スケッチの旅 海外編

海外スケッチの旅 5つの心得

 仕事に追われる日常を離れ、思い切って海外スケッチ旅に出かけよう。そんな人のために、私の経験から学んだ5つの心得をお伝えしよう。  

その1 安くても団体旅行で絵は描けない

 忙しい。旅行の計画なんてしていられない。この際旅行会社の格安ツアーで・・・決めたくなるが、ちょっと待って欲しい。旅先で気持ちよく絵を描いているところで、昼食、夕食の時間、移動の集合時間が来てしまったらどうする?スケッチブックを閉じて、集合場所へ一目散・・・では、きっといい絵は描けない。
 団体旅行は一般観光客向けに作られたスケジュール。メインは食事と土産と数多く名所を見ることだ。同じ場所に2時間もじっと座っていることなど考えくれてはいない。
 芸術家は気ままな生き物。旅行に行ったらあなたもきっとそうなる。ここで絵を描きたい、と思ったら納得いくまでその場を離れられないのだ。
 もちろん自分一人でも最低限の移動スケジュールは立てなければいけない。でも事前にこの都市で何枚、あの都市で何枚と大体の予定を立てておけば、それほどストレスは感じない。なにより一人で自由に好きなだけ時間を使えるのだ。

その2 絵を描くなら各都市最低2泊しよう

 自分でスケジュールを自由に組めるからと言って、パックツァーのように1日に2都市を回るようなハードスケジュールは厳禁だ。食べ歩きの旅ならともかくスケッチには最低限の段取りが必要。具体的に言えば、1都市に最低2泊はしたい。
 何故なら着いた当日が午後なら、ホテルで荷物を開け、とりあえず部屋を確認するだけで、大抵日暮れまで何時間も残っていない。初めて歩く街でいい景色を探してスケッチを完成させるのはとてもつらい。
 もし到着時間が夕方だったら、その日はスケッチできない。2泊する予定が組んであれば少なくとも翌日はまる一日スケッチに当てられる。せっかくスケッチ旅行に来たのに成果ゼロの都市があるのは寂しい。
 以前私がスペインにスケッチに行ったときは7泊で5都市を回るスケジュールを立てたが、そのうち一日が一泊で2都市を回るスケジュールを立ててしまった。ただでさえ苦しいスケジュールなのに重いスーツケースを引きずり、英語の話せないスペイン人に道を聞きながら移動する苦労は半端ではない。
 列車の時間に気を使い、到着駅のアナウンスに神経を使い、疲れ果ててスケッチどころではなかった苦い思い出がある。
 そしてここだけは絶対にいい絵を描くぞと思った都市は3泊を当てよう。なぜなら私たちには「雨」という大敵がある。もし到着した翌日が雨だったら2泊してもスケッチ旅行は台無しだからだ。普通の観光客なら傘をさせばいいだけ。でも私たちは絵を描かなくてはいけない。傘などさしていては絵など描けないのだ。3泊ならば、過去の経験でさすがに、その翌日はじっくり描ける。

その3クレジットカードは3枚準備しよう

 まず現金を入れる財布とカードは別にしておくこと。そう「地球の歩き方」にもちゃんと書いてある。当たり前だ。でももしカードを失くしても、日本なら何とかなる。家族、友人、に救いを求められる。だが海外ひとり旅で現金とカード両方を一度に失くしたら、何もできない。下手をすると帰りの飛行機に乗る電車代も払えずに帰国さえできなくなる可能性もあるのだ。
 私の場合はウィーンで現金、カード全てを失くした。その時の苦難は別の記事を参照してほしい。https://miryoku-yoshine.com/austria-vienna/
 ここではその後の研究結果(?)も踏まえたベストな提案をお伝えする。まずクレジットカードを3枚持って行こう。一枚は外貨に対応したデビッドカード。現地での財布代わりだ。
 これは店先ではクレジットカード処理されるが、実際は口座に入れておいた現金が即時決済される。つまりクレジット会社の両替手数料がかからないので経済的にも得なのだ。しかも行先の通貨(ユーロとかドル)を為替の安い時に買っておけばさらにお得だ。
 私はソニー銀行にユーロ口座を開き、為替レートを見て少しずつユーロを買っている。もし事前購入したユーロが不足する場合は円口座から当日の為替レートで引き落とされるので予想外に外貨を使ってしまった時にも安心だ。
 もう一枚は現金引き出しATM用クレジットカード。もちろんこれも一枚目のたいていのデビッドカードでもできるが、デビッドカードは現地ATMの使用料がかかる。クレジットカードによる引き出しはATM使用料無料というカードが多い。これは引き落とし時の為替レートで決済されるが、空港の両替窓口より確実に安い。私が調べた時点ではセディナカードが一番お得だった。
 一応これでカードは2枚。もし一枚失くしても何とかなるわけだが、現金を引き落とす可能性があるときには1枚目と2枚目は外出時に両方持ち歩く必要がある。もし外出時に盗難などにあったら、両方取られてしまう可能性がある。だからホテルに置いておく予備のカードがもう一枚欲しいのだ。

その4 スケッチの道具に抜かりなく

 まずスケッチ用バッグ。重いスーツケースはホテルに置き、あちこちスケッチに出かける時に必携だ。特にF6のスケッチブックが入り、筆やペン、スケッチ用の椅子、カメラ、雨具などを一つにまとめて入れられるものが良い。私は画材店に売っていたF6用のスケッチブックが入るリュックを使用している。
 ただしリュックは海外ではすぐスリに狙われる。私はスペインで二度被害にあった。知らない間にリュックを開けられ、財布のなかの現金だけを取られた。人混みでは前に抱くなどの注意が必要だ。
 メインの画材は予備を持っていく。現地で落とすと、愛用の道具と同じものは絶対に手に入らないと考えよう。私はスケッチブックは大きさを変えて合計3冊。ペンは同じ太さのものを2本ずつ2種類(合計4本)用意している。

