水彩初心者卒業?…塩とマスキングインクを使いこなす方法とは?

一面に広がる美しい森の緑は水彩でどう描く?

 この質問にあなたはすぐに答えられるだろうか?
実は私はとてもむつかしいと思っている。

 考えてみてほしい。「一面の…」の言葉通りすべてを緑色で塗ってしまえば、風景画に不可欠の距離感や立体感を表現できるはずもない。かといって葉の一枚一枚に至るまで水彩で正確に見たままを描こうとするなら時間がいくらあっても足りないだろう。
 ではどう描くか?ちょっと論理的に考えてみよう。

遠景の表現は?

 遠くにある山や野原を描くのは比較的たやすい。
 水彩紙に刷毛でたっぷり水を引き、2~3種類の緑系の絵具でウォッシュすればよい。
 特に何もしなくても、水彩絵具と水彩紙のコラボレーションが作る偶然のにじみが遠くにかすんだ緑の陰影表現をそれなりに生み出してくれるはずだ。(もちろん最低限のテクニックは必要だが)

近景の表現は?

 近くの木や草ならば、誰でもそれなりに描けるだろう。
水彩絵具を水で溶かし、枝や葉を見た通りの色と形で密に描き込めばいい。描画の手間はかかるが、近景だけなので時間もそれほどはかからないだろう。(筆捌きの訓練は必要だが)
 あるいは近景は思い切って明るく、あるいは暗くグラデーションでぼかして、省略してしまうという方法もある。(もちろんこの時も最低限のぼかしや滲みのテクニックは必要だ)。

中景の表現は?

 冒頭の質問に対する答えの鍵は水彩画における「中景」の表現にあると思っている。
この風景画の大半を占めるであろう中景の木の幹や枝、葉を一本一本、一枚一枚正確に描くわけにはいかない。
 いや仮に写真のように正確に、詳細に色や形を写しきったとしても、水彩画としてはつまらない絵になってしまうだろう。

 かと言って遠景と同様にぼかしや滲みばかりで描くと遠景との差が感じられず、作品として単調な表現になってしまう。

 水彩画らしい手法で画面の中の距離感と緑塊の陰影を自然に表現する方法が欲しいのである。あなたならどうするだろうか?

「塩」と「マスキングインク」の使い方

 今回はそんな水彩画の上級(?)テクニックの具体的な使い方を順を追って紹介する。
なお、ここでは水彩の基礎的な知識は説明しないので、もしマスキングインクについてよく知らないという方は「水彩画の道具 マスキングインクって何?→」を参照してほしい。

 今回使用する題材は私がドイツでスケッチした「ラインシュタイン城」である(冒頭の画像)。ライン川沿いの山上に建つ美しい古城である。
(旅の詳細に興味のある方は「ライン川の古城をスケッチしよう!→」を参照してほしい)

下描き

 使用した水彩紙はファブリアーノのトラディショナルホワイト(F6号)で紙の地色は純白ではなく、うすいアイボリーである。風景画を描く時は統一感が出しやすいので度々使用している。

 輪郭線は例によってペンで描いている。今回使用しているのはタチカワのラインマーカー(0.5mm)。ペンで自然の風景を描く時は、線は細く、柔らかく使うのがコツである。それに対して城などの建物はシャープな線を引いた方が良い。

ファーストマスキング

 聞きなれない言葉かもしれない。
 私は複雑に重なる樹木の葉の明るさ、色の違い、さらには樹種の違いを描き分けるために複数回のマスキングを使用している。
 ファーストウォッシュの前に行う、この最初のマスキングをファーストマスキングと呼んでいる。

 ファーストマスキングは画面のハイライトとなる部分にだけ施す。今回は城の頂部と森の中央を走る谷に沿って反射する樹木の頂部、近景の暗部の中で反射して光る数枚の木の葉だけにマスキングを塗っている。

