけで困難な問題が山積みだ。

■家族関係に不安はない?

 しかも、さらなる問題が重なった。妻との別居、そしていわゆる熟年離婚だ。その原因は・・・いやひょっとすると双方の想いの一致する離婚原因など存在しないのかもしれない。でもあんな想いを二度としないためにも敢えてその理由を振り返ることにする。
 それはちょうど私が会社での将来に見切りをつけた頃に始まる。それまでは自分の生きがい=会社の未来だった。でももはや自分の未来は自分だけのものと解釈した瞬間、全ての価値観が変わったのだ。
 心に封印していた絵描きになりたいという欲求が蘇ったのは先に述べたとおりだが、問題は私の場合、自分の未来だけが一人歩きし、そこに妻の存在が無かったことだ。こう書くと、人生観を大切にした結果・・・などと高尚な話に聞こえるが、要は自分のしたいことだけに時間とお金を使いたいという身勝手な思い込みに理屈をつけていただけだった。妻から観れば先を見て、今の妻の気持ちを顧みない単なる「思いやりの無い男」だったと思う。
  私と同じように、熟年になって、何らかの人生の決断をしようとしている人は、注意してほしい。離婚は定年後の予期せぬ貧困と精神的消耗を強いる。私も一時はすっかり沈み込み、久しぶりに始めた画家活動にもまったく身が入らなかった。

ローマ共和国広場

■目指す人生のモチベーションはある?

  そんなどん底の私を救ってくれたのはイタリアへの旅だった。会社人生で初めて長期休暇を取っての一人旅。誰に気兼ねすることなくローマ、フィレンツェ、ベネチアへと旅発った。
 はじめてみるイタリアの風景は私を魅了した。毎日朝から晩まで歩き回りスケッチをした。ローマのナヴォーナ広場でスケッチを終え、心地よい疲労感に浸りビールを口にした時の充実感、幸福感はいまだに忘れられない。
 この時の「憧れの地をスケッチする」というシンプルな喜び(ビールの味ではない。念のため)が「遅咲きの絵描き」の先に待つ困難を解決し、今なお活動を続けるモチベーションとなっている。
 なお付け加えておくと、いまは旅先の僕の隣に新たな伴侶がいてくれる。おかげで心も平穏無事だ。でもスケッチの時はやっぱり一人かな。

ローマ サンタンジェロ城

ペンと水彩で描く風景画の魅力とは

 透明水彩の技法はある意味で2種類ある。

下書きの線を生かして水彩するものと、線は下書きにとどめ、色だけで表現するものだ。
 前者はいわゆる「淡彩スケッチ」と呼ばれ、いろいろな教本を見ると、柔らかい(2Bくらい)鉛筆で下書きし、薄めの透明水彩で色つけをするという方法が主流だ。
 後者は透明水彩独特の発色と滲みを生かした表現を多用し、鉛筆の線は最後はほとんど消してしまうことを推奨しているようだ。最近の透明水彩を使う画家の作品もほとんどがこちらの方法だ。

 そして私はと言うと、実は両者のいいとこ取りを狙っている。順を追って説明しよう。当初は前者のやり方、つまり鉛筆で下描きをしてから薄く水彩を重ねる方法を取っていた。
 ところができる作品にどうも存在感が足りない。色なのか、形なのか・・・心に引っかかるものを感じながら、ビジネスマンとしての毎日をずっと送っていた。しかしとある久しぶりの休日、一人で横浜にスケッチに出かけた時、一つの発見をしたのだ。

神奈川県立歴史博物館

 その日は連日の仕事の疲れもあり、どうもスケッチブックに集中できない。描きかけた鉛筆の線も気に入らない。
 その頃は建築の設計をしていたせいで、エスキスの道具、パースの道具として常にサインペンを持ち歩いていた。
 そこで、思い切って鉛筆を捨て、真っ白なスケッチブックにいきなり油性の黒いサインペンで描いてみた。
 すると、多少のデッサンの狂いはともかく、白い紙に走る真っ黒な線が創りだす画面に今まで自分が描いていた絵には無い、強さと美しさを発見したのだ。
 その建物は横浜、馬車道にある「神奈川県立歴史博物館」。ご存知の人も多いだろう。明治時代に建てられた名建築だ。それ以来私が描く風景画、特に建築物がモチーフになっているものは、ペンの線と透明水彩のコラボレーションである。

 鉛筆をペンに替え、水彩で風景画を描く。

京都中央郵便局 作者:加藤美稲

 そう決めて、最初に考えた画法は、ペンの線で描かれたパーツを水彩絵具で薄く塗っていくこと。色は基本的にその素材の色を使う。
 この絵は京都の中央郵便局。サインペンでスケッチした後、薄く透明水彩を施している。スケッチブックの紙は薄く、滲み防止加工がされているわけではない。だから透明色の重ねによる美しい発色と繊細な表現はできない。
 そのため色を限定し、重ね塗りをしないことにした。使用したのはレンガ色のバーミリオン、石色のアイボリー、銅板の青緑、後は三原色の混色による濃い装飾の縁取りをサッと塗っただけ。そして最後に画面の一番バランスが取れる位置に青空を描けば良い。
 下書きをしないので、制作時間は短い。A4サイズだが1時間未満でペン描きは終了したと思う。着色も一塗りしただけなので30分ちょっとしかかかっていない。とても効率よい描き方だ。
 もし鉛筆の下描きに同じような素材の色だけを塗ったとすると、単なる塗り絵になってしまうかもしれない。だがインクの上の透明水彩ならば、線の表現が強い分、素材色を薄く重ねるだけで、絵になるのだ。
 「水彩でイラストを描くにはどうしたらいいですか?」という質問を時々聞く。イラストの定義を「対象を明確に、美しい表現で説明する絵」とすれば、まさにこのペンと水彩を使う描き方はイラスト作品にふさわしい。イラストに興味ある人は試してみたら良いだろう。

 しかしながらこの「淡彩スケッチ」の描き方はあくまでペンが主役。水彩は補助に過ぎない。そのせいだろうか、当初は結構満足していたのだが、暫くすると、どうも油絵を描いていた頃の満足感にはやはり程遠いことに気づく。
 どんなにペンでうまく形を取り、どんなに綺麗な素材色を塗っても、そこにあるのはあくまで平面、光や影といった立体感の表現に乏しいのだ。
 もちろん平面の美しさ、面白さを芸術に高めた浮世絵の例もある。でも、スケッチしたときの現地の感動を伝えようと思うとやはり影や立体感、さらなる存在感が欲しいと思うのだ。

 さて、ここで考えてみてほしい。あなただったらどうする?

