スケッチに残る旅の思い出 シドニー

 手許に一冊のスケッチノートがある。久しぶりに開いてみる。オーストラリアのスケッチだ。

 懐かしい。
 それは私が社会人になって10年がたったころ。建築設計の仕事をそれなりにされるようになり、充実した毎日を送っていた。
 その会社では10年勤続すると、有給休暇以外に「10年目の休暇」が一週間「堂々と」取得できるルールがあった。
 大切なのは「堂々と」という部分。当時は有給休暇などほとんどとったこともなく、朝から深夜まで製図版に向かうか、打ち合わせで飛び回っていた。
 それが一転して、突然全部自由な時間になるのだ。期待しないほうがおかしいだろう。
 実は一年前から、その休暇をどう使うか考えていた。同期入社した連中も当然その権利を行使する。彼らにどうするか聞くと、大半は世界の有名建築を見に行くのだという。
 ルイス・カーン、フランクロイド・ライト、コルビジェ・・・学生時代のあこがれの建築家の作品をその目で見る旅だ。
 だが私はせっかくの休みにまたまた仕事のことを思い出すツアーは嫌だった。それに休みが取れそうな時期は12月だったので、ヨーロッパやアメリカは気候的にも良くない。
 というわけで、貴重な休みを温かいオーストラリアでのんびりと過ごすことにしたというわけだ。
 と言っても、海で泳いでばかりいてはさすがにもったいない。学生時代以来久しぶりに絵を描こうと、持っていったのが、安物のスケッチブックと久しぶりに見たこのスケッチノートだったのだ。
 今のように個展を開こうなどと考えていなかったので、構図とか構想などというものはまったく無い。見たまま、感じたままを描いている。

 例えば①図。シドニーの観光馬車だ。日本ではめったに見られない。ちょう観光客が乗り込むところだったのか、私の目の前で停まった。
 チャンス到来と、さっそくノートを取り出しスケッチしたものだ。描き始めたものの、すぐ動き出すことはわかっていたので、シンプルな線の一分間クロッキーをするつもりだった。
 ところが馬車は動かない・・・・。ありがたい、と心の中で感謝し、続きを描いた。
 これくらいでいいかなと、ノートを閉じかけた時、その馬車のおじさんが私に声をかけた。
「Have you finished?」
 最初、何を言っているのかわからなかったが、すぐに理解できた。なんと、私が描き終わるのを、客を乗せたまま待っていてくれたのだ。
「Yes. Thank you!」
同じ記録でも一瞬で撮れる写真だったらこんなやり取りはなかったはず。思い出深い一枚だ。

 例えば②図。トラムの風景。旅先では見知らぬ土地を初めての乗り物で移動しなければならない。このトラムは当時の日本のものと比べれば、きれいで視界も良くとても快適だったことを覚えている。

  例えば③図。トラムで移動した先のレストラン。料理の味はよく覚えていないが、トップライトから入る明るい光が気持ちよく、昼間から飲むフォスタービールの味が格別だったことを覚えている。

例えば④図。確か、シドニーのタロンガ動物園に行くための船。出航待ちの時間にスケッチしたもの。なかなかかっこいい船だった。

 そして⑤⑥タロンガ動物園でのカット。象、カンガルー、コアラ・・・。今の私の作品に動物は出てこない。旅先の珍しい動物であったからこそ、こんな絵を描いたのだろう。

 例えば⑦図。ホテルに帰り、夕暮れの散歩を楽しんでいた。海の見える小高い丘に公園があり、見知らぬ鳥が人も恐れず私の前に・・・。

 そして⑧図。公園にはベンチがあり、家族連れが並んで座っていた。一人は小さかったので多分夫婦と子供だ。
 夕暮れの風景に見事に溶け込んでいる。ずっとこの美しさを味わい続けてきたこの町の住民に違いないといまでも確信している。

 ⑨図はその公園から見えるヨットハーバーの風景。このあたりはたぶん高級住宅街なのだろう。豊かな生活にうらやましさを感じながらスケッチしたと思う。

 ⑩は夕食のレストラン。オーストラリアのレストランは外の酒屋で好きな飲み物を買って持ち込める店が多い。すっかり気に入ったフォスタービールを買い込んで、食事したことを覚えている。

 海外旅行に行くと、つい設計者、絵描きとしての習性が出てしまう。かっこいい建物や町の風景を描きたくなるのだ。
 でもこの時はごらんのように、「これっ!」と思った瞬間を、感じたまま、見たままノートに描きつけるている。
 街中を移動する、人とコミュニケーションする、食事をする、その土地の植物、動物と触れる、その町の人々の生活を感じる・・・。
 言ってみれば、「もの」を描くのではなく、旅先の「こと」を描く。そこに旅の面白さが凝縮されている。
 スケッチの線が普段より少なかったり、いつもよりデッサンが下手だったりするのも、そこにその旅の何らかの情報が潜んでいるからだ。
 このシドニーの旅はもう30年前。いまだに、こうしてすらすらと作画時のエピソードが頭に浮かぶのは「こと」をスケッチしたからだと思っている。

 このブログで以前、スケッチ旅の道具(詳細はこちら→)や海外スケッチ旅の心得(詳細はこちら→)について記事を書いた。
だが将来、旅の楽しさを思い起こしてくれるのは、きちんと準備した水彩紙ではなくノートの片隅に描かれたスケッチなのかもしれない。 

SNSでもご購読できます。

コメント

コメントを残す

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください