4.painter_yoshineはどんな人?

クロッキー帳に何を描く?

 学生時代あれほど絵を描くのに熱中していたのに、絵描きになるという野望を抱くことなく、選んだ道はゼネコンの設計部。高校時代に決めた建築家になるという目標に向かって歩き出したのだ。もはや絵筆は不要。

鞄にはいつもペンとクロッキー帳を入れていた。

設計エスキースの必携品だ。
 芸術的センスが要求される建築家とはいえ、所詮はサラリーマンでビジネスの世界で生きている。締め切りに追われ、夜遅くまで気力と体力を消耗する毎日だったが、絵を描くことを完全に忘れていたわけではない。

続きを読む

油絵に熱中した青春時代

暗黒の(?)高校時代と浪人時代を送った人間が、目指す大学に入ったら、どんな日常を送るのか?私の答えは実に簡単。

「好きなことを好きなだけやる」

特に高校時代出来なかった絵を描こうと 「美術部」に入った。もちろん高校時代から続けていた「剣道部」にも入った。歴史や美術や数学が好きだった私にとって「建築」の授業はどれも楽しかった。特に設計製図の授業は面白く、提出直前まで製図室で徹夜することも度々あった。昼間は授業、夕方から剣道部、終わってから家庭教師のアルバイト、帰ってきて美術部の部室で100号の油絵を描き、深夜を過ぎると製図室で図面を引き、明け方下宿に戻って寝て、また授業に出る・・・学問とスポーツと芸術と(時々恋)まさに青春時代そのものだった。
そんな中でも

続きを読む

人生最初の「選択」とは

私にとって高校時代は暗黒時代だった。

いわゆる旧制一中の受験校だったので、毎日が競争、試験の繰り返し。授業が嫌でたまらない。すっかり劣等生になってしまった私が唯一逃避できたのが部活の剣道だった。 成績もほとんどビリになるまで急降下 これではだめだと、剣道部の活動を控えようと決心したとたん、部員の投票の結果キャプテンに指名されてしまう。
そんな訳で部活もやめられず、

続きを読む

絵で稼ぐことを覚えた子供

小学校の二年生だった。そのころ私の両親は離婚していて、父は後妻を迎えていた。当時の記憶は定かではないが、明るい家庭でなかったのは確かだ。

ある日の図画工作の時間。先生が「今日は何でも自由に描いていいですよ」と告げた。皆、当然のように夏休み、冬休み、海や山で家族や友達と遊んで楽しかった思い出のシーンを描いていた。

続きを読む