水彩画の魅力 「色」とは何だろう?

ターナー:戦艦テメレール号

 絵を鑑賞することはとても楽しい。上図はターナーの有名な作品「戦艦テメレール号」だ。夕日に輝く空、戦艦、海が多彩な色彩を使って見事に描かれている。
 
 でもちょっと考えてほしい。
 何故ターナーが見た空の色、船の色、水の色、そしてそれらの輝く様を私たちは自分の感情そのものとして共有できるのだろう?
  それはたぶん、私たちがどんな時に空は赤く染まり、水面に反射し、影にも色があるのかを知っているからだ。そしてそこには皆が共有できる科学的な原則があるはずだ。
 今回はそんな「色の不思議」を科学的に解き明かしてみようと思う。

 私は建築と芸術に関する基礎知識は多少あるが、物理学者ではない。だからこれから述べることは文末にある参考文献を読み、私なりの解釈を加えて解説したものだ。
 もし疑問を感じたら、どうか原典を当たって確認してほしい。

絵はどうやって描く?

 さてどんな魅力的な絵であってもその制作プロセスは基本的には変わらない。つまり画家の目に映った風景の色を絵具の色に置き換えてキャンバスや紙の上に再現することだ。

 彼が選ぶであろう絵具の種類については「水彩画入門!プロが選ぶ絵具は?→」に記事を書いている。興味のある人は一読してほしい。

 そして水彩紙にその色を塗る時の知識と理論は「絵具の知識 透明水彩は何故美しい?→」に記してある。こちらも一読をお薦めする。

 一方画家が見て感じた色を絵具の色に置き換えるときには当然その画家のこだわりがある。
例えば「フェルメールブルー」…あなたも聞いたことがあるだろう。

 その色には単なる個人的な「好み」だけでは済まされない歴史と科学のドラマが隠されている(「有名絵画に見るブルーの秘密→」を参照)。
  画家たちも「色」の奥深い不思議に悩まされていたというわけだ。

色は何故私たちの目に見えるのか?

 ではまずは原則的な疑問から。
フェルメールブルーが青く見えるのは「青の波長の光だけを反射するから」と先の記事に書いた。ではどうやって青の波長の光だけを反射するのだろうか?

 これは分子レベルの話になる。ちょっと専門的だがそれほどむつかしい話でもない。
 物質は特定の波長の電磁波(今回は光の電磁波)を浴びると、電磁波のエネルギーを自分の分子に蓄え、高エネルギー状態(励起(れいき)状態と呼ぶ)になる。

 フェルメールブルーを発色する物質は波長の長い光(赤色)で励起状態になり、そのエネルギーを分子内に蓄える。そして吸収されなかった波長の短い(青色)を反射光として返すので青く見えるのだ。

 高エネルギー状態になった分子は、そのエネルギーを熱として外に出し、元の安定した状態に戻る。
 ちなみに電磁波のエネルギーは波長が短いほど高いので、放熱するエネルギーも多くなる。
 つまり赤色の物体の方が青色の物体よりも放熱する熱も多いことになる。太陽の光を浴びた時青色の服よりも赤い色の服の方が暖かく感じるのは理由があったのだ。

全ての波長を吸収?反射?透過?するとどうなる?

 全ての波長の光を吸収すると黒。では全てを反射すると何色?、そして全て透過するとどうなるのだろう?

 全ての波長光を吸収する物の代表例は墨だ。
 炭素原子が無定型に集合したもので全ての波長の光で励起状態になる。つまり全ての波長の可視光を吸収するので黒く見える。

 では全ての光を反射するとどうなるか?
 実はこれがややこしい。結論を先に言えば鏡になる場合と白になる場合がある。

 まず水彩紙が白色である理由を考えよう。水彩紙の素材は有機化合物であるセルロースであることはすでに別の記事(水彩画入門!初めに買うべき道具は?→)で書いた。

 そして有機化合物の大半は可視光では励起状態にならない、つまり実は紙は本来透明なのだ。
 そしてその繊維素の直径は水彩紙の原料であるコットンの場合12,000~28,000ナノメートルである。
 可視光の波長は400~800ナノメートルなので、数十倍あり、十分に大きい。この大きさの粒子にぶつかると、光は「ミー散乱」という現象を起こす。
 つまり可視光線の全ての波長が様々な方向に反射されるのだ。繊維素は本来透明なのだが、繊維素の表面で反射される光が私たちの目に映り白く見えるのだ。

