トレドへ行け!?
数年前、同じ建築設計の仕事をしていた後輩から、「新婚旅行でスペインに行きます。いない間よろしくお願いします。」と報告を受けた。
「いいね。それでどこへ行くの?」
「マドリード、バルセロナ、セビリア・・・です。」
「えっ、トレドは行かないの?」
「もし、1日しかスペインにいられないなら、迷わずトレドへ行け。という格言があるでしょ。」
軽い気持ちで呟いたのだが、彼は急遽、旅行先にトレドを組み込むため、飛行機の時間変更やお嫁さんとの意見調整やら大変だったらしい。
トレドの水彩画を描く!
後輩にそんなことを言った手前、私がスペインに行くのにこの町を外すわけには行かない。今回の超ハードスケジュールの中でトレドだけは唯一2泊を確保したのはそんな理由もあったのだ。
しかもトレド駅到着を昼の12時頃になるように計画した。だから到着当日に半日、翌日は丸1日スケッチできるはずだった。
が、世の中思うようにはいかない。この旅の間、重い荷物を引きずって歩く汗まみれの旅人をあざ笑うかのような快晴続き。それなのにこのトレドに来た途端、天候は大崩れ。2日とも空は暗く、突然の大雨が度々私を苦しめた。
それでも、トレドで描くべき絵は決めていたので、スケジュール的には楽観していた。勘のいい人はもうお分かりだろう。冒頭に載せたエル・グレコの作品「トレドの風景」だ。
水彩画を仕上げるのに、本当は他人の絵の構図を真似はしたくない。だが相手がエル・グレコならば誰からも文句は出ないだろう。
地図で見る限り、同じような構図をとらえようと思うと、ちょっと距離がありそうなので、タクシーに乗ろうかとも思ったが、何しろ絵の構図を考えながらの移動。後ろを見たり、立ち止まったり、描くための足場を確認したり・・・車ではとても無理だと思い、歩くことにした。
しかし道のりは険しく、想像以上に遠かった。やっと見つけた絶景ポイントは小高い丘の上。人気(ひとけ)もなく、雨を避けられるものは一切ない。描き始めて5分も経たないうちに、待ってましたとばかりに激しい雨が降り出す。残念だがここでスケッチ完成させるのは無理と判断、翌日晴れることを期待して疲れた足を引きずり町に戻った。
翌朝。窓を開けるも雨。あの場所に戻っても絵は描けないと、決断し、町中で雨を避けながらスケッチすることにした。
トレドは大聖堂を中心に道が網の目のように広がる城塞都市。侵入者を防ぐためなのか、真っ直ぐ先を見通せる広い道路は一本もない。
曲がりくねった路地を上へ上へと登っていくと屋根の間から突然大聖堂が現れる。この町の最大の特徴だ。是非スケッチしてほしい。
小さな建物がひしめく町の中にあって、目を惹くのが、この大聖堂とアルカサル(軍事博物館)。大聖堂は広場があるので、絵を描くにはもってこいだ。しかし雨天では広場の真ん中でスケッチブックを広げるわけにはいかない、さんざん探し回って、いいアングルで描ける周辺の店舗の庇下を探し当て、なんとかスケッチした。
一方アルカサルは周辺の道から見ると、これという構図が見つからず、スケッチせず。そのまま道なりに町を一周する。
中世のままの石壁の建物が続く町は統一感があって美しい。しかし道が狭いこともあって、私の視界を支配するのは壁ばかり。町並みとして映らないのだ。これをスケッチするのはとても難しい。
エルグレコのとらえたトレドの姿は町の中に入ってしまうと、あの美しさは残念ながら体感できないのだ。
そうしてトレドをスケッチする難しさがわかってきた頃、町の正門であるアルカンタラ橋にたどり着く。橋を渡り右に曲がると例のエルグレコの絵にある方向だが、逆に左に曲がってみた。振り向くと、アーチのある橋と城門、小さな建物が続き、教会もある。丘の上にはアルカサルもあるという最高の構図が現れた。
ここだ。迷うことなくスケッチを始めた。途中で何度か雨に襲われるも、その度に橋塔に走り込み、雨宿りを繰り返してなんとか完成させることができた。
エルグレコと同じ構図の絵は描けなかったが、私なりの「城塞都市トレド」がスケッチできたと思っている。
帰国してから仕上げたこの水彩画は「加藤美稲作品集→」に掲載してある。是非見てほしい。
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