その5 グーグルマップの設定と旅行用wifi

 短い時間で良い作品を多くスケッチするには効率よく現地を回る必要がある。私はかつては「地球の歩き方」を常にカバンに入れていたが、都市の主要地図にはレストランとショッピング情報ばかりで、絵描きが見たい古い教会の詳しい行き方などはとても扱いが軽い。
 だから最近は事前に行きたい場所をグーグルマップに事前に登録することにしている。拡大縮小自由で道に迷うロスもなく、到着までの残り時間もわかるので、無駄がない。スケッチの旅には最高のツールだ。
 もっともそのためには旅行用の携帯wifiがいる。レンタル料金が一日あたり数百円するが、現地での便利さには代え難い。事前にインターネットで申し込んでおき、出発当日空港で受け取ると良い。
 さらに最近のデジカメはグーグルマップと連動しているので、帰国後グーグルマップの「タイムライン」を開くと、なんと頼んでもいないのにスケッチ旅行の間、いつどこでどのように移動し、どんな写真写真を取ったのかがわかるのだ。この写真をいつどこで撮ったかが一目瞭然なので、後日の写真の整理も容易だ。

 普通の海外旅行とはちょっと違う、絵描きの旅5つの心得。今まさに計画している人のお役に立てれば幸いだ。

ウィーンで待っていた大失敗とは

ウィーン王宮

2014年夏。 長年の夢だったオーストリアの首都ウィーンを訪れた。

 イタリアについで二度目のヨーロッパだ。イタリアはローマ帝国以来の文化歴史で別格として 二度目が何故ウィーンなのか。 普通の日本人なら(芸術に興味のある人にとっては)たぶん花の都フランス、パリだろう。
 しかし私はちょっと天邪鬼。パリは現代のおしゃれの文化のイメージが強く、ちょっと新しすぎるのでパス。ローマ時代とルネサンスの文化はすでに見た。しかし個人的見解で言わせてもらうとこれらの文化は少し質素、禁欲的なところがある。だから次にスケッチするのはルネサンスの少し後、華麗で自由なヨーロッパ王侯貴族の文化が残る町ウィーンへ行くと決めていたのだ。

しかし旅立ち当日。季節はずれの大型台風が日本を襲った。

 猛烈な雨の中、早朝の空港バスで関空へと向かう。前日からの天気予報で一抹の不安を抱えながら空港に到着。すぐに出発ロビーの電光掲示板を見る。幸い私の乗る便に今のところ遅れの情報はないようだ。急ぎ足で各種手続きを済ませ、出発ゲートへ。座席に無事座ったのは結果的にぎりぎりのタイミングだった。日本脱出後のニュースを聞くと午後の便は軒並み欠航が続いたと言う。

 さて出発時にひやりとしたとはいえ、狭い機内での十数時間はやはり退屈だ。前回イタリアに行ったとき深夜便だったので翌日の午後から半日スケッチできたのだが今回はウィーンに着いたのはその日の夜。バス停を探して右往左往するトラブルがあったりして結局その日は寝るだけ。一日損した気分だが体はこちらのほうがずっと楽だ。
 だから翌日の6時起床は苦にならない。眠気もなく、快調だ。朝食前に、まずはホテルのあるウィーン西駅周辺を散策した。ここでスケッチ旅行をする人のために改めてアドバイスしておく。

早起きすること。そして朝食前にホテル周辺を散策しておくこと。

土地勘を養い、朝食後のスケッチに備えてロケハンができる。(場合によっては一枚描ける。その日の効率を大いに上げてくれるはずだ)

ウィーン西駅周辺

 ウィーン西駅周辺はビジネス街。歴史的な建築はほとんどない。でも面白いのは同じ事務所建築でもクラシカルな建築物と 超現代な建物が混在していることだ。 窓回りに三角やアーチの何気ないルネサンス調の破風飾りがあると思えば派手な赤や、黄色、紫といったビビッドカラーを外壁に塗った建物がごく自然に隣り合わせて建っている。
 おそらくローマやフィレンツェではビビッドカラーの建築など許されるはずもないが、なぜかここウィーンでは住民が許し、旅行客である私が見ても違和感なく受け入れられる。何故か? この不思議な感覚はこの旅行を通じて、頭をよぎることとなる。

散歩を終え、ホテルに戻ったところで閑話休題。
さて私には珍しいが食の話題を。

 ホテルの食事で感じたこと。ウィーンのパンは実に美味しい。外皮はややかためだが、フランスパンと違い内はふんわり、しっとりと、そしてほんのりとした甘みと塩味が微妙に利いている。そして取り放題のどっさりあるどのチーズもとてもおいしい。普通の食べ方ではないが夕食もパンとチーズ、白ワインだけでまずは試してほしい。ワインとの愛称が抜群にいいのだ。寿司とうまい冷酒の相性ががいいように、ウィーンのうまいパンと酒のコンビネーションも抜群だ。

世界遺産 シェーンブルン宮殿

 この日の午前中のお目当てはマリア・テレサで有名なウィーン最大の名所、シェーンブルン宮殿。当然ここでスケッチをと思い、かなりしつこく良い構図を求め歩き回り、何度か描きかけたものの、今一つ気分が乗らず、結局気に入った構図が得られなくて全部パスしてしまった。
 というのは宮殿室内の豪華な装飾はさすがに目を見張るものがあるが、外観はいまひとつなのだ。それはこの宮殿の設計思想にある。現在の形にしたのは前述のマリア・テレサ。設計者は彼女の要求する部屋を言われるがままに両翼に伸ばして繋ぎ、移動は部屋間にドアをつけただけという設計。廊下やホール、吹き抜けなどという共用スペースをデザインとして意識していない。したがって建物のプロポーションは単に横に長いだけ。
 壮大な全体を見ようとすると、ずいぶん離れてみる必要があり、そうすると窓周りに施された視覚的に凝った装飾も当然見えなくなるというわけだ。スケッチしたくなるような構図が見つからなかったという気持ちが少しは理解してもらえるだろうか。

ウィーン分離派の建築
左「マヨリカ・ハウス」右「メダイヨン・マンション」
設計者:いずれもオットー・ワグナー
ウィーン分離派会館 設計者:ヨーゼフ・オルブリヒ

 午後からはウィーン分離派と呼ばれる建築郡といくつかの有名な教会を見てまわった。これらの建築群の特徴はクラシカルなモチーフを流用しながらも、中身は現代的、機能的建築であることだ。歴史的な価値はとても高く、展示物の内容の濃さは一見の価値がある。
 とはいうものの、これらの建築は写真は撮っても、何故かスケッチする気がしない。たぶんもともと平面的な装飾をわざわざ平面にスケッチするのことになんとなく抵抗を感じたのかもしれない。気は焦れども結局一枚もスケッチすることなく、陽が傾きかけたころ