 次に鏡の場合を考える。
 セルロースは可視光では励起状態にならない。それに対し鏡の金属は、可視光の全ての波長で励起状態になる。
 励起状態になった通常の物体は、吸収した光のエネルギーを熱として外部に放出するため、反射する光としてのエネルギーは小さくなる。

 一方、鏡に施された金属は表面の自由電子の働きで、吸収した光のエネルギーを熱ではなく、光として放出する。だから、反射率はほとんど100%に近く、発光と言っていい。
 だから太陽光を反射させ私たちの目にあてれば、眩しいのだ。

  通常、鏡の表面は平滑であるので、各波長の光は、反射角に応じて実物と同じ位置に像を結ぶ。この状態が鏡だ。各波長光は全て反射するが水彩紙の様に交じり合ってはいない。

 鏡の表面を荒らすと、反射方向がバラバラに混じり合い、各波長が混じり合う。だからエッチングミラーはある程度像の形は写るが全体は白っぽくなる。

 ちなみに、銀は励起状態になった後、全ての波長の光を返すので鏡になるが、金属により励起状態になった後、発光する波長が違う。金は黄色の波長の光を返し、銅は赤の波長の光を返す。

無色とは?

 黒色、白色、青色、鏡状態については理解できたと思う。では透明色とはどういう状態なのだろうか?

 前述した紙(セルロース)は本来無色透明なのだが繊維素の直径が光の波長の数十倍あるので光は「ミー散乱」により白くなってしまう。
 だから紙を透明にするにはセルロースの直径を光の波長の数十分の一に小さくすればよい。するとどの波長の光も拡散することなく直進する。
 光に当たった繊維素も励起状態にはならないので光は透過する。つまり完全な透明な紙となるのである。

 実はこの透明な紙は既に製品化されているようだ。
 王子製紙が開発した繊維径が数十ナノメートルのセルロースナノファイバーでできた紙である。一度手にしてみたいと思っている(水彩紙として使いたいとは思わないが)。

 もう一つ透明になる物がある。例えばダイヤだ。
 ダイヤの結晶はセルロースナノファイバーとは逆に物質単体が光の波長に対して数千倍~数万倍の大きさになる。そしてやはり全ての波長に対して励起状態にならない。
全ての波長光はミー散乱しない、粒子間をかわして直進もしない、表面で反射するか透過するしかないのだ。

 だからダイヤモンドは正真正銘の透明となり「色」は存在しない。もちろんきらめく表面反射と屈折光は存在し、それがダイヤの美しさを際立たせている。

ちょっと特殊な色もある?!

 黒い墨も白い紙も青い絵具も透明なダイヤモンドも、光が当たる物質が励起状態になるかならないかが、色の有無の原因だった。
 だが実は物質に色があるように見えるのは他にも理由がある。
 「構造色」と呼ばれる色だ。

 実は冒頭で取り上げたターナーが目にした自然の「空の色」がその代表である。

 紙の白色がミー散乱によることは先に述べた。それは粒子の径が波長に対して十分に大きく、全ての波長の光を拡散したからだ。では粒子径が波長と同じくらい、つまり空気の分子の径くらいだったらどうなるか。
 これが空が青いのは何故かと言う問いに対する答えだ。

 光は波長とちょうど同じくらいの粒子にあたると、波長の短い(青い)光ほど反射、拡散されやすくなる。この現象をレイリー散乱という。

 その反射拡散が空気分子間で繰り返されるので、太陽の方向を見なくても空は明るく青いのだ。
 だから実を言えば、太陽は「白色光」ではない。青の波長成分が拡散されているので、太陽を見ると若干赤みを帯びているはずなのだ。

