私はいわゆる遅筆だ。かつてはむしろそれを楽しんでいたといってもいいだろう。絵を描く時間そのものを楽しむならば、制作にかける時間は長いほどよいのだから。
だが実は日本を代表するような水彩画家のデモを見ると実に速い!F4号くらいの風景画ならば1時間程度で描き上げてしまう。
私は、「速い」ことは、「凄い」とは思うが絵描きの「必須条件」とは思わない。だが一方でそのスピードで作品を仕上げられるということは、それだけ早く修練を積み、上達できるということでもある。
なぜ遅いのか?
今回は私なりに「スピード」にチャレンジしてみたい。そこでまず制作が「遅筆」である原因を考えてみよう。
- 細筆を多用する
細筆は当然ながら絵具を塗る面積が狭い。完成までに物理的に時間がかかることは明白だろう。特に初心者は、制作中に細かなところが気になり、細筆であちこちいじりだす。するといつまでたっても終わらないことになる。 - 筆を動かす速度が遅い
細い線、正確な水平・垂直線を描くとき、当然慎重になる。必然的にスピードは遅くなる。 - 同じ場所を何度も重ね塗りをする
一般的に、水彩画ではファーストウォッシュで画面全体の色調を決め、セカンドウォッシュで明暗を整え、最後に仕上げの色を入れ、全体のバランスを調整するといわれている。
つまり同じ場所は3回筆が入って完成となるわけだ。だが各段階の一筆を一度で決決めることはとてもむつかしい。
大抵の人は明度、彩度のバランスを何度も調整し、結果として水彩として汚い色が重なり魅力のない絵となってしまうのだ。
短時間で人物画を制作する4つのステップとは
それでは、先の3つの問題点を克服し、素早く、自分だけの人物画を描くにはどうしたらいいのだろう?
正直言えば①と②の特効薬は無い。逆に言えば太い筆をスピーディーに動かせるように、練習、経験を積めば必ず改善、上達するだろう。
だが③の「同じ場所を何度も重ね塗りをする」癖については今すぐできる対策が少し注意すれば直せそうだと思う。具体的には制作手順とその各ステップの到達レベルをあらかじめ決めておくことである。
そうすれば、その部分の完成度が気になり、何度も同じ場所に手を入れることを避けられる。さらにある程度各段階での使う色や手法まで決めておけば、悩む時間を減らすことができるはずだ。
今回は私なりの以下の4ステップを整理した。もちろん、人により、絵の個性が違うので、あなたなりのステップを考えてほしい。
①デッサンと基本の陰影を施す
人物画を描くには、モデルが必要だ。そして普通はカルチャー教室などで1人のモデルを皆で描くことになる。最近はモデルさんの写真を撮ることができないようなので、短時間でデッサンを終えないと色を塗る時間がなくなってしまう。この意味でもスピードは重要なのだ。

上の図は第一段階での完成図である。デッサンはBの鉛筆を弱めの筆圧で描いている。理由は硬い鉛筆は紙を傷つけるし、消した後が残る場合がある。また強すぎる線は紙全体を汚す可能性があるからだ。
デッサンを短時間で終えるコツは、顔の基本の比率を意識して守ること。例えば「眉から鼻の下までの距離と鼻下から顎下までの距離が同じ」などだ(「顔と手のデッサン、おすすめの教本は?→」を参照)。
そして目、鼻、口等パーツの形にはあまり拘らないことだ。初心者はモデルさんに似せようとするあまりパーツをいつまでもいじってしまう。この段階ではあるものがある位置にあれば良いくらいに思っておこう。
上の図で顔に描きこんだ補助線をよく見て欲しい。パーツの位置にはこだわっているが形はかなりラフであることがわかるだろう。
次は「基本の陰影」だ。図を見ると薄いグレーで顔の明暗が描きこんであるのがわかるだろう。実は写真を見て描く場合、あるいは完成までずっとモデルさんがいる場合はこのステップはいらない。いきなり肌色の濃淡で陰影をつけることも可能だ。だが肌の色合いと明度を同時に完成させるにはそれなりに時間がかかる。途中でモデルがいなくなれば作業もストップしてしまう。
そこで私が考えた方法は鉛筆で輪郭線を描くと同時にグレーの一色だけでで立体としての明暗を素早く完成させてしまうことだ。そうすればモデルさんがいなくなっても、時分のペースで制作を続けることが可能なのだ。
今回はまず顔の明るさを決めるために、背景に濃いグレーを塗った。次に鼻と目の周りの陰、頬、顎下の陰を塗った。このグレーの濃さが難しい。濃すぎると後から肌色を重ねても暗くなりすぎる。明るすぎると立体がよく分からず、のちの作業に支障をきたす。何度か試し、あなたなりのグレー仕上げを見つけて欲しい。
なお、私はウィンザーブルーを主体としサップグリーンとアリザリンクリムゾンを混ぜたグレーを使用している。青系のグレーの方が後に重ねる肌色との相性が良さそうだと感じている。
同様に髪の基本色(先のグレーと同じ絵具だが赤を強めにしたグレー)を塗る。もちろん明るい部分は塗り残しておく。
大切なことはこのステップでは彩度の高い色は使わないこと。余計なことは考えず、グレーでの濃淡、立体感にこだわろう。
②肌色の変化を表現する