今日最後のお目当て、ベルヴェデーレ宮殿に到着した。

ヴェルベデーレ宮殿

 この宮殿はハプスブルク家の宮殿ではなく軍人の離宮だという。だが建築は典型的なバッロク様式。外観は左右対称で高さも幅も各所の翼楼も程よいプロポーション。屋根は緑青で外壁の漆喰と調和している。建物頂部を飾るゆったりかつ堂々としたデザインは王の権威の象徴に相応しい。垂直性を強調したゴシック様式とは明確な違いを見せつけている。
 早速、スケッチを開始。しかしなんと装飾の多いことか。それも表面的な擬似柱、擬似アーチばかりで、イタリアの中世あるいはルネサンス建築のような構造と一体となったダイナミックな光と影による立体感はない。そのぶん建具周りの細かな装飾の繰り返しに手間をかけるようになったのかもしれない。さすがに1時間描いてもまだ描いていない装飾がたっぷり残っているのにはいかに建築好き、スケッチ好きな私もややうんざり。 でもこの日描き終えた貴重な1枚。大いに価値がある。
 スケッチを終えた充実感を味わい、目についたショップで友人への土産物を買い、支払いをしようとした瞬間、財布がないのに気づいたのだ。そういえば分離派の作品を見た後、公園のベンチで財布など荷物の整理をしているところへ中国人の観光客が隣に座り大声で何やら話し始めたのに耐えきれず、いそいそと荷造りもいい加減にそこを後にしたのを思い出した。あそこに置き忘れたに違いない。とすぐに戻ったが、ここは日本ではない。置き忘れた財布など戻るはずもない。しかもクレジットカード、キャッシュカードもすべてその財布に入れていた。

 使える全財産が無くなったのだ!

 陽はとっくに沈み、見知らぬ土地の夜がさらに不安感をあおる。問題はここからだ。頼る人のいない一人旅。 スケッチなんて描いている場合ではない。 私の 人生最大のピンチだった。
 が、「しょせん過ぎたこと」とまずは気分を切り替え、ガイドブックに困った時のアドバイスがあったことを思い出し、早速チェック。
 なになに、クレジットカード会社にTEL、警察に届出、でも財布はもどらない・・・。なるほど。でもメモしているクレジット会社の電話番号はなぜかつながらず、回りに警察はない。とりあえずこの場で出来ることは無しと判断し、ホテルに戻ることにした。
 しかしさらに問題が発覚。せっかく買った地下鉄のフリー切符も、ホテルの部屋のカードキーも財布と一緒に無くなっていたのだ。

その後の言われぬ苦労は皆さんのご想像にお任せしよう。

 何とか夜遅く部屋にたどり着き、ルームキーを再発行してもらい、クレジット会社、銀行あらゆるカード類をストップさせることに成功。パスポート、iPad、iPhoneをなくしていなかったのが不幸中の幸いだった。
 こんな時はサラリーマンの習性が生きてくる。まずは現状の分析だ。落とした現金の損害は・・・それほどでも無し。この際きっぱりと忘れよう。幸いスーツケースに念のため両替しなかった2万円が部屋に残っていた。スケッチ旅の非常食のチョコレートもまだほとんど残っている。さらに欧州旅行中、日本食(?)が恋しくなったときのためのカップ麺を日本から持参しており、これでいくらかは食費の助けになりそうと判断。
 さらに、幸いなことにこの後プラハへの移動列車代金、予約したコンサート代金は事前に日本で支払い済みと気づき、「ついている!」と無理やり納得し、

その晩はチョコレート2粒の夕食で就寝した。

 翌朝、まずは2万円をユーロに両替しなければいけない。ホテルのフロントは両替はしていないとのこと。両替できる銀行はどこか聞くと近くにはなく、主要駅まで行かなければならず、またまた地下鉄での移動が必要なのだ。
 この時悟ったのはクレジットカードがもう一枚手元にあれば、キャッシングマシンで簡単にユーロが手に入ったのにということだ。ガイドブックのアドバイスを熟読していれば、と言われそうだが、実際に自分がそんな目に合うとは思っていなかった。愚痴を言っていても始まらない。とりあえず何とか朝8時半にユーロをゲット。日本より営業時間が早い、と運のよさに感謝し(?)早速この日の行動を開始した。
 本当はこの日は世界遺産「美しき青きドナウ」のバッハウ渓谷へ行くつもりだった。しかし今となっては特急料金などが払えるはずもなし。急遽行き先をフリー切符で行けるウィーン郊外のクロスターノイブルク修道院に変更した。

クロスターノイブルク修道院

 実はこの修道院、ワインつくりで有名だ。中世そのままの内部も見学でき、レストランでワインも飲める。財布はとても寂しいが、せっかく来たのだからと大奮発。「生ビール」と「ワイン」を一杯位ずつ注文。当然つまみは無しだ。

しかしのどかな村でのひと時。そして木陰でゆったりとこの修道院をスケッチする。青い空と白い雲。最高に幸せだ。

 二つの塔はそれほど高くない。でも周りに広がるのは畑と民家とウィーンの森ばかり。村のシンボルには十分だ。
 実は予算を気にしてこの日朝食は取らなかった。そして昼食はさっき飲んだ1杯のワインと教会をスケッチしながら、かじったチョコレートだけ。それでもiPhoneの健康メーターを見ると、すでに10Km以上歩いている・・・われながら自分のエネルギーに驚く。
 この修道院をスケッチをした後、まだ日は高かったが早々と帰路につく。何故かというとこの日、ウィーンフィルの殿堂でのクラシックのコンサートを予約していたからだ。まずは帰りに見つけたスーパーでパンとハム、チーズとワインを買い込みホテルの自室で夕食を堪能。最初に書いたとおり、このシンプルな食材の組み合わせのおいしさは賞賛に値する。現実にはこのシンプルな組み合わせしか買うお金はなかったのだが。

ウィーンフィルの本拠地 ウィーン楽友協会ホール

  満腹になったところで、ネクタイとジャケット姿に着替え、いざコンサートホールへ。本当はウィーンフィルの演奏を聞きたかったのだが、どうやら旅行者が直前にふらっと行って買えるチケットではないらしい。お金の問題ではなく、長年ウィーンフィルの会員(?)になっていないと、個人では簡単にはチケットを買えないようなのだ。
 なので今回の会場はウィーンフィルと同じ「ウィーン楽友協会ホール」だが、演奏はモーツアルトなんとか楽団。本場のオーケストラなので間違いはなかろうとインターネットで事前予約しておいた。
 しかし実際に演奏されたのは、モーツアルトの有名な曲のいいところだけをはしょってメドレーで流すだけ。見所は楽団員が昔風の服装と髪型で出演することだけ。インターネット予約できることだけが取り柄の完全に旅行客目当ての手抜きコンサートだ。もしこれからウィーンのコンサートに行こうとしている方、このコンサートはお勧めしない。要注意だ。
 さて、本業にもどろう。諸事情があったとは言え、スケッチの遅れに大いに反省し、翌日は朝6時からスケッチに出かけた。まずは、