 「影の部分に白、グレー、黒を素材色に適当に混ぜて塗ればいい」と思った人は不正解。そのやり方は不透明水彩の場合はある程度当たっているが、透明水彩を使う場合は完全に不正解だ。
 理由は2つある。一つは白、黒、グレーの「不透明の絵具」を使おうとしたからだ。これらの色は塗った瞬間に透明水彩の特色である下の色と重ねて透明感ある色を表現するというメリットを消してしまう。つまり下塗りの色はもちろん、ペンの黒の美しさをも消してしまう可能性がある。
 もう一つの理由は素材色に黒やグレーの「無彩色を混色」しようとしたからだ。これをすると素材色の彩度を極端に落としてしまい、鮮やかな色合いが消えてしまう。つまり黒インクと鮮やかな色の対比の美しさが失われてしまいかねないのだ。

私が考案した方法は油絵でよく使うグリザイユ画法を応用することだ。

 グリザイユ画法とは彩色する前に白と黒の絵具によるグレーの階調で立体感を出しておいて、後から透明色を重ねるやり方だ。
 ただしこの方法はそのまま透明水彩では使えない。何故なら先に述べたように、白、黒、グレーの不透明色は下塗りの効果もペンの美しさも消してしまうからだ。
 そこで私はグレーではなく、ブルー(プルシャンブルー)の濃淡を使って立体感を出すことにした。プルシャンブルーは青色絵具の中でも特に透明度が高いことと、水加減で濃いブルーから極めて薄いブルーまで、グラデーションが自由に表現でき、ペンの黒さを引き立ててくれる。水彩グリザイユ画法には最適の色だと思っている。

美濃の町並み 作者:加藤美稲

 上図の左がペンだけで描いたもの、右がプルシャンブルーで明暗と立体感を表現したもの、下の図がさらにその上に透明水彩で着色したものだ。
 民家の壁や建具の茶褐色にも背後の山の緑にもその下にブルーのグラデーションが施されている。だから画面に統一感が出るとともに、透明色が重なり合う、優しい表現になる。
 いかがだろう。これが私の水彩画の制作基本プロセスだ。以来、この描き方を続けているが、個展に来たお客様からは当然ながらいろいろな評価をいただく。
 大部分は好意的なコメントなのだが、ある時個展に来ていたお客様から面白いコメントを頂いた。

城塞都市トレド 作者:加藤美稲

 彼が見つめていた絵は、スペイン、トレドの町を描いた絵で、ペン描きだけで何時間もかかった労作だ。
 あまり熱心に見つめているので、気になって話を伺うと、彼は何年もペン画を描いているいるという。だから私の風景画の細密な表現が気になり、使っているペンの種類を知りたいのだという。
 もっとも根っからペン好きの彼は、どうやら私がペンの上に色を塗っているのが気に入らないらしい。画廊を出るとき「ペン画に色を塗るのは邪道だよ」と呟くように私に告げて帰っていったのだ。
 「邪道」と呼ばれながらも、ペンと水彩で風景画を描き続けているのだが、

実はこのやり方にもちょっと欠点がある。

 透明水彩の場合、油絵よりもさらに透明度が高い。したがって、下地のブルーのグラデーションの上に明るい色を重ねると、下のブルー色が強すぎて上に重ねた淡い色が綺麗にでないことがあるのだ。
 さらに明暗をペンとブルーのグラデーションで完全に取ってあるので、その上から塗る絵具はその境界を意識せざるを得ない。だからたっぷり水を含ませた水彩絵具が偶然生みだす「滲み」のテクニックが使いづらいのだ。

人は常に進化するもの。さらに新しい手法を。

冒頭に透明水彩の二つの方法のいいとこ取りを目指していると書いた。それが、上記の不満を解消する私の新しい手法だ。
 ペン画による線の美しさを生かしつつ、透明水彩によるグラデーションで立体感を出し、水をたっぷり使ったにじみの面白さで素材感を出すのが狙いだ。
 現在何作かチャレンジ中。ある程度そのプロセスを体系化出来れば、いずれ報告したいと思っている。

P.S.
 トップページにも記載しているが、私の創作と活動方針に共感していただける方に「美緑空間アートギャラリー」のメンバー登録をお願いしている。
 私の活動のうち、今回最後に触れたような作品制作の最新情報、テクニックなどは応募してくれたメンバーに優先的に公開していくつもりだ。
 登録システムはまだ構築中であるが、興味ある方はいずれ、是非、メンバーに加わってほしいと思っている。

手のデッサンは難しい?

■手のデッサンにこだわる訳は?

 初心者が人物画を描き始めて最初に悩みむのが顔のデッサン。そして次が手のデッサンではなかろうか。「顔」についてはhttps://miryoku-yoshine.com/face-drawing/を参照してもらうとして、今回は「手」にこだわってみようと思う。
 というのは、私が学生時代以来久し振りに人物画を描き出して、ブログに投稿し始めたころ、自分では特に気にしていなかったのだが、親切で手厳しい友人から「手が変だね」、「女性の手に見えないね」など手のデッサンに関する私指摘が多かったからだ。さらには、その頃お付き合いのあった芸大の関係者からも「手が描けたら一人前だ」と教授に言われたとかいう話も聞いた。それほど人物画における手の表現は重要だということだ。

■どうしたら手のデッサンは上達するのか?

