スケッチ旅行に必要な道具とは

旅先で美しい風景をスケッチする。

 最高の時間の過ごし方だ。だが実は持っていく道具を間違えると、せっかくの気分が台無しになることもある。今回は水彩画で風景画を描いて見たいという方のために、私のお薦めの画材をお伝えしよう。

まずはスケッチブックから。

 リング綴じのものとブロックタイプのものがあるが、短時間で何枚も描く屋外スケッチにはリング綴じの方がいい。
 通常、水彩画教室などでは大きいスケッチブックを指導されると思うが、私は初心者には小さめのサムホールや0号をお薦めする。私自身の経験で言えば大切なのは

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イラストのコツ教えます

 私の作品は水彩画が中心だ。しかし実は

最初の個展の時、ペン描きイラストを展示した。

 その中で意外に人気があったのが、ホテル客室の平面を描いたもの。そのうちの一枚、東京ニューオータニ・インのエグゼクティブシングルルームの平面図だ。我ながら細かいとこまでよく書いたものだ。

 実はこのイラスト、ゼロから私が考えたのではない。妹尾河童が「河童が覗いたヨーロッパ」で旅先のホテルをスケッチしていたのを見て、真似をしてみたのだ。当時は結構出張があったので、題材に不自由することはなかった。
 河童さんは本の中で

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鉛筆デッサンが教えてくれるもの

 私は大学に入学すると、すぐ美術部に入り油絵を描き始めた。油絵を描けない奴なんてアーティストではない・・・そんな雰囲気があったからだ。そして水彩画にはないカラフルで重厚な油絵独自の表現に魅了されてしまう。展示会に備えて夜遅くまでキャンバスに向かう毎日だった。
 そしてあっという間に一年がたち、二回生になった。私が入学した工学部建築学科は二回生になると「造形演習」という講義がある。

その最初の講義が石膏デッサンだった。

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桜の絵はむつかしい?

 私が知っているある画廊は毎年3月末になると「桜の絵展」を開く。TVニュースで取り上げられる桜前線の情報と連動した企画である。その狙いが当たるかどうかはさておき、各家庭では

「今年の花見はどこへいく?」

という会話が交わされるのは間違いないだろう。我家もしかり、今年は関西で屈指の桜の名所、夙川(兵庫県西宮市)に出かけ、手作りサンドイッチとワインで楽しい一日を過ごした。
 さて、そんな日本人にとって切っても切り離せない桜。画家ならそれを絵にしたいと思うのは当然で件(くだん)の画廊にも毎年多くの出展申込があると聞く。しかし実を言うと

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クロッキー帳に何を描く?

 学生時代あれほど絵を描くのに熱中していたのに、絵描きになるという野望を抱くことなく、選んだ道はゼネコンの設計部。高校時代に決めた建築家になるという目標に向かって歩き出したのだ。もはや絵筆は不要。

鞄にはいつもペンとクロッキー帳を入れていた。

設計エスキースの必携品だ。
 芸術的センスが要求される建築家とはいえ、所詮はサラリーマンでビジネスの世界で生きている。締め切りに追われ、夜遅くまで気力と体力を消耗する毎日だったが、絵を描くことを完全に忘れていたわけではない。

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油絵に熱中した青春時代

暗黒の(?)高校時代と浪人時代を送った人間が、目指す大学に入ったら、どんな日常を送るのか?私の答えは実に簡単。

「好きなことを好きなだけやる」

特に高校時代出来なかった絵を描こうと 「美術部」に入った。もちろん高校時代から続けていた「剣道部」にも入った。歴史や美術や数学が好きだった私にとって「建築」の授業はどれも楽しかった。特に設計製図の授業は面白く、提出直前まで製図室で徹夜することも度々あった。昼間は授業、夕方から剣道部、終わってから家庭教師のアルバイト、帰ってきて美術部の部室で100号の油絵を描き、深夜を過ぎると製図室で図面を引き、明け方下宿に戻って寝て、また授業に出る・・・学問とスポーツと芸術と(時々恋)まさに青春時代そのものだった。
そんな中でも

一番熱中したのが油絵だった。

中学生のときに一枚だけ描いた自画像に満足できなかった過去の体験を思い出し、再び自画像に熱中した。事情を知らないほかの美術部員は何故あいつは自画像ばかり描くのだろうと思っていたに違いない。このころバルビゾン派の絵画を知り、何枚か模写もした。特にコローは私のお気に入りの画家でその作風を真似して何枚も風景画を描いた。そして毎月の展覧会にかならず出品することを自分に課した。学生レベルとはいえ、一ヶ月に一度出品するための負担は軽くない。ほとんど毎晩絵を描いていた。時間の使い方はプロの画家と変わらなかったに違いない。