ファーストマスキング

ファーストウォッシュ

  • 空をウォッシュする。
    私がスケッチに行った時は曇天であったが、今回はもう少し明るいイメージにしたいので、シュミンケのコバルトターコイズとウィンザーニュートンのウィンザーバイオレットをにじませて描いた。城との境界部分は明るくしたかったので紙の白を生かし、何も塗らないようにする。(下図)
空をウォッシュ
  • 城をウォッシュする。
    壁はローシェンナ。暗い部分に少しコバルトターコイズを垂らして変化をつけている。
  • 森をウォッシュする
    いよいよ森の緑だ。広い面積を塗る時は必ず基本戦略を立てておこう。
    • 遠景はブルー系の緑を使用し水を多めに使い水彩画らしい柔らかい表現にする。
      中景は鮮やかな緑を使い、近景は濃いブルーと紫を入れてぼかしてしまう。
      こうすることで、特に筆捌きのテクニックに頼らずとも画面にある程度の距離感を表現できるはずだ。
    • 使用した色は以下の通り。
      遠景の緑は青みのある緑(ウィンザーグリーンブルーシェード)
      中景は明るい緑(シュミンケ・メイグリーンとウィンザーニュートン・パーマネントサップグリーン)近景はサップグリーンに濃いブルー(シュミンケ・デルフトブルー)を垂らす。そして最後にウィンザーバイオレットを垂らす。
  • 塩を撒く
    通常はファーストウォッシュが乾いてから次の塗りをおこなうのだが、塩はファーストウォッシュが乾かないうちに、塩を撒くのだ。

    塩はたっぷり使おう。できれば細かな塩と粗塩をランダムに混ぜて使うといい。
    この時水彩紙上で起きることを説明しておこう。塩を使う科学的な根拠を理解しておくとその効果を想像しやすいからだ。

    まず水の分子は濃度に差がある場合、濃度の濃い方に向かって移動する。つまり同じ濃度になろうとすると考えれば理解しやすいだろう。

    水をたっぷり含んだ水彩紙に塩がまかれるとその部分の食塩濃度は濃くなる。周囲は単なる水なので塩の周りの食塩濃度を下げようと水が集まってくる。

    つまり塩粒の周辺は水を他の部分より多く含むことになるので、その部分の絵具は水で薄められ彩度は低くなるというわけだ。

    塩の密度の差、塩粒の大小によって、彩度の落ちる部分、範囲が変わる。また放置する時間が短ければ色が薄くなる範囲は狭く、長ければ、塩が水に溶けて広がるため、薄くなる範囲も広くなる。

    塩粒単位で変化する絵具の濃淡は、細筆による操作よりもはるかに細かく、変化に富む。中景の緑塊、樹葉の広がりの変化を表現するにぴったりと言う訳だ。

セカンドマスキング

 ファーストウォッシュが終ったら乾くのを待って、セカンドマスキングをおこなう。
先に述べたようにファーストマスキングはハイライト部分だけに施す。だが「一面の緑…」の中には中間の彩度、明度での変化がある。ファーストマスキングだけではカバーできないのだ。

 そこで中間の緑の中での彩度、明度の差をつけるために、ファーストウォッシュが終ったあと、セカンドマスキングを施すのである。

 セカンドマスキングは言わばベースとなる森の彩度と明度の色である。従ってある程度のマスキング面積が必要だ。
 この時下描きのペンの線を生かしてマスキングすることが大切だ。樹木の最暗部以外の部分をマスキングしておこう。
 この絵は画面の50%ほどをマスキングしている。下図の薄いブルーに見える部分がセカンドマスキングである。
 画面をよく見てほしい。森の薄い緑、濃い緑それぞれ微妙な濃淡、ムラがあることがわかるだろう。これが塩の効果である。
 

