風景画で一番大切なものは「構図」である…
これは私がこのブログのあちこちで書いている文章である。言い換えると独創性のある風景画を制作するの第一歩は自分だけの構図を探すということである。
だから私は京都、奈良など有名な観光地をスケッチをするときは、当地の観光ポスターなどには無い面白い構図を探すようにしている。
だが構図を工夫できない時もある。そんな時はどうするか。これが今回のテーマである。
室生寺五重塔をスケッチする
平安時代初期に建設されたと言われる、有名な奈良の寺院である。一番良く眼にする写真は下の様に正面から写したものだろう。
だから当然、スケッチは別のアングルから…と思っていた。そこで階段を登り、塔の周囲を歩き回って目新しい構図を探してみたが駄目だった。
というのは塔の周囲はぎっしりと、すぐ近くまで木々が覆っている。近すぎて全体像が捉えられないのだ。無理に収めるにはカメラの魚眼レンズが必要だが、それでは自然味のある風景画にはならない。
つまりこの五重塔を絵にしようと思えば参道下からその正面を描く以外に方法はないのだ。
構図以外のオリジナリティーを!
もちろん、頻繁に使われる構図は皆が認める「良い構図」であり、美術的には悪いはずがない。
問題は構図に個性がない時、風景画の魅力をいかに引き出すかである。
私は二つの答えがあると考えている。一つは思い切った明暗の表現をすること。今一つは鮮やかな色で人の目を惹くことだ。
実は私は水彩作品での後者の手法が苦手である。その昔油絵を描いていたせいだろうか、本能的に鮮やかな色は後から塗れば良いと感じてしまう。
一方油絵でグリザイユ画法を多用していたせいで、画面の明暗については最初に計画を立てる癖がついている。
仮に平凡な構図でも、ドラマチックな明暗の構成が出来れば、色は後で薄く重ねれば良いと考えてしまうわけだ。
緑の鮮やかさを意識する!
だが今回はあえて色の鮮やかさで、このスケッチの魅力を出してやろうと考えた。
というのはこの絵の大切な要素は背景に広がる杜の緑である。鮮やかな緑を表現することがこの絵の魅力になると思ったからだ。
通常私は森の緑を描く時、サップグリーンを多用する。明るい部分は水で薄め、光を強調する。暗い部分はそこに赤茶系の色(バーントシエンナなど)を加えて暗部を表現することが多い。無難な表現方法だ。
ただサップグリーンはプロ向けの落ち着いた緑なのだが、少し鮮やかさが足りない。
さらに明るい部分に水を多く使うと極端に彩度が落ちる。そして暗い部分に混ぜる茶色はそもそも黒色が含まれている。だからますます鮮やかさが消えてしまう。
ではどうするか?今回使用した技法を説明しよう。
まず画面を大きく3つのゾーンに分ける。
①光が直接目に入るゾーン(塔の背景など)
ここは鮮やかさはいらない。紙の白さを生かす部分である。
②光が当たる林の部分。ここは鮮やかな葉本来の緑を生かす、彩度の高い部分である。具体的には筆の水分を減らし、生の絵具の色を生かす部分である。
③影となる暗い部分(塔の屋根下、木の下の影など)
ハイライトを塗る
以上の方針を立てたら、画面の奥の部分、明るい部分から塗り始める。
最初は塔の周り、光が反射して直接光のように見える部分に薄い緑を塗る。ここは柔らかな林のイメージを出すために、敢えて水を多めにわざとムラを残して塗る。レモンイエローとサップグリーンを水をたっぷり含ませて塗る。ハイライトの塗り残す部分も確保する。
鮮やかなハーフトーン部分を塗る
次に②の林の部分を塗る。ここが今回のメインテーマである。メインの緑を「サップグリーン」よりも鮮やかな「ウィンザーグリーンブルーシェード」を使用した。木の影となる部分は茶系の色ではなくコバルトブルーとバイオレットを紙の上で滲ませながら混色した。
ポイントは明るい部分の緑を水で薄めないことと、暗い部分の緑に茶色を混ぜないことだ。これにより、森全体の表現が鮮やかさを保ったまま立体表現ができる。
暗部を塗る
次に塔を描く。塔は逆光になるので基本的には③の暗い部分となる。だが全てを暗くすると画面が単調になってしまう。
そこで屋根下だけを濃いブルーと紫で描き、壁の下部は白い部分を残す。さらに柱や組物部分にはバーントシェンナを入れ、屋根下のブルーと馴染ませる。
近景を描く
ここまでで遠景、中景を描いた。最後に近景を描く。
近景は単調にならぬよう、左下の低木は②の高彩度ゾーン、中央の階段は明るい①ゾーン、右は②と③の影ゾーンで構成し、画面のバランスをとる。
まず左の低木ソーン。奥のゾーンと距離感を出すために色調を変え、黄緑色(メイグリーン)を鮮やかに塗る。細かな影を同時に滲ませながら塗る。
右の低木も同様に塗るが、右下ゾーンは再暗部に設定し、さらに階段に影をつけ、左側の低木と繋げる。③の最暗部ゾーンは独立すると画面の中で浮いてしまう。ある程度他のゾーンと馴染ませる必要があるのだ。
こうしてできたのが以下の図だ。
先の写真とイメージがかなり異なっていることがわかるだろう。
皆さんも、有名な観光地に行ったときは、絵葉書を真似るのではなく、少しでも自分のオリジナリティを出すように心がけてほしいと思う。
P.S.
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私の作品集はこちら→「加藤美稲水彩画作品集」
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