 旧市街を囲む「リンクシュトラーセ」冠状道路沿いを歩くことに。

 最初に現れるのがこのヴォティーフ教会。塔の高さ100mの壮大なゴシック様式の教会だ。内部のステンドグラスが有名のようだが、今日はスケッチを描くことに専念するため、内部の見学はパス。
 ご覧のように今にも雨が落ちて来そうな暗い空の下で、夢中でペンを走らせた。そしてちょうど描き終えたころ、スケッチブックに雨粒がポタリ・・・。インクが滲まぬよう慌ててスケッチブックを閉じた。今日もこの先が思いやられる。

ウィーン大学

 次に向かったのはあのフロイトが卒業したというウィーン大学。その権威を誇る一方で私のような観光客でも自由に入場を許し、見学させてくれる度量もある。ただ残念ながら、その威容はこれまた歴史の生き証人である立派過ぎる街路樹に阻まれて、ぞの全貌を見ることはかなわない。早々とスケッチをあきらめて次の建物に向かうことにした。

ウィーン市庁舎

 隣にあるのはこの市庁舎。こちらは前面に広場があるので、建物の全容は見えるのだが、あいにくこの夜コンサートがあるらしい。ご覧のように仮設スクリーンや椅子がぎっしり。これまた絵にならないなと歩き出した瞬間、木々の間から絶妙の構図が現れた。まるで、私が16時の列車でウィーンを去らねばならないことを知っているかのようだ。

ウィーン市庁舎

 この市庁舎は装飾に覆われた5本の尖塔が特徴。そのうち最大のものだけを切り取って、あとは木で隠すという見事な省エネ構図。偶然を天に感謝し、30分でスケッチを済ませた。

 天は我に味方せず、いよいよ雨が強くなってきた。

美術史美術館

 国会議事堂、美術史美術館、民俗学博物館、ウィーン国立歌劇場・・・いずれも魅力的な建物でスケッチしたかったが、雨には勝てず、足早に一瞥しただけで通り過ぎた。

 そしていよいよ今回一番期待していた世界遺産
「ウィーン旧市街」の中へ。

シュテファン寺院

 ウィーン旧市街で一番有名な建物はこのシュテファン寺院だろう。
ロマネスク時代からルネッサンスにかけて増築や改修を重ねて出来上がった建築は壮大かつ繊細。
 しかし外観をスケッチするには広場で雨に濡れたまま長時間立ち尽くす相当の覚悟がいる。いやその前にペンも紙も滲んで使えない。
 しからば荘厳、壮麗だと言われる内部をこの目で確かめようとしたが、どうやら入場料が必要だ。残りの旅程を考えると、ここで贅沢はできない。というわけでシュテファン寺院のスケッチはきっぱりあきらめ、どこか軒先で雨をよけながらスケッチできる街並みを探すことにした。

雨にも負けずスケッチできる、やっと見つけたシーンがこれ。

 街路の隙間から立ち上がる尖塔はイエズス教会だ。雨合羽を着込み、手早くペンを走らせる。ちなみにイエズス教会の内部見学は無料。見たかったが、この日の私のスケジュールは例によって殺人的なので諦めざるを得ない。地図を片手にさっそく次の目標に向かった。

郵便貯金局 設計:オットー・ワグナー

 ウィーンは中世からルネサンス、バロック、ロココにいたる歴史的建築と、オートー・ワグナー、アドルフ・ロースの近代建築、さらにハンス・ホラインに代表される現代建築も見事に街並みになじんでいる不思議な街だ。ワグナーの郵便貯金局のインテリアなど現代人の感覚で見てもモダンで、かっこよく、実に素敵なデザインだ。
 さて早朝から、昼食抜きで歩き続けること7時間。そろそろプラハ行き列車の時刻だ。ホテルに戻り、預けた荷物を取り、地下鉄で駅へ向かう。また何か失敗をしていないかチケットと列車番号を何度も確かめ、指定の座席に無事座ったときの安堵感は言葉には表せない。
この日の夕食は列車の中で取った、パンとワイン、ハムとトマト。質素ではありますが、充実した食事に感謝しつつ、列車は次の旅先プラハへと向かう。

チェコ プラハをスケッチする

スケッチの旅、今はウィーンからプラハに向かう列車の中だ。

 いかにオプティミストの私とは言え、外国で財布もカードなくすという致命的な失敗を犯すと、またなにかトラブルが起きるのではという不安にかられる。
 プラハの地下鉄の駅に着いたのは夜の9時半。地図で見る限りホテルまで歩いて5,6分のはず。あと少し。「今日は無事終わった・・・。」
と安心しかけたのは、やはり早計だった。

中世の街並みがそのまま残るこの町は道に東西南北という観念がまったくない。

プラハの夜道

  目指す方向の目印となるプラハ城の夜景は見えるものの、 目的のホテルは、おかしな角度でつながる迷路がどこまでも続いていて、歩けど歩けど現れない。伝えてあるチェックイン予定時刻はとっくに過ぎ、予約を取り消されていたらどうしようなどと心配してしまう。
 たまらず目の前にあった適当なホテルのボーイさんに必死で相談し、やっと現在位置がわかる始末。そうしてホテルにたどり着いたのは午後11時前。真っ暗なロビーにともるフロントの明かりと出迎えてくれたお嬢さんの笑顔にほっと一息。
 チェックイン時に心配していたクレジットカードをなくしたことを伝えたが「ノープロブレム」とのこと。こうして長かった一日が終了した。

 翌日早朝。トラブル続きのこの旅行だが、スケッチしたいという気力だけは衰えを知らない。朝食前に描いたのがこの風景。有名なカレル橋の上からプラハ城を望むスケッチだ。
 日本だと、いい風景だと思っても大抵、画面のどこかに余計な建物が入り、構図に余計な工夫がいるのだが、この街ではそんな心配は不要だ。なぜなら周囲360度、どこを見ても絵になる風景ばかりだからだ。
 当然建物はどれも昔の姿のまま、自然の風景を不自然に切り取るような高層建築もない。
 しかもこの日の空は暗く、雲も怪しげで幻想的。真夏だというのに震えるほどの寒さ・・・。本当に中世にやってきたかのような錯覚を覚える。

