日本建築に見る雨水(あまみず)のデザインとは?

日本の町並みに共通するものとは?

 トップページに書いたように、私の水彩画家としての活動の一つは古き良き日本の風景を描くことだ。

 当然日本の町並みを描くことが多いのだが、いつも思うことがある。
 冒頭の写真は私がスケッチに訪れた町並みの写真だ。ご覧のように屋根、外壁、窓や扉のデザインには各地の個性がある。

 だがどこの町並みにも必ず存在するものがある。それは何だろう?
 正解は「雨樋」だ。ではなぜ建物に必ず雨樋がついているのだろう。今回はその「雨樋」と「雨水(あまみず)について考える。
 この次あなたがスケッチする「日本の風景」の理解に少しでも役に立てば幸いである。

目次

1.雨樋の役割

2.雨樋の東西比較

3.雨樋周りのデザイン再考
 3.1軒樋のデザイン
 3.2鮟鱇(あんこう)のデザイン
 3.3竪樋のデザイン
 3.4集水のデザイン

4.雨樋をなくすデザイン
 4.1軒の出と裳階(もこし)
 4.2砂利敷
 4.3苔、芝
 4.4雨落ち石

5.まとめ

■雨樋の役割

 さて冒頭の質問に戻ろう。「日本中のどの町、どの家にも、何故雨樋がついているのだろうか?」

 最大の理由は「雨水の汚れから建物を守るため」だ。念のために断っておくと、雨水そのものは蒸留水なので本来綺麗なはずだ。

 だが建物に落ちた雨は屋根や外壁に付着している埃や泥と一緒に流れるので、その水は濃縮された泥水と言っていい。泥水を長年に渡って被り続ける建物が無事であるはずがない。

雨水で建物が汚れている

 証拠を示そう。上の写真はとある京都の古民家の写真だ。この民家は左側の雨樋が壊れてビニルシートで被っている。この樋の壊れた部分は雨水を集めて道路に流せず、屋根から外壁を伝って流れ落ちる状態になっている。

 だから左側の壁の汚れがひどいのだ。

雨水で建物の足元が汚れている

 雨水は地面に落ちてからも建物を汚す。上の写真は、雨樋を隠したデザインの現代建築の足元の写真だ。屋根から直接落ちた雨は地面のタイルを汚し、跳ね返ってさらに建物の足元を汚しているのがわかるだろう。

 京都の町屋に見る「竹矢来」はその泥の跳ねによる汚れを防ぐ工夫だ。(日本建築の不思議 竹矢来って何?→を参照)

■雨樋の東西比較

 ならばヨーロッパの建物はどうか?
上の写真はローマの建物の軒先の写真だ。軒先は装飾的な蛇腹で飾られ雨樋がそのデザインを邪魔することはない。

 ドイツのローテンブルクは大きな勾配屋根の建物が並ぶ有名な観光都市である。上の写真のように歴史的な建物の軒先にやはり樋は無い。

 つまりヨーロッパの建物には樋が無い・・・何故だろうか?

 最大の理由は降雨量が少ないことだ。実は先進諸国の年間降雨量は日本の半分程度しかないのだ。

 さらには外壁の材料は煉瓦や石であり、日本の板張りの外壁よりも泥水に対して耐久性がある。

 そして重要なことは日本と西欧の美意識の違いだ。泥水による多少の建物の汚れを石壁の風化の一種とみなす(らしい?)西欧人と土壁、漆喰壁、板張壁の「汚れ」と感ずる日本人の差は相当に違うと感じている。

 ただし同じローテンブルクの建物でも、下の写真のように新築された建物にはほとんど樋がついているようだった。その違いの本当の理由はわからない。
 だが私は以下のように推測している。

 この町は観光地として生きている。だから美観を保つことが絶対的に必要なのだ。そこで日本の建物が美しい理由が雨樋にあることを知った人々がその工夫を取り入れ始めた・・・。
 いかがだろうか。当たらずとも遠からずでないかと思う。

■雨樋まわりのデザイン再考

 日本の伝統的な民家や寺院の建物を見ると、雨水に対する日本人の美意識が徹底されていることがわかる。建物周りにその美意識がどのようにデザインされているか具体的に見てみよう。

■軒樋のデザイン

銅板でできた軒樋

 現代建築ではコストや耐久性を考え、塩ビや亜鉛鉄板を使うことが多い。はっきり言って形、色、材質が建物と調和して美しいとは言い難い。だが伝統建築ではでは銅板を使うことが多い。錆びた後も上の写真の様に緑青(ろくしょう)色になり日本建築の素材として建物になじむのだ。

