あなたは風景画を描くとき、何を心掛けているだろうか?
初心者の方はたいてい「見たままを描く」ことに集中するはずだ。特に正確な輪郭、縁取りに気を遣っていると思う。
今回取り上げるのは、ロンドンのテムズ川越しに眺めたビッグベンである。イギリス国会議事堂とともに、ロンドンを象徴する風景の一つだ。
だが、このような有名な風景ほど、「実物通りに描かなければならない」という思い込みに縛られやすい。
もちろん見たものを正確に観察する訓練は大切である。だが実は単なるスケッチではなく、水彩画の作品に仕上げようと思うと、「実物どおり」という観念は制作の邪魔になる。
「なぜ邪魔になるのか」・・・それが今日のテーマである。
「ビッグベン London」を描く



実例を挙げよう。
上の写真は世界一周スケッチ旅をした時(「ピースボートでゆく世界一周スケッチ旅→」を参照)の取材写真および私の水彩作品である。
タイトルは「ビッグベン London」。そう世界遺産であり、イギリスの国会議事堂として有名な建物である。
ビッグベンは、ロンドンを象徴する時計塔としてあまりにも有名である。テムズ川沿いに建つイギリス国会議事堂とともに、観光写真でも絵葉書でも何度も目にする風景だ。
今回の作品では、そのビッグベンをテムズ川越しに眺めた構図をもとにしている。手前には橋と水面、奥には時計塔と国会議事堂の建物がある。つまり、建物そのものだけでなく、川、橋、空を含めて一枚の風景画としてどう構成するかが重要になる。
さてこれらの資料を使って今日のタイトルで記した「実物通りに描かない」ことがなぜ良いことか説明しよう。
①は現地で最初に撮影した写真。②はしばらく時間を置いて撮影した写真、③がアトリエで私の最終的に仕上げた水彩画作品である。各々の写真についてさらに詳しく説明しよう。
写真①
一番重視したのはビッグベンと背景となる建物のプロポーションである。背景の建物の上端は画面の中央よりやや下に、ビッグベンの時計塔は中央よりやや左に配置する。
最初はこの構図を非常に気に入っていた。だが、よく見ると画面に占める橋の割合が小さく、近景としての存在感が弱い。
この風景では、手前の橋とテムズ川の水面が、時計塔へ視線を導く大切な役割を持っている。ところが写真①では空の面積が広く、橋の存在感が薄いため、画面全体がやや散漫に見える。
近景として重要な要素である橋をもう少し目立つようにしたい。そう考えたのである。
写真②
写真②は、写真①の欠点をなくすために撮影した写真である。
時計塔は写真①と同じく画面中央よりやや左にあるが、橋の上端が画面中央よりやや上に来るため、橋に存在感が出ている。近景である橋、中景であるテムズ川、遠景である時計塔の関係も分かりやすい。
この点では、写真②の構図はとてもよい。
しかし一方で、橋の向こうにある国会議事堂の建物は屋根の一部しか見えず、テムズ川沿いに連なる建物の雰囲気が伝わりにくい。ビッグベンだけでなく、ロンドンの川沿いの町並みとして見せたい場合には、少し物足りないのである。
作品にする構図は?
さてあなたにお尋ねしたい。あなたはどちらの構図で絵を描くだろうか?
このブログで以前に風景画で一番大切なものは構図だと記した(「風景画のコツ・・・構図と距離感→」を参照)。
だからあなたはどちらかの構図を選び、実物通り描くことに四苦八苦することになるというわけだ。
だが私たちが制作するのは写真ではなく「絵」である。
こんな時どのように描くべきか、答えは私の作品(写真③)にある。よく見てほしい。時計塔と橋のプロポーションは写真②と同じ、背景の建物のプロポーションは写真①と②の中間である。
もうお分かりだろう。私は②を基本としつつ、背景の建物を①を参考に実物よりも少し高く描いたのである。
これは「現実を無視した」ということではない。現地で得た複数の情報をもとに、絵として最も美しく見えるように再構成したということである。
さらにもう一つ付け加えておこう。もしあなたが写真①をベストとして絵を描き始めたとしよう。この時は、「霧のロンドン」らしい曇天で空も川の水面も暗い。光が少ないため有名なビッグベンの外壁装飾も平坦でほとんど見えない。たぶん魅力的な絵にはなりにくい。
実は②の写真は①と構図が違うだけではない。テムズ川の水面が明るく光り、建物のディテールがよく見えるまで、つまり晴れ間が出るまでこの場所で、待ち続けた写真なのである。
水彩画として仕上げるための制作テクニック
構図と水面の明るさという大きな要素は決定した。だがテーマと構図を選ぶだけで絵は仕上がらない。
ここからは、今回の作品を水彩画として仕上げるための具体的なテクニックについて説明しておこう。
透視図法について
ただしこの時注意することがある。
実際よりも「建物を高く描く」には透視図法を理解している必要がある。建物を高くすれば、当然、軒の角度も実際の写真より急になるからである。
とは言っても恐れることはない。水平線の消失点に向かって軒のラインを結べばいいだけのことだ。
より詳しく知りたい方はこのブログの記事「下書きはいらない!建物のある風景をペンで描く→」を参照してほしい。
色彩について
あとは画面全体の色調を整えるだけ。
ロンドンらしい雨模様の風景なので、実際の写真ではグレーが支配的である。青空が見えた瞬間とはいえ、その面積は小さい。実際には、橋に沿って水面全体が明るく輝いていたわけではない。
だが先に述べたように私たちが制作するのは「絵」である。
空も水面もより明るく仕上げよう。さらに彩度を上げるために、生のグレー色でなく青や紫をうまく使おう。(詳しくは「透明水彩で描く風景、陰と影は何色を塗るべきか?→」を参照してほしい)
こうして③の水彩風景画が完成したのである。。
まとめ
風景画が苦手だという方へ。
「実物通り…lの呪縛にとらわれるのはもうやめよう。
もちろん、観察は大切である。建物の形、橋の角度、水面の明るさ、空の色をよく見ることは、風景画の基本である。
しかし、見たものをそのまま写すことと、絵として美しく構成することは同じではない。写真を資料にしながら、構図を整え、明るさを選び、色彩を調整する。その少しの手間によって、風景は自分の作品になる。
ロンドンのビッグベンも、テムズ川も、橋も、空も、実物通りである必要はない。
大切なのは、その場所で自分が何に惹かれたのかを、画面の中で伝えることである。
透明水彩を自分でも学んでみたい方、制作過程や技法の記事をもっと読んでみたい方、また水彩画を暮らしの中に飾って楽しみたい方には、「水彩画を、あなたの生活の中に」が入口となる。
水彩画を学ぶ、読む、飾る。
それぞれの楽しみ方に合わせて、水彩画との関わり方を選べるページである。楽しく、ほんのちょっとの手間をかけるだけで、あなただけの美しい水彩画ができるはずである。
あなたも是非チャレンジを!
P.S.
風景画の描き方については以下の記事を書いている。こちらも一読してほしい。
水彩画の基本についてもっと知りたいという方は以下の記事をどうぞ











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