なんと素敵な町なんだろう。

 気に入った!しかもありがたいことにプラハのこのホテルは「朝食つき」。この旅行で初めてまともな朝食にありついた。もちろんカマンベールもブルーチーズも抜群においしかったことはいうまでもない。
 この日の狙いははまずドナウ川の西側、プラハ城がメインだ。たっぷりと栄養を採ったせいか、足取りも軽かに、坂道を登る。どの建物も入り口周りの装飾は個性的で、デザインを競い合っているようだ。見ていて飽きない。道は角度を少しずつ変えながら登ってゆき、ちょうど軒先が切れ、空が広がった瞬間に絶妙の構図が現れる。

 路地の床も建物の壁もすべて石造り。長い歴史にその表面は風化したのか、グレーがかった独特のベージュ「プラハ色」で街を染めている。
 屋根瓦のオレンジは鮮やかな対比を見せ、緑の木立は生き生きと茂り、プラハ城が絶妙なプロポーションで丘の上にそびえる。
 美しい!思わずつぶやいたこの言葉に偽りない。視界に入ったプラハ城を目指してひたすら坂道を登る。
 かなりの急勾配で、本当はつらいはずなのだが、私を含め周囲の観光客の表情は実に楽しそう。
それもそのはず。いつのまにか視界はひらけ、眼下に広がるのは美しい市街地。そして目の前には次から次へと古い建造物が現れ、足の疲れに気づく間もなく、プラハ城に着いてしまうのだ。
ちょうど、城の入り口では門番が交代の儀式の真っ最中。広場の楽隊がそれらしい音楽を演奏中。これがきっと中世の日常なのだろう。

プラハ城入場

 そして私もいよいよ入城。中心はこの聖ヴィート大聖堂だ。巨大すぎて、城内の路地の視界からではとても捉えられない。裏手の広場に廻ってやっと、その全貌を見ることができた。ゴシック建築の特色は垂直性の強調だとか。それにしてもその垂直線の多いこと。ここにスケッチに来た多くの画家を泣かせたに違いない。

たっぷり1時間半・・・ひたすら線を重ねなんとか完成。

聖ヴィート大聖堂

 隣に座っていた婦人がスケッチブックを覗き込み、「Beautiful!」といってくれたのがせめてもの慰めだ。聖ヴィート大聖堂で精力を使い果たしたからなのか、見所が多すぎてアングルが決められないからなのか、午後からはスケッチブックを広げることも無く、モルダウ川を越え、プラハの町をそぞろ歩き。

 建物の外観は中世のままでも、もちろん現代の生活が営まれている。中心部にはデパートもあって、チェコらしい高価なボヘミアンガラスや陶器が並んでいる。もちろんお金もカードも落とした私にそんなものは買えるはずも無く、スーパーマーケットで夕食(例によってパンとチーズとワインのみ)を買うのが精一杯。
 さて、この日の散策スケジュールをすべて終え、疲れた足を引きずってカレル橋を渡り、ホテルに帰ろうとしたとき、この光景が。

 赤い大屋根が続くさまだけでも十分に美しいのだが、運河の中央に朝は見落としていた水車が回っている。わずかに残しておいた夜遊びの気力も使い果たしてしまった。

さて翌日。カレル橋の両端にはちょっとグロテスクな尖塔をもつ橋塔がある。中世の頃この橋が街を守る唯一の橋だったため、軍事目的で作られたらしい。橋の北側から眺めると左にその搭がアーチ橋梁を受けるように建っていて、右には華麗なドーム屋根をもつチェコの芸術の殿堂「国民劇場」が鎮座する。

なんて絶妙なバランス!こんなにも橋が似合う街を知らない。

そして、カレル橋を南側から見ると背景はあのプラハ城。きらめく水面、石造りのアーチ橋、豊かな森、そして中世の城。プラハNO.1の絶景だ。 この風景をみるためだけでも、もう一度訪れたいと思っている。

カレル橋とプラハ城

 カレル橋からモルダウ川沿いに南へ歩くとこのマサリク海岸通りに出る。赤い屋根は統一されていて、軒の高さもほぼそろっている。外壁はアイボリーからベージュの落ち着いた色調。適度に濃淡の変化がある。でも窓周りや建具のデザインはどの建物も装飾的かつ個性的。
 そして街並みのアクセントの尖塔が互いにデザインを競い合っているように見える。中世の町並みが続く世界遺産の旧市街からは少し離れ、時代も新しい建物なのだが、日本で言えばどの建物も江戸時代末期から明治時時代の建物。これほどの歴史ある街並みは日本にはない。

 さて今回のスケッチ旅行はこれで終わり。プラハでは実質2日しかスケッチできなかったこと、お金もカードも落としたために、美術館などにほとんど入れなかったことなど、とても不満が残った。いつになるかはわからないが今度はプラハからブタペストヘというスケッチ旅行を企てたいと思っている。その時はスケッチブック一冊をすべて使い切るつもりで。

イタリアをスケッチする ローマ編

 2013年夏。ついに憧れのイタリアにやって来た。絵描きになることを目指し、「人」と「建物」をテーマに絵を描くと決めたのだが、本場イタリアの建築をこの目で見ていないことに実は引け目を感じていた。古典建築をスケッチする喜びをじっくりお伝えしよう。

絵描きになることを目指し、「人」と「建物」をテーマに絵を描くと決めたのだが、本場イタリアの建築をこの目で見ていないことに実は引け目を感じていた。古典建築をスケッチする喜びをじっくりお伝えしよう。

共和国広場

とても休んでなんかいられない

 ここはローマのホテル。長時間のフライトに疲れた脳の意識はかすみがちだ。 しかし針を戻した時計はまだ午後4時。しかも夏時間せいなのか空は真昼のように明るい。エコノミー症候群になりかかった体に鞭打ち、スケッチブックをかかえてさっそく街へ繰り出した。

江戸時代から残る広場に感動!