 徹底的に練習あるのみ・・・!では、いささか不親切だろう。私自身の経験から学んだ上達のポイントをまとめてみた。参考にしてもらえれば光栄だ。
 まず最初に指摘しておきたい。手のデッサンが難しいからと言って、いきなり自分の手を見てデッサンし始めた人は、ちょっと勘違いしている。
 初心者の絵で「手がおかしい」という時、その理由は女性らしい、優しいふくよかな手になっていないという意味よりも、もっと根本的なところ、画面の中に収まる手の大きさがおかしいということなのだ。
 だから自分の手だけを見つめ、一生懸命デッサンしても、いつまでたってもいい絵にはならないだろう。

■手の大きさが変になるのには主として2つの理由がある。

 一つは手を描くときにも建物を見るような遠近法の意識が必要だということ。具体的に説明しよう。
 まず基本の条件を設定する。モデルさんのポーズは椅子に座り、両手を膝の上に置いているとしよう。よくあるポーズだ。
 そしてあなたはモデルさんの正面に座ってイーゼルを立て、6号のスケッチブックにデッサンをしている。(この時描くのにややこしいからといって、手を入れない構図にしてはいけない。6号の大きさで手を入れない構図はとても不自然だ。)
 仮に頭から膝下くらいまでを画面に納めたとしよう。手の位置はあなたの目から見て顔よりも手前にある。
 さてここで皆さんに質問だ。顔と手の大きさの通常の比率をご存知だろうか?正解は顎下から額の髪の生え際と手首から中指の先端までの寸法は同じ、つまり1:1の比率で、本来、顔と手は同じ大きさなのだ。
 ところが今あなたが描いている手が膝の上にあるということは、あなたの目から見て顔よりも手が前にある。だから顔よりも大きく描かなければいけない。しかしどうも人間の意識は通常(顔と手の比率が1:1)より大きく描くことに抵抗があるらしい。意識しないとつい、手を小さく描いてしまうのだ。
 もう一つの原因は手のひらの角度を意識できていないこと。あなたがモデルさんを正面から見ているとすると、横にした手のひらを正面側から見ることになるので、手の奥行きは実際より小さく見える。一方先に述べたように手の幅方向は遠近法により通常より大きく見えるはずだ。すると私がよくやるミスなのだが、本来より幅広くしなければいけない手のひらを短くなった手の長さに合わせて狭くしてしまうのだ。
 だから結果的にとても手の小さい人物画が出来てしまうのだ。

■魅力的な手のデッサンはどうやって描く?

 さてここでクイズだ。上の肖像画にある手は誰のものだろうか?簡単すぎて「常識だ!」と叱られるかもしれない。
 そう左側は有名なレオナルド・ダ・ビンチのモナ・リザ。右側は私が思春期の頃、美術の教科書で見てあこがれ、今日人物画を描くきっかけとなったルノワールのイレーヌ嬢の肖像だ。
 私の経験に基づいて言えば、初心者がこだわるのはモナリザやイレーヌのような手全体はもちろんその指の形や表情だろう。
 だからつい細かな手と指のラインをみてしまう。だがそれだけに執着しすぎると、指の曲線だけを追いかけることになる。だから相当に人物画が描ける人でも手に限って言えば、アニメのキャラクターの手のようになってしまうのだ。そういう目で自分の絵をもう一度見直してほしい。
 絵画としての「手」に必要なことは手のひらの物理的な厚みを実直に表現することなのだ。簡単に言えば、箱状の手のひらに棒状の指が付いているという無骨なモデルを意識することが一番大切なのだと思う。

■指のディテールを極めるには?

 やっと魅力的な女性の手の表現するところまで話が進んだ。ただこの段階の話は世の中にいくらでも参考になる本がある。詳細はそちらに譲るとして、このブログでは女性の手と指を描く大原則だけ述べておこう。
 まず指の長さについて。私自身の手を測ってみると、掌の長さは10cmあるのに対して中指は7.5cmしかない。2.5cmも短く、指は掌の3/4しかないことになる(もちろん私は通常の男性よりも少々手のひらが広く、指が短いのだろうが)。
 それに対して一般的な女性の指は掌と中指の長さはほぼ同じだと言われている。この比率を守ることが女性らしい手を描く大原則だ(もちろん手の角度による見え方を考慮して)。
 もう一点は手の甲に並ぶ指の第一関節から第二関節までの寸法と第二関節から第三関節を含む指の先端までの寸法がほぼ同じという原則だ。
 個人的には人差し指から小指までの各第二関節が並ぶラインを手全体の中でバランスよく、正確に描けるかが手のデッサンのポイントだと思っている。
 

P.S.
 私のアドバイスは以上だが、実は今回のようなテーマについては、本当はもっと実際のデッサンを元に説明できればよかった思っている。
 そしてこのブログのトップページで「美緑空間アートギャラリー」への参加をお願いしているが、このサークル活動が有効に利用できるのではないかと考えている。
 例えばあなたがもし自分の描いた「手のデッサン」についての評価を聞きたいと思うのであれば、このサークルに参加して、私のコメントを求めてもいい。 
 あるいはさらに他のメンバーに実例として作品を提供していただけるのであれば、作品は匿名にするとしても、メンバー全体の絵画技術向上に役立つコメントを私から発信できる。
 この私の考えに賛同していただける人は、是非「美緑空間アートギャラリー」に参加してほしいと思う。
※登録システムは現在工事中だ。しばらく待ってほしい。

意外に知らない水彩画上達法とは

 水彩画は子供の頃から親しんだ画材。だから誰でも気軽に始められる。だが誰もがぶつかる壁がある。それは慣れて、筆の使い方も色の混ぜ方、水の含ませ方も一通り覚えた頃に訪れる。

「どこかプロの画家との違いがある。何故だろう?」

 でも子供じゃあるまいし、そう簡単に上達するはずがない。やはりわたしには才能がないのか・・・と諦めてはいけない。やる気があれば絵は必ず上達する。 
 いつまでたってもあるラインを超えられない人には理由がある。それは自分の絵を客観的に見られないからだ。どこが素人くさいのか分析していないからだ。まずは自分と同じテーマで描いた、いい絵をじっくり見てみよう。
 どこで?美術館?有名画家の画集??そんなに都合よく参考になる絵が見つかるはずないじゃないと言うかもしれない。

 心配することはない。いい方法がある。まず入場料は無料。現代芸術作品の世界中の傾向がわかる。その絵が評価されているかどうかは「いいね」の数でわかる。
 もうお判りだろう。インスタグラムだ。(フェイスブックでもわかるが、自分の求める作品だけをハッシュタグ、例えば#人物画 #風景画などと検索すれば、いくらでも参考の絵が出てくる)
 その中で、自分の個性と客観的な人気を合わせ目指す方向を決める。参考になりそうな絵は片っ端から保存しよう。そしてじっくり自分の絵とのギャップを考えてみよう。

デッサン力を別にすれば、通常、素人っぽい絵になる原因は主に二つある。

 ケース1は各部の彩度が鮮やかすぎて画面に統一感がなくなる場合。ケース2は逆に統一感はあるが怖がって全体的に色が薄すすぎる場合のどちらかだろう。
 さて改めて、インスタグラムで自分が選んだ絵と自分の絵を比べてみよう。さてあなたはどちらだろうか?