でも青春時代は永くは続かない。

やがて就職を意識するときがくる。当時(1978年)オイルショックで絶不況。建設業の採用意欲は低く、進路担当教官は「コネのある方は早めに申し出て下さい」と告げていたくらいだった。私にコネは一切無かったので市役所、国家公務員受験するもすべて落ちた。新聞記者という職業も気になっていたが試験問題を見ると難しくてまったく手が出ない。ちょっと青春を謳歌しすぎたかと反省した。それなら毎日描いていた絵の世界で身を立てる・・・などという甘い考えはやはり封印した。結局この時は真剣に建築学を勉強すべく大学院へ進んだ。専攻は「建築歴史」だった。もっとも就職が有利な研究室という訳ではない。ただこの頃から、消費と生産一辺倒の価値観が見直される機運が起こっていた。今の世界遺産ブームに繋がるガラパゴス諸島など最初の認定がなされたのがちょうどこの1978年、国内ではいわゆる「旧い町並み」を見直す国の施策である重要伝統的建造物群保存地区が最初に選定されたのが1976年。大手ゼネコンの設計部を目指していた私は就職面接用に町並み保存をテーマに設計図を引いた。「これからはゼネコンも町並み保存の動きを無視できない時代になります」
面接での答えが試験官の心に響いたのかどうかわからないが、何とか合格。以後ゼネコン設計部での社会人生活を送ることになる。ちなみに私が掲げる

絵のテーマ「建築」と「人」はこの面接での一言から始まった気がする。

人生最初の「選択」とは

私にとって高校時代は暗黒時代だった。

いわゆる旧制一中の受験校だったので、毎日が競争、試験の繰り返し。授業が嫌でたまらない。すっかり劣等生になってしまった私が唯一逃避できたのが部活の剣道だった。 成績もほとんどビリになるまで急降下 これではだめだと、剣道部の活動を控えようと決心したとたん、部員の投票の結果キャプテンに指名されてしまう。
そんな訳で部活もやめられず、

最悪の成績で最終学年を迎える。

私の通っていた高校は2年の終わりに志望大学と学部、学科を決め、3年生からはそれぞれの進路コースで授業を受けることになっていた。理系と文系の区別はもちろん芸大を目指す人もこの時意思を明示しなくてはいけない。
絵は相変わらず好きだったが、周りは学業優秀な人ばかり。芸術の道に進もうなどという輩はいるはずも無い。家もそれほど裕福でなかったこともあり、間違いなくお金を稼げる道を選ぶべく、法学部志望、弁護士になりたいと進路指導の教師にはすでに伝えていた。
そしていよいよ最終書類を提出するときがきた。

人間の心はわからない。

あれほど弁護士になると言い聞かせていたのに、ほんとにそれでいいのかと自問すると心が抵抗しているのがはっきりわかるのだ。そこで図書館に通いつめ自分の適性を調べ、高校生なりに悩んだ。苦手だが数学は嫌いじゃない。歴史と絵が好き。そんな訳で

私が選んだ道とは国立大の工学部建築学科へ進み、建築家になることだった。

当時、建築学科は航空学科と並ぶ人気学科。当然偏差値も高く、その時の成績では合格率は限りなくゼロに近い。親も教師も大反対。劣等生の性根が浸み込んでいた私だったが、このときだけは抵抗した。成績は今から頑張るからと志望を変えなかったのだ。
しかし試験前の一年なんて誰もが頑張るに決まっている。自分だけ成績が急上昇するはずはなかった。結局希望大学の建築学科に入るには浪人生活を1年経験する必要があった。しかしこの時の選択があって今の私がある。浪人時の経済的な負担を許し私の「人生の選択」を尊重し、認めてくれた親に心から感謝している。ありがとう。

フランス絵画お勧めの一枚は?

絵画史においてもっともフランスが輝いたのはやはり19世紀だろう。日本では印象派が一番人気だが、

私はバルビゾン派の方が好きだ。

印象派の絵はご存知の通り光の表現が特徴的だが、私にとってはちょっと自然味が強すぎる。もう少し人間味がほしいのだ。だから印象派の少し前の時代19世紀中頃、ミレー、コロー、クールベに代表されるバルビゾン派の絵が好きなのだ。特にコローは古典的なテクニックに支えられながらも、庶民に寄り添った日常的な題材を、落ち着いたグレーの色調で、ロマン溢れる情景に仕上げてくれる。私が学生時代毎日油絵を描いていたころ一番意識していたのもコローだった。今はもっぱら水彩画を描いているが、水彩であんな絵が描けないかといつも思っている。

そんな多くのコローの絵の中で今の私がお勧めしたい絵は彼が1843年イタリア旅行の際に描いたという

「ティヴォリ、ヴィラ・デ・エステの庭園」だ。

コロー ティヴォリ、ヴィラ・デ・エステの庭園
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イタリアをスケッチする ローマ編

 2013年夏。ついに憧れのイタリアにやって来た。絵描きになることを目指し、「人」と「建物」をテーマに絵を描くと決めたのだが、本場イタリアの建築をこの目で見ていないことに実は引け目を感じていた。古典建築をスケッチする喜びをじっくりお伝えしよう。

絵描きになることを目指し、「人」と「建物」をテーマに絵を描くと決めたのだが、本場イタリアの建築をこの目で見ていないことに実は引け目を感じていた。古典建築をスケッチする喜びをじっくりお伝えしよう。

共和国広場

とても休んでなんかいられない

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イタリアをスケッチする フィレンツェ編

フィレンツェの町並み 画材店休業!

ローマでスケッチ用のペンを落としてしまった私。ペンが無ければ絵は描けない。その日の夜遅くフィレンツェのホテルに到着すると、インターネットで早速市内の「画材店」を検索した。さすがに芸術の都フィレンツェ。数件の画材店がヒットした。ちょっと安心し、その日は眠りにつくことに。

翌朝食事を済ませると、まっすぐに画材店へ。けれど運命の女神は私を見放しているようだ。

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