竹でできた軒樋

 上の写真は京都、高台寺の茶室である。御覧のように軒樋が竹の半割でできている。茶室自身が、土、木、竹だけでできているといっていい。軒樋にはぴったりの材料だろう。

錣葺き屋根

 錣(しころ)葺き屋根の樋
 上の写真は鹿児島の「仙厳園」という建物である。御覧の様に建物の奥行きがずいぶん深い。

 このように屋根の面積が大きくなると受ける雨水の量も半端ではない。大雨の時には常に雨樋から溢れてしまい、建物を汚してしまうことになる。かと言って、樋をあまりに大きくすると、当然美感上よろしくない。

 そのための工夫だと思うが、この建物は屋根を2段にしそれぞれ分担する屋根面積を小さくし、小さな樋で雨水が処理できるように工夫している。
 この2段にした屋根を錣(しころ)葺きと呼んでいる。

■鮟鱇(あんこう)のデザイン

 軒樋に集めた雨水を竪樋に流す連結部分を「鮟鱇(あんこう)」と呼ぶ。水が集まる部分は溢れやすいので通常の竪樋の直径よりも大きくしなければいけない。
 その条件を満たしつつデザイン的に処理すると、魚の「鮟鱇」のような形になるのでこう呼ばれている。

■竪樋のデザイン

 通常現代建築の縦樋は塩ビ管でできている。既製品なので色も選べない。正直言って美しいものではない。伝統建築では通常は軒樋と同じように銅板、または亜鉛鉄板であるが、以下の様に一工夫したものもある。

鎖樋
 竪樋そのものを嫌う場合は、鎖樋を使う。その形状にも気を使ってデザインしているのがわかる。

■集水のデザイン

 現代建築では樋の雨水はコンクリートの桝に集め、塩ビ管やコンクリート製の側溝で流す。蓋は鉄製のグレーチングで愛想がない。だが日本の伝統建築ではそんな部分にも気を使っている。上左は升の蓋に竹をひもで結んだもの使用し、右の写真は竪樋の足元を瓦を使っておしゃれに排水している。

■雨樋をなくすデザイン

 雨樋をなくすためには、屋根から落ちた水が外壁にかからないようにしなければならない。さらに地面に落ちた水が建物に跳ねないようにすることも必要だ。以下のような工夫とデザインはそのまま日本建築の特徴にもなっている。

■軒の出と裳階(もこし)

飛燕垂木で軒を深く

 まず屋根の先端で完全に水を切り、外壁に水が伝わらないようにする。当然屋根勾配はきつい方が水は切りやすい。かつ横からの雨の吹き込みが軒下の外壁にかからないくらいに軒を深くする。日本の伝統建築はもともとは大陸から伝わったものだが、屋根の深い軒の出は日本独時のものである。上の写真は東福寺の三門であるが、長く跳ねだした屋根が垂れないように「飛燕垂木」という構造が採用されている(今回はその構造詳細については割愛!いずれまた。)

軒の出を深くしても、屋根の位置が高い場合は横殴りの雨がかかれば外壁の下部は濡れてしまう。上の写真は法隆寺の金堂。1階の屋根の位置が高く、雨をよけられないので中間に裳階(もこし)を設けてある。

■砂利敷

屋根の雨水を砂利で受ける

 正面の建物を見てほしい。
 シャープな軒先に樋は無く、雨水をそのまま地面に落としている。だが実は屋根の軒下の真下には砂利が敷き詰めてある。

 手前の土間との境界を見ればわかると思うが、落ちた雨を綺麗な砂利でうけ、雨水をそのまま浸透させ、雨水が跳ねないようにしている。
 ただし砂利の層に厚みがないと、雨水が浸透できずやはり跳ねてしまう。砂利が汚れ、砂で詰まらないようにする手入れが重要だ。

■苔、芝

落ちた雨を苔や芝などの植物で受け、泥水を跳ね上げないようにする。ただし土が露出しないように、植物の手入れが必要だ。

■雨落ち石

軒に沿って敷かれた雨落ち石

 軒樋を無くし、雨を受ける材料を砂利や苔とすると、屋根から落ちる泥水で芝が汚れ、かつ落下時の衝撃で苔も芝も痛んでしまう(上左および右の写真参照)。
 そこでメンテナンスを容易にするために、軒先に沿って、直下に細幅の石を敷き詰めることがある。これを「雨落ち石」と言う(下の写真参照)。

■まとめ

 日本建築の屋根も軒も建具も足元の犬走りも、庭の砂利も雨水(あまみず)をデザインすることなくして、あり得ないことがわかってもらえただろうか。

 長年建築を設計し、日本の民家や寺院をスケッチしてきた私には日本建築は「雨水(あまみず)をデザインことによって出来ている」とさえ思える。

 あなたがスケッチした町並みにある「雨樋」は先人たちのその工夫の表現なのだ。
 このブログのカテゴリ(ためになる美術講座→)には今回のような、ちょっと知っておくと便利な豆知識がまとめてある。興味のある人はのぞいてみてほしい。