 もしケース1の統一感がないことが原因であると判ったら、最初の下塗りとその上に乗せる色の濃さを加減する必要がある。
 インスタグラムには動画で塗りのプロセスを公開している作品もある。具体的な例をチェック、比較してみると良い。

 そして実は、私の場合はケース2だった。特に最初の頃は、ブログでの公開を前提に考えていたので、多少色の薄い絵でも、スキャンして、しきい値を調整し、アップするとそれなりに味が出てしまうのだ。しかし個展で額に入れて実物を飾ると、絵の弱さは一目瞭然となる。
 さてどうするか。もちろん欠点に気がついた時点で、次からの作品で注意することは当然なのだが、それよりももっと効果的な方法がある。
 それは教科書的には多分タブーとされていた方法だ。昔描いた絵に新たに筆を入れることだ。
 それが何故タブーとされていたかというと、スケッチや水彩画は「一瞬の感動の表現」であり、後から筆を入れ描き直すなどとんでもないということらしい。 
 しかし私は自分の作品の問題点が明確にわかっていて、それをほっておくことがいいことだとは思わない。一作ごとに進化するであろう、自分のテクニックで加筆し、絵が良くなるならその方がいいと思っている。

 参考に私の絵の例をお見せしよう。冒頭の右の絵が最初に描いてから数年後に再度筆を入れた絵、左が当初ブログにアップした絵だ。全体的に彩度をあげ、明度差を大きくし、背景の山の表現には水をたっぷり使って、水彩独特の滲みの表現を強調したものだ。
 いかがだろう。水彩画に後から手を加えることは悪いことだろうか。客観的に以前の失敗が頭に入っていれば、新しいチャレンジを重ねることでその効果は具体的に自分のものになる。あなたは確実に上達できるはずだ。

P.S.
ケース2で私と同じテクニックを使うためにはある程度、水彩紙が丈夫であることが前提だ。そのためにも初心者であっても普段から300g/㎡の上等な紙を使うことをお薦めする。

P.P.S.
ケース1の彩度が高すぎる場合は、ケース2のように別な色を重ねても(透明水彩では)思うような色にはならない。むしろ同じ構図を模写して新しいテクニックを試した方がいいだろう。

ラインの古城を描くのは大変!?

ラインシュタイン城  グリム童話に現れる魔法の城のよう

「城」は絵描きにとって魅力的なテーマだ。

 ある意味、その国の歴史の決定的瞬間を知っているからだ。中でもドイツ、ライン川沿の古城の魅力は格別だ。ただここを効率的にスケッチするのにはちょっとした事前知識がいる。今回はそのノウハウをお伝えする。
 インターネットで調べてみると、ライン河沿いの古城はいくつもの小さな町、村に分かれている。普通の観光コースはいわゆるライン下りの船から外観を駆け足で見るというもの。そして時間とお金に余裕のある人は古城ホテルに泊まり、古城レストランで食事をするというコースだ。

しかしスケッチを目的とする者にはこのプランはおすすめできない。

マインツの駅舎

 何故なら、刻々と、定められたコースで動く船からは古城の記念撮影は出来ても、自分の好みのアングルをじっくりとスケッチする時間は取れないからだ。
 しかも古城ホテルはフランクフルト空港から遠いので、日本を朝出発して、その日のうちにホテルにチェックインするのが難しい。
 そこで、私が考えた3泊(夜着、早朝出発なので、実質中2日)のスケッチコースは以下の通りだ。最も効率的にスケッチができるプランだと思っている。
 まずフランクフルト空港からマインツへ入る。この都市は列車で空港から30分ほどで着ける。私は駅前のホテルを予約したので、初日の夜はその町でゆっくり食事を取ることができた。
 マインツはライン川沿いの主要駅を走る列車の起点となる駅だ。ここから各古城まで2日間、列車に乗って移動すれば効率よくスケッチができるのだ。

到着の翌朝マインツからトレヒティングスハウゼンに向かう。

ライヒェンシュタイン城
ラインシュタイン城

 ここにはライヒェンシュタイン城とラインシュタイン城がある。いずれも駅から歩いていける距離にある。前者は麓から見る山上の姿がとても美しい。城の中もよく保存されていて、城内にも絵になりそうな、いい構図は多くある。特に城塔とライン川が重なる構図がいい。
 後者はさらに30分駅から歩く。山道の中腹に梢の切れる場面が現れる。グリム童話に出てくる魔法の城のモデルのようだ(冒頭の写真)。観光客に解放されている内部は狭いが、レストランから見るライン川は素敵だ。

翌朝はまず食事前にマインツの町をスケッチする。

マインツ大聖堂

 マインツ大聖堂はなかなかいい。しかし残念ながら、周辺の景観がいまひとつ。聖堂の横に近代的なデザインの銀行が並んでいたりする。建物だけを描くならばいざ知らず、町並みを描こうとすると、構図がむつかしそうだ。

キルシュガルテン の町並み

 聖堂の近くに「キルシュガルテン」という中世の町並みが残る街区がある。
こちらは素晴らしい。町並みが完璧に保存されている。マルクト広場と併せて是非スケッチしたいところだ。

シュターレック城

 次の古城はマインツからバッハラッハまで列車にのる。駅から歩いて20分くらいで「シュターレック城」だ。ここはホテルとして営業している。

バッハラッハの町並み。背後に シュターレック城

 そしてこのバッハラッハは町並みも非常に美しい。急勾配の三角屋根が連続するドイツらしい町並みだ。
 実はここから先、ケルンまでのルート選択が難しい。ライン川沿いの古城は地図で見ると12棟ほど。しかしその一つ一つは結構離れており、駅から歩くのは困難な距離にある城もある。
 従って列車の時間、スケッチの時間を調整しつつそれら全てを訪ねて歩くのは、制限ある旅程のなかでは現実的ではない。それにせっかくここまで来たからには、ライン下りとクルーズ船内のモーゼルワインを楽しむことも必要だろう。

