北欧デザインとは何か?ヘルシンキの建築を見る

 オーロラを見るためにフィンランドロヴァニエミまで来た事情は以前に書いた通り(詳細はこちら→)。

だが、当然、首都ヘルシンキには見るべき建物がさらに多くある。今回は水彩画家としてではなく、元建築設計者として、有名な建物をいくつかご紹介しよう。

 ヘルシンキ郊外にあるものはまず西に10kmほどの位置にアールト大学がある。今回はスケジュールの関係で残念ながら行けなかった。

 北に15km行くとミュールマキ教会(上の写真)がある。電車の駅を降りてすぐのところにあり、交通の便も良い。
 設計者はユハ・レイヴィスカ、竣工は1984年。ハイテク建築がもてはやされていた頃と記憶するが、この北欧らしい自然派教会が日本の建築雑誌に紹介された時の、感動は今でも忘れない。
 外観は北欧らしく煉瓦を多用した自然素材。内部の機能を外観に表した有機的なデザインと言えようか。

 神父さんの好意でじっくりと見せていただいた内部のデザインも素晴らしい。
祭壇上のトップライトが十字架と背後の白い壁を照らしている。
信者席側にはトップライトはない。だからよけいに祭壇が輝いて見えるというわけだ。
だが信者も聖書を読まねばならない。灯は必要だ。その役をになうのは空中に浮いている無数の橙色に輝くペンダントライトだ。

 最近は小さく、照度もあるLEDライトが流行で、ランプをわざと見せないインテリアが多い。だが、この教会はランプが祈りの空間に一体となって溶け込んでいるようだ。見事なデザインだと思う。

 なお、ヘルシンキの郊外東に10kmほどの距離に、妻が大好きなマリメッコアウトレット店がある。交通はバスしかない。建物の外観はともかく、洋服や靴など北欧デザインの真髄をここでじっくり味わうのも悪くないとお伝えしておく。

 次に市内の有名な建物を紹介しておこう。

■テンペリアウキオ教会

 1969年竣工。設計者はトゥオモ・スオマライネンとティモ・スオマライネンの兄弟。別名「岩の教会」と呼ばれる。
 外観はやはり岩と樹木、自然素材しか見えない。そして驚いたことにこの岩が内部の礼拝堂にまで顔を出している。

 天井にはもちろん巨大なハイサイドライト。ルーバーで制御された柔らかな自然光がこれでもかというばかりに礼拝堂全体にに降り注ぐ。祭壇はその空間のごく一部に過ぎない。教会建築を多少勉強したことのある者にとっては、まさにルール無視のとんでもない宗教空間だ。

 この空間で神に対する畏敬の念は生まれにくい。設計者にはそれよりも教会をコミュニティの中心とするというコンセプトがあったのだろうと推測する。
 私が訪れた日は、ちょうど慈善コンサートの日で内部は超満員。設計者はほくそ笑んでいたに違いない。

■アールトの自邸とアトリエ

 言うまでもなく建築家アルバー・アールトの自邸とアトリエだ。両者は少し離れている。歩いて10分ほどの距離だ。
 ヘルシンキ市街地からトラムで20分ほど。行きやすいが、両方共住宅地の真ん中で、大きな看板があるわけでもないので、探すのに苦労した。これから行こうとする人は事前に場所をきちんと調べておくことをお勧めする。内部の見学は時間が決まっているので、遅れないように。

 自邸の特徴は窓の開け方だ。大きな一枚ガラスで外の緑を思い切り楽しむ場所、ハイサイドライトで照らされる明るい壁面に囲まれる場所、それぞれ素敵な生活のシーンが容易に想像できる。この窓の取り方は外観デザインにも表れている。

 アトリエも開口の取り方が所員の動き方、働き方とマッチしているのは同じ。家具、造作もおそらくアールトのオリジナルデザイン。キッチン周りなど実に機能的に考えられている。
設計室は今もアールト財団が使用中。電源の入ったままのパソコンも並んでいる。アールト存命中のスケッチ、模型、実物サンプルなども展示してあり、とても興味深い。

■カンピ礼拝堂

 ヘルシンキ市街地のど真ん中、騒がしいショッピングセンターの隣にある。外観はとてもユニーク。外壁は明るい茶色の木材。レモンのような形の果物を上下とも斜めにカットし地面にそっと置いたような形だ。

 存在感たっぷりの建築だが、内部の礼拝度を支配するのは静寂のみ。隣にいる妻に囁くことさえも憚られる。円形は壁面の終わりを知らせないためと知る。トップライトから入る光も静かに空間に広がるだけ。信者の家具はもちろん、十字架さえも控えめだ。
 神との対話に必要なのは何からも邪魔されることのない静寂のみ・・・設計者のコンセプトはここにあるのだろう。

■フィンランドサウナ

 フィンランドと言えばフィンランドサウナ。私はフィンランドサウナを設計したことがあるから知っている。ここで詳しく述べるつもりはないが、日本の風呂屋にあるサウナとはまるで別物だ。日本のサウナが苦手な人もフィンランドサウナは気持ちがいい筈だ。是非試してみることをお勧めする。

 サウナ施設も試したいと、事前に3つの候補を検討した。ロイリーヘルシンキサウナ、これが一番新しいのだが、プールが併設されていない。一番古い施設がウルヨンカトゥ公共プール。「カモメ食堂」に登場した趣のある伝統的デザインの施設だ。もう一つがアラス・シープール。サウナからそのままプールに直行できるのが特徴だ。

 最初のロイリーヘルシンキサウナはちょっと遠く、ハードスケジュールにのらない。2番目のウルヨンカトゥ公共プールは海が見えない。というわけで最後のアラスシープールを選んだが、結論を言うと完全に失敗だった。

 まずサウナとプールが距離的に離れすぎている。100メートルほど吹き曝しの外部廊下を通らねばならない。せっかくサウナで暖まっても、プールに行く前に体が冷え切ってしまう。日本人には合わない。北欧のフィンランドデザインを味わいながら、サウナを試すならやはり、ウルヨンカトゥ公共プールにすべきだった。

■海上要塞スオメンリンナ

 ヘルシンキのマーケット広場からフェリーで15分ほどで着く。かつてはその名の通りロシアと戦うための「水上要塞」だった。
 城壁、砦と砲台が島内あちこちにあるが、現在は美しい、島の緑と海に囲まれた快適で広大な公園だ。18世紀当時の建物も多く残っており、歴史的な町を感じさせる雰囲気もある。現代アーチストが住む街でもあると言う。

■フィンランド国立劇場

 日本へ帰る日の早朝。やっとスケッチ時間が取れた。ホテル近くの「フィンランド国立劇場」石造の重厚な建築だが、デザインは折衷様式で独特だ。寒い!気温は0度に近かった筈。このくらいで勘弁してもらおう。水彩画にはできなかったが、この時描いたペン画スケッチはこのブログの「街角スケッチ」に載せている。よろしければそちらもどうぞ。

 こうして私の北欧の旅は終わった。

P.S.
北欧デザインを訪ねる旅は、ストックホルムでも記事を描いている(詳細はこちら→)。興味ある方はそちらもどうぞ。