
旅先の風景をペンと水彩でスケッチする・・・。都会の喧騒を忘れ、静かで、季節感豊かな緑と池や小川の水景を眺めながら絵筆を握る・・・。絵を描く人にとって至福の瞬間だろう。今回はそんな自然味豊かな日本庭園に来た。
だが、実は「自然の風景」はペンと水彩で描く人にはちょっと難しい。
何故だかわかるだろうか?
その理由はペンの線が日本の自然の情景を描くのには強すぎるからだ。私の作品集(加藤美稲水彩画作品集→)をみて貰えばわかると思うが、ペンの線は強くシャープだ。
洋の東西を問わず、建物が主役の古い町並みを描くときは最高の道具だが、樹木や池など柔らかい、自然の輪郭が相手の時は、そのシャープな黒い線は優しい絵の雰囲気を壊しがちなのだ。
こんな時はどうするか?
私なりの工夫をお伝えしようと思う。
まず今回一番気を使ったのはまずペンの選定だ。ペンは私の絵の道具についての記事でも触れたが0.3 mmの油性のサインペンを使っている(「水彩画で使うペン!あなたならどれを選ぶ?→」を参照)
。だがメーカーによって同じ0.3mmでも太さに違いがあるし、紙上での滲み具合にも差がある。
今回は一番細く、滲みの少ないものを使った。そして樹木や木の葉の線は大味にならぬよう、極力細く、優しく、一気に引かず、曲線をつなげるようにして描いている。建物を描く時とは使い方がずいぶん違うことがお分かりだろうか?
通常「淡彩スケッチ」の場合は水彩はモチーフの素材の色を薄く塗るだけで絵になる。何故なら線の存在感が強いので、色彩は脇役でも絵になるからだ。だが今回はあまりペンの存在感は強調したくない。日本庭園の緑が主役だ。
初めはまず、「緑色の空気感」を出すことを考えた。具体的にはまず全面にベージュの平塗りで下塗りをした後、プルシャンブルーで全体に薄くグリザイユ(絵具の透明度とグリザイユ画法の関係についてはこちら→)を施す。
この段階で大まかな明度の表現と色調の統一感はできている。だから淡彩スケッチとして仕上げる気ならば、その上に薄い緑色を塗れば絵はほぼ完成だ。
ただし、今回は自然林ではなく日本庭園だ。樹種も多くグリザイユの上に重ねた緑一色では表現しきれない。そこでサップグリーン、ウィンザーグリーン、クロムイエロー(いずれもメーカーはウィンザーニュートン)を混色し、水分量を調整して、樹種を描き分けた。下図がその時点の絵である。

実はこれを描いた当初はこの状態で自分でも満足し、このまま最初の個展に出品した。だがその後、色々と技術的に新しいことを試すうちに、この絵に足りないものを感ずるようになった。
客観的にみられる皆さんの方がきっと敏感に感じるのではないかと思う。
そう、緑の「統一感」を重視するあまり、画面全体が似たような緑で覆われ、奥行きが感じられないのだ。
気が付くと、放ってはおけない。機を見て再び加筆を始めた。
念のため言っておくと、実は水彩画の教本の中にはこの行為を良しとしないものもある。「スケッチは一瞬の感動を描くもの。後から加筆してはいけない」という理由かららしい。
私はそうは思わない。おかしいと思ったら、修正する。それで良い絵になるのなら、そちらの方が絵を観る人にとってもいいに決まっている。
皆さんはどう考えるだろうか?
さて実は加筆後の絵が冒頭の写真なのだが、どこをどう変えたかわかるだろうか?
私が考えた絵にある不満の原因と対処法は以下の通りだ。
まず画面に奥行きがないのは、暗いところが弱すぎるからだ。低木を主体にした西洋の庭園と違って日本庭園は樹木の陰を相当意識している。だから陰の存在を強調しないと日本庭園らしくならないのだ。
画面が緑一色に近く、薄っぺらに見えるのは色味が少ないからだ。樹種の違い、光の反射の違いを考慮してもっと赤や黄色の色を混ぜる必要がある。
具体的に説明しよう。
まず加筆するときの大原則は一番明るいところには色を重ねないこと。何故なら最初の下塗りですでに色が入っている。加筆時にまた色を重ねると絵具の透明度によっては急に画面が暗く、汚くなる場合がある。注意して欲しい。
今回の場合まず樹木の暗部をより暗く、かつ色相を豊かにする必要がある。始めの段階では暗い部分は緑系にローアンバーを混ぜて作っていた。
そこで今回はさらにその上に緑系と紫(ウィンザーバイオレット)を混色して重ねた。基本の緑は黄色が強く、ローアンバーは三原色のうち赤色が強い。今回重ねた紫は青が強い。
つまり三原色の全ての色相が混ざることになるので、陰はより黒に近くなるわけだ。かつ緑一色だった色調に紫が入ることにより色相が増え絵に深みが出る。
それでもまだ緑が均一すぎる。そこで明るい部分にそれまで全く使っていなかったオレンジ色を加えた。これで画面に変化が出たと思っている。
さらに加えた修正がある。最初の絵はどちらかといえば、松の葉に見られるようにドライブラシ(水彩絵の具の用語と基礎技法についてはこちら→)による描画だった。だが画面の中央にある池はもっと水を使いぼかした表現の方が好ましい。
そこで池については再度、暗部に水をたっぷり使ったぼかしの表現を加えた。もっとも一度すでに塗ってあるので、その上にぼかしを入れても実は効果はあまり無い。本来は最初から使う方法だった。ちょっと反省している。
こうしてペンと水彩による「水と緑の風景」をやっと(3年ぶりに)描き終えた。
ところで、この風景はどこ?という質問が出そうだ。ここは神戸の「相楽園」。神戸市の運営する施設だ。
交通の便はとてもよく、神戸地下鉄「県庁前」から歩いて10分ほどだ。園内には「旧小寺家厩舎(重文)」「船屋形(重文)」「旧ハッサム住宅(重文)」もある。
神戸に旅するなら異人館だけでなく、ぜひこの「相楽園」を訪ねて欲しい。
[…] 相楽園 […]