バッハラッハからケルンまでのお薦めのコースは以下の通りだ。

猫城

 まずバッハラッハは鉄道駅とクルーズ船の船着場と城と美しい町並みがあるクルーズの起点としては文句なし。
 もう一つ同じ条件の町はサンクトゴアールだ。ここは船着場から歩いてラインフェルス城に行ける。そして対岸に猫城があり、乗り換えの鉄道駅もある。
 そしてバッハラッハからサンクトゴアールまでのクルーズで、プファルツ城とシェーンブルク城、ローレライの岩を眺めながらワインをいただくというプランだ。この間約20分。
 もちろん時間に余裕のある人はそのまま船でケルンまで行っていい。ただしクルーズはやはり時間がかかる。
ラインフェルス城や猫城を描こうとすると、クルーズはここでやめたほうがいい。それにこの後、ケルンまでの間は古城はほとんどないのだ。
私はサンクトゴアールからケルンまで列車で行って、その日のうちにケルン大聖堂をスケッチした。

ケルン大聖堂を見た時の感動は記しておかないといけない。

ケルン大聖堂の入口
ケルン大聖堂頂部 高さ約150M
ライン川の対岸からみるケルン大聖堂

 ライン川の古城は確かにロマンチックで美しい。しかしケルン大聖堂はそれらとは美の性格が異なる。
 何よりもその巨大さ。中世の技術力でこんな巨大な美が創出できたことが信じられなかった。神への信仰心と人間の創造力が結実したまさに総合芸術だ。
 かつて巡礼者がこの聖堂を目印に旅したように、ライン川沿いを旅する者はどんなに忙しくてもこの聖堂だけは絶対に見るべきだ。
 私はこの聖堂をスケッチした後、往路とは反対側のライン川東岸を列車で一気にマインツまで戻った。
 ホテルに帰り着いたのは19時。例によって早朝から一日中歩き詰め、しかし充実の2日間だったことは言うまでもないだろう。

ロマンティック街道の町ヴュルツブルクを描く!

ドイツで古城の絵を描こうと思えば「ロマンチック街道」は外せない。

 ヴュルツブルクはその北の起点になる街だ。人口15万人ほどの中核都市でガイドブックの扱いも高い人気の町だ。
 しかし実はこの町、空港のあるフランクフルトから列車で1時間とちょっとで行けてしまう。つまりここで宿泊するのは、スケッチ旅行のスケジュール上は賢いやり方でない。フランクフルトから日帰りとするか、他の都市への移動途中で立ち寄る方が時間的に無駄がないだろう。
 私の場合は、ラインの古城を描いた後、ロマンチック街道と古城街道が出会う町、ローテンブルクへ向かう計画だったが、その途中でこの町に立ち寄ることとした。

時間はないけど、「1枚だけでもスケッチしたい!」

 さてどうするか・・・今回は私の弾丸スケッチツアーの顛末を報告しよう。列車を降り、時計を見ると次の列車の出発まで残された時間は僅か3時間半。
 あれこれ迷っている暇はないので、事前に調べておいた3箇所に狙いをつけ走り出す。

マリエンカペレ 教会

 まず駅から一番近く、かつ一番期待していたのが「マリエンカペレ(聖マリア礼拝堂)」だ。ネットで調べるとで15世紀に建てられたゴシック建築らしい。
しかし行ってみると、ちょっとイメージが違う。
 と言うのは、本格的なゴシック建築は一般に正面入口上に2本のシンボリックな双塔が建つ。しかしこの教会には塔が1本しかない。
 そして普通は身廊横にある側廊部分の屋根上に華麗なフライングバットレスが舞い、その下の垂直に立ち上がる何本ものピア(寄柱)の間に大きなステンドグラスが嵌め込まれる。
 ところがこの教会にはそもそも側廊がなく、バットレスもない。柱はシンプルで、ピアなどない。ステンドグラスは柱の横の子壁の間に埋め込まれている。
 ちょっと建築を学んだ者には「これがゴシック建築?」と首を傾げたくなる造りだ。
 とは言っても、マルクト広場に面し、ロケーションもいい。白い外壁を赤い柱で縁取った、教会としては、派手で奇抜な外観でかっこよい。いつもなら迷わずスケッチブックを開いただろう。
 だがあいにく私は昨日、ケルンの本格的ゴシック大聖堂を見たばかり。あの巨大で圧倒される教会建築を見た後では、どんな派手な教会も霞んでしまう。
 残念ながら全く、未練なく、あっさりとスケッチをパスしてしまった。

世界遺産「レジデンツ」

 次に向かったのは世界遺産「レジデンツ」。バロック式の宮殿だ。ガイドブックには豪華な階段室が有名で「内部見学の時間をじっくり取りたい」とある。
 だが残された時間が少ない私には余りに巨大すぎる。本格的に内部を見学し始めると、スケッチする時間がなくなることはもちろん、列車に乗り遅れること間違いなしだ。
 しかも外観はご覧のように建物の両翼がとんでもなく長く、私好みの構図を決めるにはこれまた時間がかかりそうだ。故に残念ながらこちらもパスだ。

マリエンベルク要塞

 というわけで最後に残る候補は「マリエンベルク要塞」。こちらは中世の建物。
 マイン川にかかるアルテマイン橋との構図が最高だ。もはや迷っている時間はない。画帳を開き、中世の気分に浸ってペンを走らせる。いつもながら私にとって幸せなひと時だ。

一気に描き終えた。

 駅に大急ぎで戻り、コインロッカーからスーツケースを引っ張り出して、列車に飛び乗る。
 間一髪!実はこんな芸当ができたのは、駅の大型コインロッカーが充実していたおかげだ。重いスーツケースを引きずっていてはとても今日のような芸当は出来なかった。
 この町はどうやら私と同じ、途中下車客が多いらしい・・・とは、考えすぎだろうか。