 事前に綿密に動くコースを決めていたので、行き先を迷うことはない。テルミニ駅のすぐ近くのホテルから北へ歩くと共和国広場に出る。もともとはローマ時代、ディオクレティアヌス帝の広場だったものを19世紀に再整備したものだという。当初の予定では通過するだけのつもりだったが、雄大な広場とそれを囲む建物全体がすでに江戸時代にはできていて、いまもそのまま残っていることに感動。さっそくローマ最初の一枚を描き始めた。
 しかししばらくして気がついた。実はイタリアの建築はこのくらいの古さは当たり前。この程度の感動でいちいちスケッチしていては永久に予定のコースを踏破することはできないと。

サンタ・マリア・デル・アンジェリ教会

 共和国広場をスケッチしたあとは、広場に面するサンタ・マリア・デル・アンジェリ教会へ。さすがに、いや当然というべきか、建物のデザインを台無しにするような「入場券ブース」という無粋なものは無い。入り口前に立つおじさんに直接入場料を渡して入るのだ。 ガイドブックのこの教会のお勧め度は星二つ。だからたいしたことがないとわかれば、すぐ次の建物に行こうと思っていた。ところが一歩足を踏み入れた瞬間、壮大な宗教空間に圧倒されてしまう。

またまたスケッチブックを広げることに。

 壮麗さの秘密は、まず内部空間の巨大さ、次に柱と壁の重々しい装飾、そして対照的に軽やかに浮かび上がる白い天井だ。ペンを走らせながらも心地よい静けさに、時間を忘れ、気がつくと1時間が経過していた。

いかん・・・今日中にあと4つの建物を見なければ。

サンタ・マリア・デラ・ビットリア教会 逆光がまばゆい

 2枚のスケッチを終えるとさすがにちょっとローマの風景に慣れてきた。「ディオクレティアヌス帝の浴場跡」はちらと見るだけで我慢し、

そして「サンタ・マリア・デラ・ビットリア教会」!

 この教会は大きな道路の交差点に建ち、実はこのあたりが現在のローマ市の中心らしい。だが周りには近代的なビルなどまったく無く、どこまで言ってもローマ情緒たっぷり。たまらずスケッチを始めたものの、さすがに時刻はもう夕暮れ。太陽は西に傾き、逆光をまともに受ける最悪のコンディション。それでもぎらつく夕日に屹然と建つ石の存在感、三角の破風と十字架のシルエットが美しくて一気に描きあげる。
 この後「クイリナーレ宮」「サンカルロ・フォンターネ教会」を駆けるようにして見た。後者は奇才ボロミーニの設計。規律正しいルネサンス建築とは一味違う、個性的な曲線デザインが感動的だ。スケッチしようとしたがさすがにもう夕暮れ。後ろ髪を引かれる思いで帰路についた。

サン・ピエトロ寺院

 サン・ピエトロ寺院へ

 翌日、太陽が昇るのを待ちかねたようにホテルを飛び出す。地下鉄に乗って午前8時前にサン・ピエトロ寺院に到着した。朝日が寺院の正面を照らし、少しピンクがかった外壁と白い柱、水色のドームが絶妙のバランスで浮かび上がる。さっそくミケランジェロが設計した回廊の片隅に日陰の席を確保し、スケッチブックを広げる。ドームの曲線や列柱のリズムを一心不乱に見つめてペンを走らせる時の高揚感は何物にも変えがたい。

 しかし幸せな気分は長くは続かないもの。

この絵を描き終えようとするころ、私の視界をたびたび人の姿が遮る。さすがにちょっといらついて、ふとわれに帰ると、いつの間にかすさまじい群集が右手の回廊から僕の目の前まで並んでいる。そう、バチカン美術館の開館時間を待つ人達だった。「早起きは三文の徳」・・・もう少し寝坊していたら、サンピエトロは私のものにならなかった。

サンタンジェロ城

  次の目標はサンタンジェロ城だ。

 絵描きの旅は今日も忙しい。日本では見られない円形の城。こんな巨大な建造物が紀元123年に建てられたというのだから驚きだ。日本はまだ弥生時代のはず。こんな巨大な建造物が作れるはずもない。ローマ帝国の偉大さを改めて思い知らされた気がする。
 さて絵を描こうとしたものの、時刻はまだ10時過ぎなのに照りつけるローマの陽光は半端ではない。城の円形がきれいに見えて、足元にはアーチの橋がかかって、テヴェレ川には青空が映りこんで、そして何よりも日陰であること。こんな条件が適う場所を求めて歩くこと30分。やっと確保した街路樹の木陰の下。雄大な城を描くために大きめのスケッチブックを広げる。幸いサンピエトロ寺院と違って、ややこしい装飾はほとんど無し。気持ちよくスケッチしていたが、ふと気が付くといつの間にか手元のペン先が反射光でギラリと眩い。そう太陽は昇るのだ。手早く、真夏の炎天下で2枚目のスケッチを終えたとき、喉の渇きはもはや我慢の限界。CAFÉを捜し求めて水分補給すべきか、このまま我慢して城に登るべきか。 しばし考えた挙句、古代ローマ人に敬意を表して後者を選択。 延々と続く階段の長いこと。 時々現れる窓は美しいローマの町並みを切り取って見せてくれる。

サンタンジェロ城より眺める

 それなりに、ローマ文化を堪能しつつ、ひたすら昇る。すると・・・あった。お城のテラスにCAFEが。 運よく日陰の涼しそうな席をゲット。しかも窓の外にはサンピエトロ寺院の光景が広がっている。
ウェイター「注文は?」
もちろん、「ドラフトビア!」
ウェイター「スモール?」
もちろん、「ミディアム!」(本当はラージと言いたかったのだが)
喉が勝手に水分を吸収するのを見届けた後、ゆっくりと眼下の風景をスケッチ。
京都、いやどこかの観光地のように長居をして追い出されることも無く、しばし幸せな時間をすごした。

ローマって素晴らしい。風景も、ビールも。

ナヴォーナ広場 高級CAFEのテントの下でスケッチ

 さて、ゆっくりしてはいられない。今日はまだまだ予定がある。サンタンジェロ城からテヴェレ川を渡り、20分ほど歩いてナボーナ広場へ到着。
 またまた 素晴らしい!左のオベリスクと噴水の彫刻はベルニーニの作品、正面の教会はボロミーニの作品だ。そして広場は真昼の強烈な日射にもかかわらず観光客が溢れている。
  人ごみに邪魔されず、日陰で、しかも座って描けるベストなアングルを見つけた。そこは高級CAFEのテントの下。仕方が無いので(?)、やむを得ずまたまたドラフトビアを注文(しかも2杯!)。昼食のサンドイッチをつまみつつスケッチをした。
  建物の華麗な装飾にひるむことなく、惑わされること無く、ほんの30分ほどでペン描きスケッチを終えられたのは、ローマの雰囲気に手が慣れてきたからかいつもよりちょっとペースの速いアルコールのせいだったのか。

