この絵失敗!あなたならどうする?

「失敗を恐れるな!」世に初心者を励ます言葉としてあまりに有名な言葉である。
油画と違って水彩画は塗り重ねによる修正がしにくい。先の言葉に慰められる初心者も多いはずである。

私は水彩画を描き始めてかなりの年月になる。
だが実はいまだに「失敗」することが多々ある。その度に「毎回がチャレンジ!,失敗を恐れるな!」と自分に言い聞かせるものの,スパッと次の作品に向け気持ちを切り替えられないのも事実だ。
そこで今回のテーマを「失敗を次の作品に活かすにはどうしたらいいか」とすることとにした。
私の経験が失敗の多い人の役に立てば幸いである。

「失敗作品」の具体例

「サントリーニ島の黄昏」と題する(予定だった)作品である。上の①図がもとになった取材写真、下2枚が失敗作品の途中経過である。
制作意図は、ご覧のように昼間は白い外壁が暗く沈み始め,同時にほのかな灯りがともり始める。そんな一瞬を絵にしようと思ったのだ。

まずファーストウォッシュにかかる。だが実は、この段階で悩んでしまった。
黄昏時の白い壁はブルーもしくは紫がかった色の濃淡で表現することが多い。だが複雑な壁面が斜面に沿って重なり合うこの構図では、適当に複数の色を滲ませながら置いてゆくと全体の立体感がわからなくなってしまう。

そこで,のちの支障にならないように薄めのウィンザーイエローで陰の壁面を塗り分けておいた。(①図)そして完全に乾いてから,暗い部分にブルーと紫を,灯りの部分にローズドーレを置いていった。(②図)

これが失敗だった。②図をよく見て欲しい。
下描きの黄色の上に重ねたブルーはグリーンになる。表現したかった白い壁の陰の色とはややずれてしまう。さらに問題は上に紫を重ねた部分だ。ご存じのように紫と黄色は補色の関係にある。だからこの2色が重なった部分は黒くなる。本当に暗い影ならば良いのだが、広い面積の壁が黒ずんで見える状態は水彩画としては美しくない。

水彩画の明暗はある程度相対的な感覚に左右されるので、他の部分をさらに黒っぽく、濃くしてみたが、やはりイメージは良くない。日を置いて何度も塗り重ねてみたが、どんどん全体が汚くなる。
結局これ以上時間をかけても無駄と判断し、手を入れるのをやめてしまった。「失敗作」である。

しばらく、別の作品に取り組んでいたが、やはりこの「失敗作」が気になる。先に記したように、失敗の原因はそれなりに掴んではいたが、ならばどうするかが自分で見えていない。
つまり似たような絵を描く時また失敗する可能性があるということに気がついたのだ。

確かに最近の私は比較的画面に明度差をつけることが多い。今回のように、一面の白い壁が連続する画面はあまり描いたことがなかったのだ。

サントリーニ島、再チャレンジ 4つの注意点!

そこで弱点を克服すべく、再度「サントリーニ島」を描くことにした。以下にそのポイントを記す。

①構図

先の絵が失敗したもう理由の一つである。簡単に言えば、狙った構図に対して絵が小さすぎたのだ。
②図を見てほしい。中景に広がる遠くの町並みが細かすぎて細部まで表現しきれないのだ。
もちろん省略表現することもできる。だが先の絵は大部分がいわゆる「中景」にあたり,徹底的にぼかすことは相応しくない。立体感と距離感を描き切る必要がある。中景のあまりに小さいモチーフはこのテーマには不適なのだ。

④下絵

そこで中景のサイズが適度な大きさ(F4号)になるように決めた構図が④の下絵である。

さっそく、ファーストウォッシュ!…と言いたいところだが、今度は失敗は許されない。
そこでまず「失敗しないための」作戦、概略の制作ステップと注意点を事前に列挙してみた。