美術館で見た茶室の不思議

 大阪 中之島の東洋陶磁美術館を訪れた。北欧の有名な「アラビア」の陶磁器とマリメッコを見るためだ。この美術館はもともと陶磁器に特化した美術館なので北欧陶磁器の展示は当然なのだが、何故マリメッコなのか不思議に思う人も多いだろう。

 ちなみにマリメッコとはフィンランドのアパレル企業で、ファッションブランド名 でもある。鮮やかな色と大胆なプリント柄をデザインした商品が特徴だ。私の妻もこのブランドの 婦人服と靴が大好きだ。
 フィンランド航空の機体のケシの花(ウニッコという)模様と言えば思い出す人も多いのではなかろうか。

 実は今回この展覧会の一番の目玉は茶室とマリメッコデザインのコラボレーションだった。茶室を説明し始めるとそれだけで一冊の本が書けてしまうが、敢えて誤解を恐れず説明しよう。多少の齟齬はご勘弁願いたい。
 一般の住宅と一番違うのは、部屋の広さと、天井高さ、入り口の寸法関係だろう。基本的にスケールが小さめだ。それは茶室の目的である「主人と客が身分の隔たりなく語り合う」という濃密な空間を作るための作法と言って良いだろう。

 さてマリメッコ茶室。いかがだろう。少なくとも私が見たところ、物理的な空間、寸法の妙はまさに茶室そのもの。自然で違和感はない。
 それでいて壁と天井は全面マリメッコデザインのクロス張り。茶室の権威であれば「とんでもない」とすぐに却下しそうなものだが、美術館の企画が素晴らしいのか、日本とフィンランド、互いのデザイナーが素晴らしいのか、結果として全く破綻がない。
 見事だ。

 もちろん偶然の産物であるはずがない。よく見れば、さすがと思わせる工夫があちこちにある。床の間の周りのクロスは模様こそ大柄だが、色は侘び寂びに通ずるグレー。
 逆ににじり口のアーチ枠の向こうには派手な色のあのウニッコ模様を配している。まさに大胆かつ繊細な設計だ。

 FB(フェイスブック)の「美術館、博物館、芸術関連仲間」にこの茶室を紹介したところ、凄まじい反響があった。メンバーには茶道家もおられたようだが、「斬新、楽しいお茶席になりそう」と全面的に絶賛。きわめて日本的な茶室がこんなに簡単に西洋のそれもかなり奇抜なデザインと何故なじむのか?
 しかし歴史を振り返れば利休による余計な要素を剥ぎ落とした、究極の茶室と言われる一畳代目(とても狭い)の茶室、逆に有り余る財力を投入した秀吉の「黄金の茶室」が並存する。そして今回、ある意味素材を無視した究極の「装飾茶室」ができたように思うのだ。
 実を言うと私は茶道はたしなまない。しかしあの茶室なら、逆にきちんと作法通りにお茶を飲んでみたいと思った。
 茶室とは世界中の文化を呑み込む不思議な空間なのかもしれない。

顔のデッサン練習中!?。知っておきたい5つの勘違い。

勘違いその1 アイドルのデッサンが得意!?

 よく人物画を描く。私の場合は女性像ばかり。うまくいかないときもある。そんなときにこの便利な世の中、インターネットを利用しない手はない。ためしに「顔、デッサン」とグーグル検索してみた。

 驚いた。大半がアニメのキャラクターの描き方のサイトだ。時々リアルな顔の描き方をうたったサイトがあると思って覗いてみると、アイドルの写真を下絵に顔のパーツの描き方を細かに教えているものだ。

 たしかに手っ取り早い。インターネットが発達した現在、無料の人物画像をダウンロードすればモデルをやとう必要もないのだから。だがこのやり方で、アイドルの顔を完全にコピーできたとしても絵描きとしての喜びはちょっと少ないだろう。なにしろ最高に出来た作品がカメラマンと同じアウトプットなのだから。

 もちろん、鉛筆の使い方の訓練としてはOK。枚数をこなせば上達も早い。でもここでは敢えて、対象とするその人物像の生きた表情を描くことにこだわりたいと思う。もちろんアイドルがモデルになってくれたら最高だが・・・。

勘違いその2 デッサンは似顔絵じゃない

 私は女性像を描くために、近くの人物画教室に行っている。一人でモデルを雇う必要も無く安価だからだ。その教室に最近来たばかりの初心者と思われる人が、講師の先生に聞いている。
「全然モデルさんに似ないんです・・・」。
さすがに講師は心得たもの。
「ここは似顔絵教室ではありません。似てないことを気にする必要はありません・・・」。

 この講師の言葉には2つの意味がある。ひとつは初心者に対するファーストステップとして似せるよりも「顔」の基本比率を守りなさいと言うこと。例えば顔を正面から見たとき1/2の位置の高さに眼がある。眉から鼻下までの距離と鼻下からあごの先端までの距離は同じ。眉、目、鼻、唇は顔の鼻筋を通るラインに対して左右対称であるとか・・・。

 もうひとつのポイントは人の個性と表情を描くことはとてもむつかしい。今日、明日ですぐにマスターできるものではなく、練習が必要ということだ。

 念のため断っておくと、大前提として「似顔絵」は人の顔の特徴を誇張して個人を特定することを目的としたもの。だから極端な話、前述の一つ目のポイントである「顔の基本比率」を無視することもある。新聞の政治欄にある風刺画が典型的な使用例であるが、ここでは扱わないことにする。

勘違いその3 目と眉と鼻の関係をよく見て・・・も描けない!

