二つのスケッチが語る山辺の道の風景とは?

 私がまだ社会人になりたての頃、奈良「山辺の道」をスケッチしたことがある。季節は5月、ゴールデンウィークだ。生憎の雨だったが新緑が鮮やかだったことを覚えている。
 何時間も畦道やら山道を歩くのだが、とある寺の裏庭に小さな小屋が立っている。覗くと中に地蔵が並んで立っていた。古ぼけた小屋に守られているせいか、地蔵さんの赤い涎掛けが鮮やかだった。
 長閑で微笑ましい地蔵さんの姿が私の記憶に刻まれた。

 それから30年以上が経った、ある年のゴールデンウィーク。何故か突然あの地蔵の姿が頭に浮かんだ。「あの地蔵はどうなったんだろう?」
 そう思うといても立ってもいられず、再び山辺の道に向かった。しかし、実は山辺の道の全長は16kmもある。駅で言えば「桜井」から「天理」までだ。あの地蔵がどこにあったかなど覚えているはずがない。だいいち30年以上たっているのだ。あの場所にあるかどうかもわからない。
 それでもとりあえず、桜井から天理に向かって歩き出す。大神(おおみわ)神社、二上山(ふたかみやま)など見所は多い。あの時の地蔵が目的ではあるが、こんな気持ちのよい風景がを目の前にして、あっさり通り過ぎるなんて、絵描きとは言えない。
 そんなスケッチ旅をしていると、あっという間に時間は過ぎる。全長の2割も進んでいないのにもう昼を過ぎてしまう。このままでは日が暮れてしまうともう少し先まではバスを使うことにした。
 だが、バス停までたっぷり歩き、時刻表を見ると次のバスまでやはりたっぷり待つことに。時間が突然ゆっくり流れるようになってしまったのだ。
 次に目指したのは、山辺の道の中でも有名な竹ノ内および萱生(かよう)町の環濠集落。「環濠集落」とは戦国時代の農民が村を戦から守るために周囲に水を引いて作った集落だ。
 よく見ると昔ながらの生活が今でも営まれているようだ。当然ながらここもスケッチする。こんな美しい風景を伝えるのがこのブログ「美緑(みりょく)空間」の目的だ。
 しかし、結局この日はここで日が暮れ、タイムアウト。美しい風景をそれなりにスケッチしたものの、地蔵を探すという当初の目的は達せられず、帰宅の途についた。
 この日の失敗は考えてみると、当たりまえだ。はっきりいうと、行き当たりばったりで、闇雲に歩くだけでは小さな地蔵が見つかるはずもなかったのだ。
 そこで、当時のことをもう一度思い出してみる。あのシーンに出会う前後は田園風景の中、あぜ道を歩いていたはずだ。改めて地図を見る。すると、この日歩いた、桜井寄りの道は大半が山道なので対象から外れる。その先の二つの環濠集落の間には地蔵はなかった。ということは、お目当の地蔵は今日バスに乗った環濠集落までの区間か、あるいは逆に天理から環濠集落の間にあるということになる。

 ここまでわかれば、もう諦めるわけにはいかない。二週間後再度チャレンジした。今度はまず天理から環濠集落まで歩くことにした。
 だがこちらも「天理教の寺院群」「石上(いそのかみ)神宮」など見所は多い。気は焦るがやはり絵心には逆らえない。しばし立ち止まって緑豊かな、歴史ある風景をスケッチ。そして田園風景の中を歩きながらあの地蔵を探す。
 だが見つからない。結局前回見た環濠集落のところまで来てしまった。「もう朽ちてしまった?」「こわされた?」という不安を覚えながら、環濠集落を超え、前回バスでとばしてしまった道をさらにひたすら歩く。

 天理駅を出てから3時間ほど歩いただろうか。低地を歩いていた畦道がやや上りになり、視界が開けた時だ。
 「あった!」思わず声を出す。30年前と同じ光景だ。あの小屋も地蔵も優しい雰囲気もそのままだ。
 「いや待てよ、ちょっと違う。一番左の地蔵の涎掛けが取れている。それに左横の板塀が一枚外れているな。」そんなことを思いながらスケッチをしたのが上の図だ。ちなみに下の図が30年以上前の私のスケッチだ。

 でも、考えてみて欲しい。30数年が経って、変化は「それだけ」なのだ。
山辺の道は「世界最古の道」として、世界遺産登録を目指しているらしい。今回久しぶりに歩いた道には所々に、世界遺産としては「?」と思う風景がかなりあるので、今のままで選ばれるとは思えない。
 だが少なくともこの2枚のスケッチは山の辺の道は古い風景と人の記憶を大切にしてくれるということを教えている。

P.S.
山辺の道は世界遺産を目指していると書いたが、奈良にはすでに3か所の世界遺産が登録されている。そのうち「法隆寺地域の仏教建造物(詳細はこちら→)」と「古都奈良の文化財(詳細はこちら→)」については別に記事を書いている。興味あるひとは覗いてほしい。

P.P.S.
今回はスケッチ旅の様子を記事にしたが、「肝心の水彩画はどうやって描くの?」と思っている人は以下に制作編をまとめているので参考にしてほしい。
■ペンと透明水彩を使う本格的な風景画の描き方は「ペンと水彩で描く風景画の魅力とは」を参照。
■透明水彩の基本を知りたい方は「色塗りの基礎的技法」を参照。
■建物を描くための透視図法のコツを知りたい方は「鉛筆はいらない!下書きしない風景画の描き方(詳細はこちら→)を参照。
■透明水彩の正しい着彩手順を知りたい方は「何故上達しない?知っておきたい水彩画の正しい着彩手順!(詳細はこちら→)」を参照。
■ペンと透明水彩による風景画の制作プロセスを具体的に知りたい方は「ペンと水彩で描くミラノ大聖堂(詳細はこちら→)」を参照。

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