いよいよ肌色を塗る。今回はウィンザーイエローとローズマダーの混色を使用した(上図)。
顔の面にまずこの肌色を塗り、乾かないうちに、鼻や顎下など影の部分にウィンザーバイオレット、コバルトターコイス(シュミンケ)を、頬やひたい、あごの先端にローズドーレを垂らしている。
この時の注意事項は水分(絵具の濃さ)である。肌色は薄く、水分を多くして塗る。後から垂らす各色はやや濃いめに水分は少なめに調整する。逆にもし先に塗った肌色が濃く(絵具濃度が高くなり)、後から垂らす絵具が薄い(絵具濃度が低く)場合、肌色絵具の水分と顔料が後から垂らした部分に流れ込み、バックランの状態になってしまう。
するとその部分は水彩紙の白が浮き出てしまい、美しく滲んだ色にならない。しかも乾燥すると垂らした絵具の周りには濃い絵具のエッジが残り、ますます汚くなってしまう。
水分調整がむつかしい理由は、最初に塗る色(肌色)の水分はどうしても、紙に吸収されやすく、濃度が想像以上に濃くなってしまうからだ。それを防ぐため私は水吹きスプレーで先に紙をある程度湿らせてから、肌色を塗るようにしている。
③肌の陰影を正確に描く

ここまでで、大まかな明暗と色調を描き込んだ。色の境目は互いに滲んであいまいなままで正確な立体になっていない。
したがってここで正確な陰影と面の連続性を表現しておく必要がある。
先にグレーで表現した陰影部分にさらにウィンザーバイオレットとローズマダーを混ぜた肌の陰色を塗っていく。
光は左からあたっているので顔の右側を全体的に暗くする。眼球の下部、鼻の下部、あごと首回りの明度をより正確に表現することが大切だ。
同様に髪にも陰影をつけておく。
④パーツをリアルに仕上げる
先の段階で立体としての顔の面はほぼ描きあがった。あとは顔のパーツを仕上げるだけだ。
とはいっても実はこの段階が最も気を使う。だからここではあまり「スピード」を意識ないほうがいい。以下の点に注意し、じっくり描きこもう。
- 眼
表情の魅力を決める最も大事な部分である。一気に仕上げる。濃いグレーで瞼とまつげを描きこむ。
さらに瞳を描きこむ。ポイントは直接反射の部分を白く塗り残すこと、瞳の中の瞳孔とその周囲の色のバランスだ。白目にはターコイスブルーで影を落とす。 - 鼻
鼻筋は明るく残す。逆に鼻の穴は思い切って暗い色で。 - 唇
女性の場合はとても重要なパーツである。ここだけは細筆を存分に使ってよい。一般に上唇は暗く、下唇は明るい。下唇のハイライトもとても重要だ。 - 全体調整
最後に右側の髪の最暗部、あご下のライン、首の両側の暗部などを調整して完成だ(下図)。
制作時間は鉛筆デッサンで15分、塗りで1時間ほどだった。ラフな部分があるが遅筆な私としてはそれなりの成果があったと思っている。

P.S.
このブログでは以下のカテゴリを設定している。関連記事を読みたい方は参考にしてほしい。
- 「絵画上達法→」
- 「ためになる美術講座→」
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