有名絵画に見るブルーの秘密

先日、高校時代の教養ある友人から突然、ラインアプリで次のような質問をもらった。

 「ところで画伯(彼は僕のことを親愛と、からかいの情を込めてこう呼ぶ)、「フェルメールブルー」はラピスラズリであるということはわかりましたが、染付けのコバルトブルーがフェルメールに与えた影響は、あるのでしようか?調べても出て来ません。ご存知ないですか?」

 なるほど。興味深い質問だ。この際「青色」について調べてみようと思った。
この質問に答える前にまず基礎知識を復習しておこう。以下はネットや専門書から調べた概要だ。
 まず色の元になるのは顔料や染料である。繊維の間に染み込んで発色するのが染料、繊維の表面に広がって発色するのが顔料だ。絵の具は顔料を水系または油系の液体に溶かして使用するものだ。
 古来、人類は植物や動物から取り出した藍のような天然有機素材を染料として着物を染め、鉱物から取り出した無機顔料で白い磁器に絵付をしてきたというわけだ。

 さて問題の染付の青とフェルメールの青の関係。前者は金属のコバルトによるものでコバルトブルーと呼ばれる。
 フェルメールがよく使った青色は宝石のラピスラズリ(アルミと硫黄が含まれ、コバルトは含まれていない)を砕いて顔料とした絵具でウルトラマリンブルー、あるいは彼の名を取ってフェルメールブルーなどと呼ばれる。現在の絵具の色ではウルトラマリンブルーの方が濃く、深い青色だ。

 友人の質問に対する答えは

 結論を先に言うと「フェルメールは染付けの青は知っていた。しかし素材としてのコバルトブルーの影響を受けていないし実際に使用してもいない。」だ。
もちろん両者は色の名も鉱物の組成も違うので、物理的に違うのは明白だが、友人の質問は芸術家として影響を受けたかということなので、もう少し解説がいる。

フェルメール 牛乳を注ぐ女
テーブルの左端の壺に注目!

 フェルメールが活躍していた時代(17世紀中頃)は世界史におけるオランダの絶頂期。染付がオランダに輸入され、彼はそれを見ていたと思われる。何故なら彼の絵の中に中国製と思われるブルーの磁器が登場しているからだ。ご覧のように絵の中のフェルメールブルーと見事に調和している。

 しかしこの青はコバルトブルーではない。

というのは当時のコバルト顔料は熱を加え、酸化させて始めて鮮やかな青が発色するものしかなかったからだ。つまり陶磁器を制作する過程でしか発色しなかった。
 画家がアトリエで絵の具として使えるコバルトブルーが発明されたのは19世紀。フェルメールが活躍したのは17世紀なので、残念ながら彼はコバルトブルーは使えなかったのだ。
 一方ラスピラズリは古くからある青色の顔料で特に聖母マリアのマントなど高貴な色として重宝されていた。

 彼がラピスラズリを魅力的な青として選んだのもうなずける。

 ただ鉄分によって発色する安価な他の青色絵具と違い、ラピスラズリは金とほぼ同単価で取引されていたというほど、とんでもなく高価な絵具だった。「フェルメールブルーは彼が小品、寡作だったから生まれた。大作、多作だったら彼は破産していただろう。」などという説もあるくらいだ。

モネ 睡蓮
モネブルーの水面

 どうやらブルーという色は芸術家の心を揺さぶる色のようだ。

 陶磁器用のコバルトブルーと同じ組成で 工業的に合成されたコバルトブルーはまさに同時代の印象派のルノワールやモネが多用した。モネ・ブルーと呼ばれる青はこのコバルトブルーらしい。
 日本では東山魁夷の東山ブルーが有名だ。(ただし彼が使った岩絵具の正体は私が調べる限り、工業製品らしいけれども、明快に特定できなかった)

伊藤若冲
背景のブルーに注目!

 伊藤若冲のブルーも有名だ。こちらは江戸時代、当時できたてほやほや輸入工業製品のプルシャンブルー。名前の通りプロシア(ドイツ)で発明された。当然高価な青だった。現代の絵具でその発色を見ると、コバルトブルー、ウルトラマリンよりもさらに濃いが、透明度は高いという素敵な青だ。
 ちなみに私が描く水彩画は日本の秋空はコバルトブルー。ローマの夏空はフェルメールブルー(ウルトラマリンブルー)。陽光の影はプルシャンブルーで描いている。どんな色なのか何となくイメージしてもらえるだろうか。

 もっとも現在は事情が変わりつつあるようだ。

 プロ用の絵の具は今でも鉱物と同じ成分の合成無機顔料を使うが、学童用の絵具は高価な顔料、毒性のある顔料(カドミウムイエローなど)は好ましくないので、石油から作る有機系(高分子化合物)顔料に置き換わっているらしい。
 有機系顔料は一般に連鎖する炭素原子の結合が紫外線に弱いため、鉱物から取れる無機系顔料に比べて耐候性に劣る。
 しかしどの波長の光を反射させるか(波長の短い光だけを反射する顔料が私たちの目にはブルーに見える)、人間が設計できるので、好きな色を安価に無限に生み出せる可能性がある。
 遠い将来、現代作家の名を冠する有機系顔料による「〇〇ブルー」を崇める人が現れるかもしれない。

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