パンテオン

  さらにナヴォーナ広場を抜けてパンテオンへ。内部は人の頭しか見えない。 この人ごみの中ではスケッチは無理!あきらめてさらに有名なトレビの泉へ。予想はしていたが、

観光客がひしめいていて・・・

絵を描くどころか、とても泉に近づくこともできない。近づいて泉にコインを投げ入れる趣味はないので、早々に退散しスペイン広場へ向かう。かの大階段が現れる。皆いったい何をしているだろう。座り込む人があふれていて上る気にもならない。残念ながらここもスケッチをパス。
 広場の道をまっすぐに抜けるとやっと、やっとポポロ広場に到着する。事前の計画ではこの広場に面する「双子教会」を描くつもりだった。ガイドブックの点数も抜群!だが実際目にしてみると、残念ながら、たぶん改修工事のせいだろう、細部がちょっとお粗末で不自然。創作意欲喪失・・・ローマのすばらしさが私の建物を見る目を厳しくしたのかもしれない。

スペイン広場とトリニタ・デイ・モンティ教会

トリニタ・デイ・モンティ教会へ

 そこで今度はボルゲーゼ公園を経由してトリニタ・デイ・モンティ教会へ向かうことにした。 実はこの教会の下が先程通ったスペイン広場だ。教会が一番美しく納まる構図を求めてあの人ごみの大階段を降りることに。こんなところでスケッチブックが広げられるだろうかと心配したが、ちょうどこのとき広場でお祭りが始まった。ありがたいことに階段に座っていた人たちは一斉にそちらに移動。その一瞬の隙をついて立ち位置を確保、スケッチすることができた。
 描き終えたとき、さすがにもう足と腰は麻痺状態・・・。

帰ろう!ビールが待っている。

コロッセオ

 ローマ滞在最後の日。 夕刻にはフィレンツェ行きの列車に乗らねばならない。今日も描きまくるぞと意気込み、またまた急ぎ足の旅に出る。
 この日の最初のスケッチはあまりに有名なコロッセオ。その存在感。見る人を圧倒するフォルム。精密に組み上げられた巨大な石の塊。柱にも壁にもあちこちに削ぎとられたような窪みが残っている。
 降り注ぐ雨が石を溶かしたのか、戦人(いくさびと)の槍のあとなのか、いずれにしても、2000年の時が刻まれた証拠にちがいない。
 興奮する気持ちがペンの動きを加速するのか、快調にこの日の一枚目を描き終えた。そして次は隣接するフォロ・ロマーノ。期待にたがわぬローマの遺跡。さてスケッチをしようとしたとき、気がついた。

なんとペンケースが無い!

 手提げ袋を芝生の上に横たえたとき滑り落ちたに違いない。真っ青になり、心当たりを必死に探すも、もはや無駄。海外では一瞬でも手元から離れたら二度と戻ることはないという格言を現実に味わうことになった。
 どうする・・・・さんざん悩んだ末、最後は楽天家の私。列車の時刻までは観光を楽しむと割り切った。 かくしてローマ3日目の成果は一枚のみとなってしまった。残念。
 さて市の中心部に戻って、フィレンツェ行きの列車が発つぎりぎりまで、明日使えるペンが売っていないかとあちこち探し求めたが、店頭に並ぶのは事務用、お土産用のおしゃれな水性のペンばかり。水彩絵具を重ねても滲まない、細い油性のペンはとうとう発見できなかった。失意のうちに列車に乗り込む・・・。

イタリアをスケッチする フィレンツェ編

フィレンツェの町並み 画材店休業!

ローマでスケッチ用のペンを落としてしまった私。ペンが無ければ絵は描けない。その日の夜遅くフィレンツェのホテルに到着すると、インターネットで早速市内の「画材店」を検索した。さすがに芸術の都フィレンツェ。数件の画材店がヒットした。ちょっと安心し、その日は眠りにつくことに。

翌朝食事を済ませると、まっすぐに画材店へ。けれど運命の女神は私を見放しているようだ。

訪ねた画材店は全て臨時休業だった。

私の困惑をよそにドゥオモの広場では、地元の画家たちが観光客相手の似顔絵を描いている。突然ひらめいた。発見!彼が手にしているのは、きっとプロ用のペンに違いない。
英語が苦手な私だが、この際そんなことは言っていられない。知っている単語を並べ会話を試みる。「あなたが使っているのと同じペンが欲しいのだけど、どこで買ったか教えてくれませんか?」
「今の時期、画材店はみんな夏季休暇中だよ」
「でも、一軒だけやっている店があるよ」
「地図は持っているか?わかりにくいので、注意して。今がここ。次の道を左に入って・・・ここを右。この角の店だよ。」

ありがとう!


このやりとりはなんとすべて英語。人間必死になると、会話も出来るようになるらしい。いや僕の実力に合わせて、ゆっくりと話してくれた優しいイタリア人のせいか。芸術家は気難しいと言われるが、なんの、このフィレンツェの画家の親切は一生忘れまい。

一日半ぶりにスケッチ。ドゥオモの鐘楼。

ドゥオモの鐘楼

ペンを得た喜びに満ちている・・・と言いたいところだが実はこの時かなり苦戦した。
いつも私が使っているペンは1本300円の日本製。指先の強弱とスピードにあわせて、太くなったり、かすれたりと、結構自由自在に表現できる。
ところがイタリアの画材店では日本製のペンは一本1000円もするのだ。それなのに日本では高級ブランド品のステッドラーのペンは一本300円で買える。
当然ステッドラーのペンを買ったのだがこれが実に使いにくい。強く描いても線は太くなってくれず、弱く描くと、インクが出てこない。どうやら線の強弱は筆圧でなくペンのスピードで調整する必要があるようだ。この後ペンの癖をつかむのに四苦八苦しながらのスケッチとなった。

次のターゲットは「クーポラ」。

クーポラはブルネレスキが設計した ルネサンスの「花の都フィレンツェ」のシンボルそのものだ。
ただこの町の街路はとても狭い。クーポラの全体像を描こうとすると、ヴェッキオ橋を渡ってピッティ宮へ行き、さらに「裏庭」というにはあまりに広大なボーボリ公園まで行かねばならない。見晴らしのよさそうな場所を求めて歩くこと1時間。すばらしい場所を見つけた。左からドゥオモの鐘楼、クーポラの全景はもちろん、ヴェッキオ宮とサンタ・クローチェ教会の塔も見える。いわばフィレンツェの役者が勢ぞろいといったところか。