セカンドマスキングが終了した状態

セカンドウォッシュと2度目の塩

 セカンドウォッシュで最初に行うことはセカンドマスキングの周囲を濃い緑で塗ることだ。
 何故ならセカンドマスキングの部分は明度、彩度が中間の緑である。そのマスキングをはがした時に中間色の緑が浮き出るためにはその周囲をより濃い緑で塗っておく必要があるのだ。

 通常ならばファーストウォッシュの暗部となる部分に色を入れて立体感を出す作業となるが、今回の場合その暗部はセカンドマスキングを生かす塗り方をしなければならない。
 具体的に言えば立体感を出すためにマスキングのどちら側を暗くするかを考えて濃い緑色を入れることになる。

 なお、この段階ではまだ最暗部には濃い陰色を入れないほうがいい。まだ水をたっぷり使う状態なので画面が濁ってしまうからだ。

森全体に濃い緑色を入れたら水分が乾く前にもう一度塩を振る。こうすると、セカンドマスキングの周囲の濃い緑色にさらに濃淡を施すことができる。

仕上げの工程

 まずすべてのマスキングインクをはがす。セカンドマスキングの量が多いのでかなり労力を要するだろう。かと言ってあまり乱暴に消しゴムなどでこすると水彩紙を痛めてしまう。
 マスキングインク用のラバークリーナーを使用すると便利である。

 この状態ではファーストマスキングで覆った水彩紙の「白」、セカンドマスキングで覆ったファーストウォッシュの明るい緑が現れることになる。

 また2度目の塩を振った効果がここで初めて目に見える。
セカンドウォッシュで塗った濃い緑に塩による微妙で、繊細な濃淡が施されている。

 ここからは筆の出番である。
 ペンと塩が描いた森の模様を生かして、筆で明暗を調整する。ある時はシャープに、ある時はぼかしながら、緑のボリュームの全体像を描いてゆく。

 この時に決して水彩画の大原則を忘れてはいけない。
明るいところは色を重ねると二度とそれ以上に明るくならない。だから明るい部分に隣り合う影は慎重に描くこと。

 一方、セカンドマスキングの周りに塗った濃い緑の中にはさらに濃い影があるはずだ。その部分をひたすら「ネガティブペインティング」で描いてゆこう。
 この時に使う色は思い切って暗い色を使う。ただし絵具の「黒」ではない。私はコバルトブルー、サップグリーン、アリザリンクリムゾンを混色して使っている。 

 最後にファーストマスキングの白色の処理をしよう。というのはファーストマスキングによって現れる「白」は実際の光の反射以上に目立つからだ。
 そんな時はその部分を水だけを含んだ筆で丁寧になぞる、または黄色やオレンジなど別の原色をその上に載せてやろう。

 今回はファーストマスキングの部分には白のまま残した部分とレモンイエロー、ウィンザーイエロー、トランスペアレントオレンジなどの原色を置いている。

 塩とマスキングの効果を見てみよう。上図左がファーストウォッシュ完了後にセカンドマスキングを施した時の画像、右が完成図だ。
 マスキングと塩を使用することによりペンの線を生かしつつも明るい緑の濃淡、濃い緑の濃淡、筆による濃い影や枝の表現、そしてハイライトのオレンジや黄色が共存していることがわかるだろう。

 いかがだろうか。右の画像を筆だけで描くのはちょっとむつかしいと思う。
今回のテーマ「塩とマスキングインク」の効果を是非試してほしい。

P.S.
 ここまで読んでいただいたあなたへ。
あなたはかなりの水彩画上級者に違いない。記事は満足いただけただろうか?

 実はこのブログではどちらかというと、初心者向けの情報を提供してきた。
だが、ある程度水彩画に慣れてくると、きっと「応用編」が欲しくなるに違いない。

 例えば「マスキングインクとは何か?」よりも「マスキングインクはどう使う?」
という具体的な記事が欲しくなるだろう。
 そんな、ある程度上級者向けに書いたのがこの記事である。

 もしあなたが、今回のようにある意味「マニアックな」水彩画のテクニックが知りたいのなら、
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