 そして太陽の高度が下がるに従って、太陽光は私たちの目に届くまで大気中をより長く進む必要がある。
 つまり青の波長光は真昼より多く拡散され、目に届くのは一番長い波長の光だけになる。だから朝日、夕日は赤いのだ。

 このレイリー拡散による色は、絵具の色にように、分子の励起状態の有無による色とはまったく違う物であることがわかるだろう。

短波長の光と長波長の光が似た色になる理由

 虹色は一般に赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の順に並ぶ。
 赤の波長は800ナノメートルくらいで紫の波長は400ナノメートルだ。赤と紫は最も波長が違う色なのに、私たちの視覚ではかなり似た色だ。
 色環も赤と紫は隣り合っている。何故だろう?

 それはこの関係が「倍音」になっているからだという。音楽で言うとオクターブの関係だ。
 400ナノメートルと800ナノメートルエネルギーは違うが同じ色と認識されるのだ。だからいわゆる12色環では赤と紫は隣同士の関係にあるのだ。

 再び冒頭のターナーのを見てほしい。太陽の光が空を赤く染めている。そしてその下にある建物の影は紫色に塗っているのがわかるだろう。本来なら赤と最も遠い青色で影を描くのが論理的だ。だがここにオクターブの関係にある紫を置くことにより、より自然な影に見えるのだ。

まとめ

 以上で私の「色と光」に関する理論考察は終わりだ。
今回の記事が皆さんの絵の鑑賞と制作に少しでも役立ってくれることを期待しよう。

参考文献

  • 世界史を変えた新素材 佐藤健太郎
  • いやでも物理が面白くなる 志村史夫
  • 絵具の科学 ホルベイン工業技術部
  • 絵画技法と画材の話 第64回日府展関連事業 市民講座 佐藤勝明
  • 画材の博物誌 森田恒之
  • 水練顔料に関しての考察 東京学芸大学リポジトリ 速水敬一郎ほか
  • 光と色彩の科学 齋藤勝裕

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 このブログには文中にリンクを張った他にも以下のような関連記事がある。興味のある方は参照してほしい。

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6 件のコメント

  • […]  まず私は原則としてアイボリーブラックとチャイニーズホワイトは使わない。特に固形絵具で白は使わないのでパレットから外して好みの色を追加して使っている。 まずパレットの固形絵具の並びを見てみよう。上の写真で上の列は左から黄色系、橙系、赤系、紫、青系。下の列は左から緑系、茶系、黒と並ぶ。 皆さんはこの並びを見て、不思議に感じないだろうか? 以前「ためになる美術講座→」の中で「色と絵具の科学→」という記事を書いた。その記事を思い出してほしい。 つまり太陽の自然光は波長の長いものから短いものへ7色(赤橙黄緑青藍紫)の光に分けられる。そして各波長のうち長い波長を反射する絵具が赤色であり、中間の波長を反射する絵具が黄色であり、短い波長を反射する絵具が青色になる。  そしてこの3色を均等に混ぜると黒になる。私が黒は使わない理由はここにある。要らないからだ。 そして7色のうち赤、橙、黄、緑、青、紫と隣合う色を混ぜてできる中間色を円形に並べると12色環になる。 これら3原色と12色環の存在とパレットにある絵具の配列を比べて私が疑問に思った理由は2つある。 一つは必ずしも混色し易い順に並んでいないことだ。原則的に色相が似通っている色が近い方が使いやすい筈だ。例えば黄色と緑とそれらを混色してできる黄緑は木々を描くときに頻繁に利用する筈だ。 だから黄系の絵具と緑系の絵具は近い方がいい。しかしこのパレットでは緑は下段、黄は上段と分かれている。 もう一つは12色環にない茶系の絵具が他の系統の色よりも多く、何色も揃っていることだ。 […]

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