
その夏の上海は暑かった。
史上最大の動員数を誇った上海万博が開かれた年、私は建築設計の仕事でこの街に出張していた。
仕事そのものは極めて順調だった。設計仕様のチェック、確認、打ち合わせと滞りなく済んで行った。
しかし初めてみる中国は私にとってまさにカルチャーショック、文化大激震(?)だった。
土地の広さも人口も密度も桁外れだ。
人が群れ、密集し、蠢き、都市が揺れている。
そして四十度を超える連日の猛暑にも増して、人々の熱気が街中に充満しているのだ。
その熱気は私が仕事を終えた夜も衰えることを知らない。当然、その日ホテルに帰ったのは深夜。すぐにベッドに潜り込む。
だが、疲れているはずなのに、何故か翌朝、陽が昇ると同時に目が覚めていた。
カーテンを開けると、眼下に黄金色に輝く上海の街が広がっている。
水平線近くに広がる大河は揚子江の支流らしい。
よく見ればすでに船も港も人も動き始めている。
ひしめいて建つ建物の影はさすがにまだまだ青い。
しかし水平線の上に輝く日光はすでに白く町を炙り出したようだ。
熱い上海の一日。始まりの瞬間をこの目にして、俄然私の創作意欲に火がついた。
ビジネスのためにやってきたので、水彩紙のスケッチブックは無い。
だが幸い、打合せノート兼設計のスケッチ用の安物のスケッチブックを持ってきていた。
早速サインペンを手にスケッチを始めた。30分ほどで線描きを終えると、それなりに満足感を覚えて、スケッチブックを閉じた。
さて、仕事だ。おっとその前に腹ごしらえ・・・・。
こうして私の初めてのアジア上陸体験は終わった。
強烈な印象を私に残してくれた上海。
スケッチブックにはペンで描かれた名残がある。
が、あの街の熱さは伝わってこない。
色を塗ろう。
帰国して続きが描きたくなった。
とりあえず透明水彩はのりそうだが、水彩紙では無いのでほとんど水分を吸ってくれない。絵具は紙の上に溜まったまま蒸発を待っている。ならばと、水を減らして濃い絵具を塗れば、筆跡だけが残り、ぼかしはまったく効かない。透明水彩の絵具を使っても、紙が悪いとその良さを引き出してくれないことを改めて思い知らされた。
悪戦苦闘。
だめだ。
これ以上塗ると、画面が濁ってしまう。
こうして完成・・・というより塗り終えたのが冒頭の淡彩スケッチである。
少しだけ解説しておこう。
透明水彩独特の表現が一切ないのはすでに触れた通り、水彩の重要な道具である水彩紙が無かったからだ。
だがそれなりの工夫をした。
サインペンはいつもの油性、0.3mm。ホテルの中で一気に描いた。時間がないので下書きはしない。多少の線の歪みや間違いは気にしない。
ペンの勢いをそのまま表現している。
次に彩色。
水彩紙ではない薄い画用紙なので、混色や重色による微妙な、奥行きある表現はできない。
したがって、重要なことはまず最低限の必要な色数を絞ること。パレットの24色全て使う必要はまったくない。
今回のテーマ言わば「上海の熱」だ。
だから、光る部分はウィンザーイエローとパーマネントローズで描き、対比させる陰の部分はほとんどプルシャンブルー、一色だけで水分を調整することによって明暗を施している。
時間がない時でも「描きたい」という気持ちは大切にしたいと思う。
「淡彩スケッチで描く」のは私の「絵に対する情熱の一表現」であると言ったら嘘になるだろうか?
[…] つまり、朝起きてから仕事にゆき、眠るまでの空間をアトリエにすれば良い。日常生活の中で気になったシーンをすぐ記すクセをつけるのだ。 仕事をサボれといっているわけではない。当然、あるページには仕事のメモがある。しかしそれ以外のページには、あなたの日常があふれているようにするのだ。 上のクロッキー帳はすべて私の過去の日常の一ページだ。ビジネスの記録はさすがにここに出せないが、それ以外のシーンをちょっと取り出していみた。参考になると思う。 ①図は若いころ、友人に子供が生まれ、遊びに行ったときにその子供をスケッチしたものだ。この子も今は結婚して子供がいる。(詳細記事はこちら→)②図は神戸ジャズフェスティバルに出かけた時のスケッチだ。ベースを弾く演者がかっこよかったな。(詳細記事はこちら→)③図は若いころ、設計のコンペに自主応募しようかと帰りの電車内でスケッチしていたものだ。結局仕事が忙しくてコンペには出せなかったが。(詳細記事はこちら→)④図は仕事が終わって、絵の好きな仲間が集まるクロッキー会に出かけた時のもの。仕事に大きなクロッキー帳をもって出かけるのは気が引けるが、会社のノートがこのクロッキー帳なのだから、便利なことこの上ない。⑤図はプライベートで旅行に行ったときの宿泊したホテルの部屋をスケッチしたもの。当時ホテルを設計していたということと、河童さんのイラストがいいなと思い結構まねて練習していたのだ。(詳細記事はこちら→)⑥図は仕事が終わったあと、建築主の接待に付き合って出かけた銀座のクラブの歌手のクロッキー。バブルのころの思い出だ。⑦図は帰りの電車で正面に座って眠っていた男性のスケッチ。「終電車の風景」だ。⑧図は上海に出張したときのスケッチ。すべての仕事を終え、帰りの飛行機に乗る前の空き時間を利用して焦って描いたものだ。(詳細はこちら→) […]