時々考える。魅力ある人物画とはどんな絵なのだろうと。
スタイルの良い、美しい女性を描いた絵だろうか?
もちろんそれは間違いだと思う。それが正解だとすれば、画家の存在は単なるコピー機と同じだから。
少なくとも、画面の人物の生き様が見る者に伝わることが必要だろう。そしてモデルとの心理的距離が近ければ、そのイメージはより強烈に表現できるに違いない。
一方で通常の「水彩画教室」で人物画を描こうとする人たちは初めて見る一人のモデルさんを割り当てられた視点から描くことしかできない。
果たしてそれでその「人物の生き様」が描けるだろうか?ここに私たちのジレンマがある。
今回はそんな悩みをかかえつつ制作した「アユタヤの美女?」の制作過程を紹介しよう。
下描き~ファーストウォッシュ
今回描くのは先の前提の通り、水彩画教室のモデルさんである。タイの民族衣装を着た美女だった。実は私はこのモデルさんの絵を描くのは二度目である。
最初は全身をF6のスケッチブックに納めて描いた。だが民族衣装の面白さは伝わるが、人物の表情が今一つ表現できない。そこでこの2枚目は思い切って顔を中心に描くことにした。サイズは同じF6である。
表情の工夫
実はこのモデルさん。美人ではあるのだが、ポーズに工夫がなく、顔は正面を向いたまま。しかも全くの無表情。さらに背景はアトリエの白い壁。つまりそのまま絵にしたところで、先に述べた「人の生き様」などとても表現できそうになかった。
そこで勝手にストーリーを作り上げた。この女性は今アユタヤにいる。滅んだ王国の寺院遺跡を見て、過去の栄華に思いを馳せる…。時分の生い立ちを重ねて…。
などと考えると「何か思いにふけっている」表情がほしくなる。だからこのデッサンでは実物よりも、顔はほんの少し左に傾けた。そして眼は大きく見開き、瞳はくっきりと描く。きつく閉じていた口元もややゆるく修正している。
背景の工夫
人物画の背景は、人物を描き終えてから、最後に描くという人が案外多いのではなかろうか。
実は私も普段はその方法をとっている。だが今回は「アユタヤ」と場所を特定した。当然その背景となる風景が必要だ。
上の図の背景は私が世界一周したとき(「初めての海外スケッチ旅 英単語さえ知っていれば何とかなる!?→を参照」撮影したものだ。アユタヤの不思議な雰囲気は私の眼に焼き付いていて忘れられない。過去の王国のイメージにふさわしいと思っている。
肌色を塗る
最初に、「細かな明るい部分」にマスキングインクを施す。今回は髪飾り、瞳、鼻の頭、イアリング、首飾り、衣装の光る糸などで、結構多い。
下塗りの肌色はウィンザーイエローとローズマダーを混色しているが、いつもよりも水分を多くし、「白い肌」を強調しようとしている。一方でその対比として陰の部分にはややきついコンポズブルーとウィンザーバイオレットを垂らしている。
全体の色調を整える
画面全体に色を入れて色調を整える。今回背景となる風景はいわば「過去」の象徴である。あまりリアルに描きたくない。そこで思い切ってまず全部をセピア色で描いてみた。
悪くない…遠くのセピアから近くの緑へグラデーションを施せばストーリーにあった色調になりそうだ。
次に肌の陰となる部分に色を入れる。色は先の肌色にバイオレットを加えたものだ。
一通り下塗りが終わったら、最後に、眼だけをある程度リアルに描いておく。こののちの作業における明度、彩度の基準とするためだ。
細部を描きこむ
顔の明暗をさらに細かく塗り分ける。肌に滑らかさを出すため、先に水を引き、濃い肌色を少しずつにじませながら塗っている。ファーストウォッシュの時に描き入れたブルーや紫色がこの段階で肌になじんでくるのがわかるだろう。
背景の森にサップグリーン、ストゥーパにカドミウムレッドをぼかして入れ、リアリティを表現する。さらに手前の草原と川の反射にセピアとサップグリーンを使い、全体の色調を整える。
仕上げ
ここですべてのマスキングインクをはがし、細かな部分を描いてゆく。
髪飾りは宝石のアクセントがポイントだ。すべてを描く必要はない。部分的に描いて周囲はぼかす。首飾りとイアリングは光の反射を強調する。白い部分を残し、明るい部分と隣り合う影を濃い目んじませながら描き入れよう。
衣装の細かな装飾を描く。刺繡の影を肌色に近いグレーで入れる。ここでも光の反射を強調するため、白い部分を残しておく。
鼻の頭のハイライト、瞳のハイライトの白のマスキングを剥がすと、通常その部分が際立って不自然さが残る。そこで水だけの細筆で丁寧に擦り、周囲となじませる。
最後に肌の細かな明度と色相のバランスをもう一度確認し、薄い部分に水を引いてから色を重ねる。この絵では眼、鼻筋、唇、頬、首筋、脇、肩など、すべてに微妙な濃淡を全面的に施している。前段階の肌色と比べるとかなり差があることがわかると思う。
仮題「アユタヤにて」完成だ。
P.S.
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- 人物画について学びたい方は以下の記事を参考に!
「人物画の魅力:生命感を表現する眼の描き方→」
「人物と背景の調和を図る技法→」
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