 私がプラハにスケッチ旅行に行ったときのことだ。かの有名なカレル橋で、とある画家が美しい婦人を描いていた。それもいわゆる特徴を誇張した似顔絵ではなく、ちゃんとした肖像画だ。

 使っているのはたぶんガッシュ(不透明水彩)。私が使っている透明水彩のにじみやぼかしというテクニックは使えないが乾燥が速く、橋の上での肖像画制作にはうってつけだ。

  どんな風に描くのか画家の背後で見ていた。恐ろしいスピードで、筆を動かしている。まったく動きに躊躇が無いのだ。
 そんな動きの中で唯一、筆が止まる瞬間があった。それが両目と鼻、眉を描いている時だ。つまり個性を描くレベルではその部分に一番注意を払うと言うことだろう。そして、しかもすばらしい肖像画が出来上がった。時間にして20分ほどだろうか。

 帰ってきてから、私もかの画家のやり方をまねてみる・・・。なるほど、似せるという目的からは目、眉、鼻の関係に集中することが大事だということがわかる。
 でも残念ながら絵全体としてはうまくいかない。なぜならその3点の関係は正確でも、そこだけを見ているとどうしても遠いところにあるパーツつまり顔全体、画紙全体の中で決めた構図内での位置関係がどうしても狂って来るからだ。

 つまりこのやり方は画面の正確な構図が要求される作品には向かない。今思えば、かの画家は画面の中央に眉、眼、鼻の3点セットを描き、それに合わせてあごや髪のラインを最後に調整していたようだった。
 20分という短時間の中で顔だけを描くきわめて特異な手法だったのだ。

 という訳で、橋の上で短時間で美人を仕上げる必要ない私たちは、やはり構図を決め、全体の位置関係を決め、正確なプロポーションを追う地道な練習が必要なのだ。

勘違いその4 決められた比率にこだわるな

 私が顔のパーツの基本比率を知ったばかりの頃。顔の大きさを決めるとすぐにその割付位置に目、鼻、口を置くようにしていた。そうすると、極端な話、モデルを見なくても人物画として違和感が無い、安心して見られる絵となるからだ。

 だがその人らしい個性が出るかと言うとそれだけではだめなのだ。理由は2つある。
 ひとつ目の理由は、パーツの比率には個性があるからだ。眉から鼻下、鼻下からあごの下までの長さは同じと書いたが、当然だが人によってその比率は微妙に違う。一般的に言うと、女性のほうが鼻下からあご下の寸法比率が小さい。だから女性の唇もあごも男性に比べ小ぶりで、女らしい顔になる。
 二つ目の理由は、ここでいう比率とはあくまで正面から見たときの比率であって実際に見える比率とは違うからだ。だから本当は正面から見た似顔絵以外には使えない。
 私たちが描くときは近い部分は大きく、遠い部分は小さく見える。顔にも遠近法を適用しないといけないのだ。
 例えばあなたは立ったままで、座っているモデルさんを描くとしよう。この時あなたはモデルさんを上から見下ろすことになる。すると正確に言えばモデルさんの眉から鼻下の距離は鼻下からあご下までの距離より、あなたの目に近い分、大きく見えるのだ。これを紙の上で同じ比率に描いてしまうと、相対的にあごや唇が実際よりも大きくなることになり、可愛らしい女性にはならないのだ。

勘違いその5 表情にこだわるな

 モデルさんのその瞬間の魅力をストレートに伝えるには、顔のパーツの形を正確に描く必要がある。目の開き具合、黒目の大きさ、瞳孔の開き具合・・・。
 口元の向きで笑顔にもなるし、不機嫌な表情にもなる。小鼻の影、まつげの形も気なるだろう。場合によっては化粧の紅も気になってくる。
 するとついついその魅力的な部分だけを見て影を付け始める。その結果、本来全体として明るいはずの面に暗い塊が現れる。本来暗いはずの面に明るい塊が現れる。人間の目と脳は正確だ。不自然な鉛筆の濃淡は顔の陰ではなく、腫れや出来物のように見えてしまう。こうなると、その修正に膨大な時間がかってしまう。ちょっと逆説的だが、個性を魅力的に表現しようと思えば、まず顔の大きな、自然な明暗を捉え、その明暗の中に個性のパーツがあると考えたほうがいいのだ。是非お試しを。

スペインをスケッチする マドリード編

スペインはヨーロッパでイタリアに次いで世界遺産の多い国。

マドリードの夜 食事もそこそこに・・・

 歴史的な建造物も多く、スケッチ旅行先としては文句なし。まずは関空から首都マドリードへ向かった。
 しかし今回のスケッチ旅行も実はトラブル続きだった。
まず到着早々、空港からマドリードまでタクシーに乗ったが英語が全く通じない。しかもわざと遠回りをされたらしく、時間も料金もガイドブックに記載された数値の5割り増しぐらい。

油断できない街だと感じた。

 この日は夜遅く到着したので、簡単な夕食を済ませ、時差ボケもあってすぐに就寝。

早朝のマドリード
交通量多く、スケッチを断念

 さて翌早朝。スケッチブックを持ってホテルを飛び出す。まずは王宮を目指す。途中で教会の尖塔がのぞく町並みをスケッチしかかったものの、車の往来が激しくて途中で断念。貴重な時間をロスしてしまった。

スペイン王宮

 そして到着した王宮。ガイドブックでは絶賛していたので、大いに期待していたのだが、外観は今ひとつ。18世紀の建物らしいのでおそらくバロックの建物だと思うが、設計が悪いのか、正門に立つと華麗なドーム屋根は見えず、外壁面に柱型だけが単調に並ぶデザイン。正面の広場も矩形の広いスペースがあるだけ。床のペイブメントも単純で魅力はない。

ガイドブックが絶賛しているからといって、絵描きに魅力的だとは限らない。

 とてもスケッチする気にならず、早々と退散することにした。もっともこれは絵描きとしてのコメント。豪華な内装は観光には最適だともコメントしておく。

スペイン王宮の内部

 次に向かったのはやはりガイドブックでおしゃれなストリートとしての紹介のあったグラン・ビア通りとその周辺の建物。しかしいずれもクラシカルなパーツを冠した現代建築ばかり。中途半端な印象でやはり絵を描く気になれない。
 そのまま歩いて有名なキュベレーの噴水に到着。これも評判ほど美しいとは思えなかった。エル・レティーロ公園まで歩くとさすがに疲労困憊。ここでビールで一息つき、支払いをしようとして気がついた。財布の中身が抜かれている!