すると意外なことに、今まで問題が起きた時、直感で対応していたかなりの部分を、事前に分析し、論理的に対策ができることを発見した。経験だけに頼って描き始めてはいけないのだ。

②ファーストウォッシュ

  • 当然前回の黄色の下描きなどはない。ベース色は午後の日差しを浴びる壁の色、つまり薄いベージュ色とする。
  • 次にコバルトターコイス(ちょっと高級な絵の具ですが)を陰となる壁だけに塗り、立体感を確認しておく。
  • 壁の陰に表情をつけるため、水を引いたのちにコンポーズブルーウインザーバイオレットを垂らす。
  • 空と海をウォッシュ。白い外壁とコントラストをつけるため、海の色はやや暗い、プルシャンブルーを使用する。この時、海と空の境界はぼかして、遠近感を強調する

③中景の描きこみ

  • 明暗をさらに詳細に描きこむ。ただし周辺部の明暗は控え目に、中央部の明暗は強めに。

④仕上げ




  • 目立ちすぎる壁のエッジ、単調な線をナイロン平筆でこすり落とし、ぼかす。空気感を出す。
  • 樹木に色を入れる。
  • ハイライトの白い壁に赤や黄色を入れ光のきらめきを表現する。

実際の制作過程

  • 薄いベージュ色のファーストウォッシュ。ただし画面の中央部は「真っ白」を強調するため何も塗らず白く残している。(⑤図)
  • 陰となる壁にコンポーズブルーとバイオレットを垂らした。(⑥図)
  • 中景の描きこみ。立体感をより細かく、正確に描き入れた。(⑦図)
  • 強すぎる線、長すぎる線をナイロン筆で擦ってぼかし、画面に統一感を出す。樹木を描く。
    全体に水を引き、明るい白壁にレモンイエローパーマネントローズを垂らす。
    暗い壁面にコバルトブルーとウィンザーバイオレットを垂らす。さらに全体をチェックしメラミンスポンジで画面周辺をこすり、ぼかして完成。(⑧図)

まとめ

「最初に制作計画を立てる」ことのメリットを改めて列記してみよう。

  • 基本的な制作ステップに迷いがないため、うっかりミスがない。
  • 思い付きだけの試行錯誤をしないため、制作時間も短縮化できる。
  • どの段階で水を引き、どの段階で濃い色を塗るかなど、段階別の主要テクニックが明快になるため自分の課題が発見しやすい。
    今回、私は明度差、色相差が無い町全体の表情を描くときは、私がしばしば用いる黒っぽい、シャープなドライブラシの長い線はふさわしくないことを思い知った。
    ⑧図では濃い線は極力筆に水を含ませ、エッジをぼかして表現している。
    もし制作計画を立てていなかったら、どの段階で、何が悪かったのかわからず、また失敗を繰り返す羽目に陥ったのではなかろうかと思っている。
  • 苦手な絵を描く時は、事前に「失敗しない計画」をメモしてから、制作に取り掛かる・・・皆さんも試してみてはいかがだろう?

P.S.

  • 本日の作品「白い町 Santorini」はサイドパネルの「加藤美稲作品集」に収録してある。上述した細部の表現をチェックしたい方は参考にしてほしい。また、私の絵を購入したいという方のために、最近「水彩STORE/美緑空間」をオープンした。日本の風景、海外の風景、人物画などジャンル別の検索も可能だ。是非ご利用いただきたい。
  • 水彩画の好きな方、私の絵の描き方に興味のある方は下記「美緑(みりょく)空間アートギャラリー」のメンバーに参加してほしい。水彩画に関する私の知識と経験をメール講座の形でお届けしている(無料)。
  • 今回描いたのは「白い町」。だが実は今まで以上に多くの絵の具を使っている。「白」を表現するためには白以外の色との対比が極めて重要なことがわかるだろう。文中に出てきた私の使う色と絵の具にリンクを張っておいた。興味のある方は研究してみるとよいだろう。