クーポラ全景

舞台の背景は広大な青い空。ゆっくりと流れる白い雲は時を忘れさせる小道具だ。
何百年も変わらぬ光景。
夢中でペンを走らせていた私と同じ場所で
同じ光景を描いていたルネサンスの画家がきっといたに違いない。

ベッキオ宮殿

真夏のフィレンツェ。空が青い。

歩いていて感じるのはその空の青さだ。日本の夏のようにやや白く滲んだ水色の空ではない。
コバルトブルーの絵の具を大きなバケツから空一面にぶちまけたように「青い」のだ。
灼熱の太陽は褐色のはずのヴェッキオ宮の外壁を白く照らし、青空は深く、濃く、鮮やかに輝く。Cafeのテントの隙間から偶然、見上げたこの構図。まさにフィレンツェの夏だ。

サンタ・クローチェ教会

フィレンツェは路地から見る教会が美しい。

サンタ・クローチェ教会の鐘楼はこの道幅にあわせて設計したのかと思うくらい、細長いプロポーション。
しかも石と鉄、レンガと瓦、木の建具が絶妙の色彩で町に溶け込んでいる。フォレンツェの魅力の秘密はそんな歴史のパレットに詰まっているのだ。

アルノ川にかかる一番美しい橋は?

有名な橋はもちろん「ポンテ・ヴェッキオ」。 しかし実は土産物の店が好き勝手に張り付いて、観光客が群がる姿は美しいとは言いがたい。橋としての気品はお隣の「サンタ・トリニタ橋」のほうが上だ。
その事実を証明してやろうとスケッチブックを取り出したのだがすでに夕刻。強烈な夕陽が正面から、水平に僕の目を射抜く。帽子などまったく役に立たず、あまりのまぶしさにこの日は退散。

サンタ・トリニタ橋

そして翌日の早朝。朝陽のサンタ・トリニタ橋をスケッチすることにした。すがすがしい朝陽が空の青色を奪って、建物をオレンジ色に染め、水面を金色に照らしている。なんて美しい!この光景を目に焼付け、昼一番の列車でベニスへ向かう。

フィレンツェからユーロスターに乗りヴェネツィアへ。

イタリアをスケッチする ヴェネツィア編

 フィレンツェからユーロスターに乗りヴェネツィアへ。昼間は動き回り移動は夕方にというのが旅の定石だが、イタリアでは真昼の移動も悪くない。車窓に流れるのどかな緑一色の田園風景を楽しめるからだ。
  旅の達人なら、押し寄せる眠気を気にせず、そのまま白昼夢を楽しむだろう。だが私は初めてヨーロッパを訪れた初心者。 車内アナウンス が駅名を告げるたびにびくびくし、緊張するうちに目的地になんとか到着した。
 この日予約したホテルは、ヴェネツィア本島ではなく、手前の駅メストレ。
チェックインを済ませ、再び列車に乗り、海を渡りサンタルチア駅に到着したのは午後3時過ぎだった。

サン・ジェレミア教会

 残り時間を気にしつつ、地図を片手にまずはサン・ジェレミア教会の広場へ。太陽は西に傾いているとは言え、猛烈な熱波はひるむことを知らない。たまらず長く伸びた建物の影に避難し、スケッチブックを取り出す。
すっかり癖になってしまった、CAFEでビールを飲みながら絵を描くという至福の時だ。

ヴェネツィアの運河

 水の都ヴェネツィア。つまり町の主役は運河と船。だから建物も運河に沿って作られ、その隙間が街路になり、それが出会うところが広場と教会になる。そんなこの町の成り立ちを思い知る。
 夕暮れを気にして再び歩き始めたものの、道は細くて、曲がりくねって、どこへ行くのかさっぱりわからない。歩けば歩くほど、方向感覚が無くなって、地図などさっぱり役に立たない。おまけにフィレンツェの芸術家たちはあれほど親切だったのに、ベニスの商人は道を聞いても、ろくに答えてくれない。さらにイタリアに来てから、毎日ハードスケジュールが続いたせいか私の足も悲鳴をあげている。

  そんな疲れた体に鞭打って、この日最後にスケッチしたのがこのシーンだ。ゴンドラで行く運河の突き当たりに建物が面している。絵になる風景も主役はやっぱり運河だった。

イタリア最後の日。最悪の一日になってしまった。

 イタリアに来てから連日の猛暑と晴天。この国では雨など降らないのだと思い込んでいたが、なんとこの日は朝から大雨ならぬ大嵐。しかしここまできて一日中ホテルで遊んでいるわけにいかない。傘の下から吹き込む横殴りの雨にずぶぬれになりながら、お目当てのサンマルコ寺院を目指した。
「寒い」・・・濡れた服に吹き付ける冷たい風が容赦なく体温を奪う。
「遠い」・・・またしても迷路。気がついたら同じところを2度歩いていたことも。
「疲れた」・・・ぐっしょりと水を吸った靴は鉛のよう。しかも足は連日の強行軍でまめだらけ。
  三重苦に悩まされながらも何とかサンマルコ寺院に到着。そしたら・・・
なんと!

 「外壁改修中!」

 建物正面から右側が工事用の仮設足場で覆われてまったく見えない。いかに絵とは言え半分を想像で描くわけにはいかず、いつもは楽天的な私もさすがにがっかり。

サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会

  疲れ果てぐったりとベンチに座る私を慰めてくれたのが対岸に見えた3つのドームと尖塔のある建物。
 嵐の中、海に浮かぶその印象的な姿に思わず、寒さを忘れてスケッチしたが、後で調べるとその名は「サン・ジョルジョ・マッジョーレ教会」。設計はかの有名なパラディオだった。さすがに美しい。
 本当はヴェネツィアでもっとスケッチする予定だったが天気には勝てない。

 僕のイタリア旅行は終わった。

追伸
海外旅行に食べ物の話は欠かせない。本当は美味しい、お勧めのレストランやCAFÉの情報を皆さんに提供できると良かったのだが、残念ながらスケッチで疲れ果て、目の前にあったレストランで適当に空腹を満たすという毎日。最初は美味しかったパスタも最後はトマトソースを見ただけでうんざり。帰りのエミレーツ航空の昼食の牛丼が最高に美味しかったことをせめてお伝えしておこう。