エル・レティーロ公園

スリにあったのだ。

 そういえば交差点で目つきの悪そうな黒人達が私の後ろについていたことを思い出した。あの時に違いない。それにしても中身だけを抜き、財布はリュックに戻すとは・・・。実に慣れている。

 もっとも以前、ウィーンで全財産を無くすという大失敗を経験しているので今回はあわてない。店の支払いはポケットの小銭入れから支払い、今後の旅費用はマドリード駅のATMからやはり別の場所に入れてあるクレジットカードで引き出す。
 幸い、すられた金額は2万円くらい。痛い出費には違いないが、大使館に駆け込むほどのトラブルでなく、幸いだった。

 実は事前の調査でマドリードでのスケッチはもともとあまり期待していなかったが、この事件のおかげで、すっかりスケッチする気力は失せ、残りの時間をプラド美術館で過ごすことにした。
 お目当ては当然ベラスケス。広大な展示室を次から次へと見て回り、美術館を出たのは閉館時間ぎりぎり。
 疲れ果て、iPhoneでこの日歩いた距離を見ると、なんと30km。美術館での時間は別としてスケッチ成果ゼロの疲労困憊した1日であった。

皆さんにお伝えする結論!

 マドリードはスケッチ旅行先としては今ひとつ。空港へ行くための宿泊地と割り切ったほうが良さそうだ。

スペインをスケッチする。 グラナダ編

 世界遺産の宝庫、スペイン。最初に訪れた首都マドリードは残念ながら、描きたいと思う風景はあまりなかった。だが次の町

グラナダは期待に違わぬ魅力的な町だった。

 スケッチどころをご紹介しよう。まずグラナダの町を俯瞰する。それほど大きな町ではない。見どころはだいたい3km四方に収まる。
 だからスケッチブックを持っての移動も全て徒歩だ。マドリードから来る列車が到着するグラナダ駅は町の北西端にあり、有名なアルハンブラ宮殿は南東端にある。ホテルが密集する町の中心はその中間にあると考えればいいだろう。

 さて私がグラナダに到着したのは午後。今からアルハンブラ宮殿に行っても、内部を見学するだけで終わってしまい、スケッチする時間は取れないと考え、その日はアルハンブラ宮殿の全景を見られるという丘の上にあるサン・ニコラス広場へ向かった。
 地図で見る限りは、チェックインしたホテルから直線距離で1kmほど。だがこのあたりはアルバイシンと呼ばれる、住宅が入り組んだ地区で、道は曲りくねり、地図など全く役に立たない。時間に余裕を持って出かけよう。
 ただこのあたりの建物は赤瓦の屋根、白い外壁、石畳のコントラストが美しい。そして

高低差のある道と建物が切り取る青い空はアルバイシンの美しさそのものだ。

 時間があればこの空をゆっくりスケッチしたいところだ。ちなみにこのアルバイシンもアルハンブラ宮殿と並んで世界遺産に選定されている。
 さて結局ホテルから1時間ほど歩いてサン・ニコラス広場にたどり着いた。

これがアルハンブラ宮殿か・・・素晴らしい!

 二の句が告げられないとはまさにこのことだ。早速スケッチしようと思ったが、この素晴らしい眺望をカメラに収めようとする観光客がひしめき合い、画帳を開くスペースなど全くない。
 この日は平日。おそらくいつ訪れてもこの状態なのだろう。さてどうするか。実はいい場所がある。この周辺のレストランは全て「アルハンブラ」ビュー。
 窓際の席を確保して、ワインを飲みながらゆっくりスケッチすれば良い。絵描きにとって至福の時だ。

 グラナダでは2泊した。しかし初日は午後の時間をアルバイシンに当てたので、お目当てののアルハンブラ宮殿内部を描く時間は翌日、チェックアウトしてから夕刻の列車に乗るまでの数時間しかない。しかも聞けば、宮殿の入場券を得るためには長時間並ぶ必要があるらしい。
 というわけで、日が昇るとすぐにホテルを出発したが、それでもチケット売り場に到着したらすでに長蛇の列だった。しかも宮殿内部の見学時間に入場時間の指定があり、思いつくままぶらつくわけにもいかない。覚悟はしていても、スケッチ旅行者には実に迷惑なシステムだ。

さていよいよ入城だ。アルハンブラの内部をスケッチしよう

外部の通路のペイブメント

 まず足元のペイブメントに驚かされらる。まだ宮殿に入る前の外部の床にでさえこのように濃密なデザインが施されている。驚きだ。

王妃の間
アラヤネスのパティオ

 そして宮殿の内部。・・・素晴らしい。王妃の間、有名なアラヤネスのパティオ。だがどこも観光客が多く、立ち止まって絵を描くのは迷惑になりそうだ。
 ライオンの中庭に来た。どういうわけか部屋の角に休憩用の椅子が置いてある。誰も座っていない。しめた。というわけでここで一枚スケッチすることができた。ただし・・・

この部屋の濃密な装飾をスケッチをするには相当に勇気がいることを忠告しておく。

ライオンの中庭
部屋中が濃密な装飾で埋め尽くされている

 宮殿を見た後はアルカサバへ。こちらは宮殿の要塞機能部分。人もあまりいないのでスケッチには最適だ。

アルカサバ

 アルハンブラ宮殿は実は大きく二つのブロックに分かれている。一つは先に述べた宮殿と要塞部分。そしてもう一つ、谷を隔てた反対側にヘネラリフェと呼ばれる別荘ゾーンがあるのだ。

アルハンブラ宮殿の裏側とグラナダの町

 そして実はこの別荘から宮殿を見ると、宮殿の裏側とグラナダの町が一望できるのだ。宮殿と町の美しさ両方を描くことができる、最高のポイントだ。でもしょせんアルハンブラの「裏側」でしょう?と言って侮ってはいけない。本当に美しい建築はどこから見ても美しいのだ。

この町で忘れてならないもう一つのスケッチポイントは グラナダ大聖堂だ。

グラナダの大聖堂

 いくつもの尖塔が並ぶドームが美しい建築だが、残念なことに小さな建物が密集する町のど真ん中に建っている。地図で見る限り相当に大きいのだが全貌は見えず、周囲を歩き回ると、道の片隅から、ところどころ美しさの片鱗だけを見せてくれる。

椰子の木とグラナダの大聖堂

 でも私は発見した。聖堂が唯一、小さな広場から椰子の木とともに並んで見えるのだ。スペインならではの教会風景だ。大急ぎでスケッチしたのは言うまでもない。まもなくセビリア行きの列車が発車する!