不思議な建物をスケッチ!あかがね御殿

 皆さんはこの奇妙な建物を知っているだろうか?

 通称「あかがね御殿」という。兵庫県加古川市の海側、別府(べふ)港に面している建物だ。今回は私がスケッチしたその風変わりな建物を紹介しよう。

 建物のある風景を描くことが好きな人は、京都、奈良などの有名なお寺、あるいは有名な建築家の格式ある煉瓦や石造の近代建築を描くことが多いだろう。

 私が初めてこの加古川に来たのも国宝の「本堂」や「太子堂」のある「鶴林寺」(「お寺を描こう!寺院建築4つの様式を知っている?→」参照)をスケッチするためだった。

 そして実はその時、駅の観光案内で「わがまち加古川50選」という小冊子をもらい、偶然発見したのがこの「あかがね御殿」だった。パンフレットの小さな写真にある、その奇抜な外観に惹かれて改めてここを訪れたという訳だ。

 驚いた!

 建築家は普通「規則性」あるいは「オーダー」「秩序」という言葉を重んじる。だがここにはそんなものは全くない。

 いくつもある屋根のかけ方や角度、方向はバラバラで統一性を感じない。窓のプロポーションやリズムもやはり統一性がなくバラバラだ。

 外壁は木でもレンガでも石でもなく、何と全面銅板だという。
 だからこの建物ができたばかりの頃、赤銅色に光輝いていたという。周りの住民から「あかがね御殿」と呼ばれるようになった所以である。

 外壁に銅板を使うことの効果は見かけの派手さだけではない。そのコストを知る私たち建築家にとっては、この建物のおそるべき工事費が及ぼしたこの(田舎の)町への経済的効果も想像がつく。

 私がこの建物をスケッチした動機は、この奇抜なデザインへの感嘆とこんな建物を作った事業主への敬意であると言ってもいいだろう。

残念!汚れの原因は?

 さて、この建物をスケッチして感じたことがある。外壁の銅板は最初は赤銅色に輝き美しい。だが実はすぐに空気中で酸化し、放っておくと、緑青(ろくしょう)色になる。

 だからこの建物も本来なら、外壁全面が、緑青色になるはずだった。それはそれで、奇抜で美しい姿になったはずなのだが、現実はご覧のように、緑青色の部分はごく僅か。大部分が汚れて真っ黒だ。

 何故だろうか?

 その理由は「雨の処理ができていない」からだ。ちょっと建築的、専門的になるが、建物の絵を描くときに雨水の知識を知っておいて損はない。我慢して読んでほしい。

 この建物は普通の日本の建物にあるような屋根の下で雨を受けて流す、軒樋が一切無い。だから屋根に降った雨はそのまま外壁を伝って下に落ちる。
 その時屋根や外壁の銅板のジョイントに溜まっていた埃は濃縮され泥水となって外壁を覆う。あっという間に外壁を汚してしまうのだ。(その実例については「日本の建物の不思議!竹矢来って何?→」を参照)

 しかもこの建物、窓周りにも「水切り」というディテールがほとんどない。水切りとは窓の下枠から皿状の板を壁面から突き出し、窓台から流れ落ちる雨水を切って外壁に伝わらないようにする、日本の建物の窓には必ず付いている工夫だ。

 この建物は窓下に装飾的な蛇腹こそついているが水切りにはなっておらず、窓台の埃がやはり泥水となって窓下を汚すようになっている。

 かと言ってこの建物の設計者が無能だと言っているのでは無い。それどころか、自由奔放でありながら破綻無く設計をまとめあげる能力はただものでは無い。

 さらに窓枠や正門周りのディテールデザインは、正規の規範的な建築教育を受けたに違いないと思わせる。

気になるこの建物の設計者は「不明」だという。

 だが私は設計者はアメリカ、又はヨーロッパ人の建築家だと思っている。というのは西欧の主要都市の雨量は日本に比べて遥かに少ないため、上述したような建築の雨水処理の作法は無くて当たり前だからだ。

 そんなわけで美しい外壁の緑青色が見られないのは残念であるが、ホームページを見ると内部のデザインも相当に凝っているようだ。

 公開はされていないが、時々見学会が開かれるという。機会を見ていつか訪れたいと思っている。

P.S.
建物の建築的な説明が多くなってしまったが、現地でスケッチ、アトリエに戻ってから着彩している。いずれ「加藤美稲作品集」に掲載する予定だ。楽しみにしてほしい。

またスケッチ好きの人には以下に関連するページをまとめている。是非覗いてほしい。