絵になる「お寺」を探すには?
私の主な絵描き活動(「美緑(みりょく)空間へようこそ!→」を参照)のひとつは「日本の風景」を描くことだ。
当然、その風景に寺院建築はよく登場する。人情としては特に「国宝級」と呼ばれる有名な寺院は当然スケッチしておきたいと思うだろう。
だが京都(「スケッチの旅日本編・京都→を参照)や奈良(「スケッチの旅日本編・奈良→を参照)には国宝級の寺院がいくらでもあるが、地方ではそんなわけにはいかない。
現実に私の住む兵庫県(スケッチ旅日本編・兵庫→を参照)はと言うと、国宝建築物を擁する施設は6施設しかない。
しかもその大半は姫路城(姫路市)の内にある。地元神戸市には残念ながら国宝寺院は一件もないのが実情だ。
もちろん、国宝を描けばいい絵になると言うわけではない。
だが、それなりに建物のデザインが世に認められたものであると言うことには間違いない。
美術好きとしてはスケッチする建物の価値とその理由を知っておいて損はないだろう。今回は言わば「絵になる建物の豆知識」として読んでほしい。
この建物が国宝に指定された訳は?
さて、皆さんに質問だ。上の写真の建物はどこにある、何という寺院だろう?知っている人は相当の寺院通、建築通だ。
答えは、兵庫県加古川市にある「鶴林寺本堂」だ。兵庫県内にある姫路城以外の貴重な国宝寺院だ。
かく言う私も最初からこの建物を知っていたわけではない。たまには京都、奈良以外の寺院をスケッチしようと、調べていて初めて知ったのだ。
鶴林寺の開祖は聖徳太子とある。その歴史はよくわからないらしいが、由緒ある寺であることは間違いない。別名「播磨法隆寺」と呼ばれている。
境内も広く、ここに掲げた本堂と太子堂が国宝であり、鐘楼など4件が重要文化財に指定されている。
この本堂を取り上げた理由は、スケッチしていて一番「絵になる」と思ったからだけではない。この建物には国宝に指定される十分な訳があるからだ。
それはこの建物が貴重な「折衷様」と呼ばれる建築様式で建てられていることに由来する。
寺院建築の「様式」とは?
「折衷様って何?」と思うだろう。
そう日本建築を描こうと思うと多少の知識が必要だ。細かなことを書き始めると切りがないので、今回は「様式」の話に絞って説明しよう。
まずは基本事項だ。皆さんは中学生の歴史の授業で「大仏様」「禅宗様」と言う名前を聞いた覚えはないだろうか。
試験の暗記用には前者の代表が「東大寺南大門」で後者の代表が「円覚寺舎利殿」だ。
そして両者とは違う日本オリジナル様式が「和洋」、両者を折衷したのが「折衷様」というわけだ。
「様式」の歴史的背景
もう少し詳しく説明しよう。
歴史的に言えば最も古い木造建築が法隆寺。これは中国の隋の様式をそのまま輸入したもの。
薬師寺はその少し後、唐の様式をそのまま輸入したものでこれらは別格だ。
その後9世紀に遣唐使が廃止されたこともあり、日本では唐の様式をそのまま継承するのではなく、天井も低く、柱も細く、優美な、日本らしい表現を好むようになった。
この日本独自の様式を「和様」と呼ぶ。代表例は「平等院鳳凰堂」だと言えばイメージが分かるだろう。
もし平清盛が大大的に「日宋貿易」を始めなければ、その後も和様の寺院だけが作られ続けたのかもしれない。
だが建築は人の文化を真先に表現するものだ。そうして鎌倉時代に登場した中国の宋の様式が「禅宗様」と「大仏様」だったわけだ。
4つの様式の違いとは?
これらの建築様式の差を詳しく述べ始めるとまたまた長くなる。建物の大きさと屋根の形状、垂木についてだけ述べよう。
構造の違い
大仏様、禅宗様がそれまでの和様と比べ何が違うかというと、まず第一に高く、巨大な建築が可能となったことだ。
構造的には柱を繋ぐ横材が和様は「長押」で柱を挟む形式であり固定強度が弱い。それに対して大仏様、禅宗様は柱を貫通する「貫」を採用しているので固定部の強度が高いことだ。
屋根の違い
もう一つの違いは屋根の勾配と反り方だ。和様は平等院にみられる様に、屋根勾配は緩やかで軒の反りもあまりない。それに対し、大仏様、禅宗様は屋根も高く、勾配もきつく、軒反りが大きい。
高さ、巨大さでは南大門が、勾配と軒反りでは円覚寺舎利殿がそれらの特徴をよく表している。
垂木は和様は並行垂木、大仏様は隅だけ放射状になった隅扇垂木、禅宗様は全てが放射状に並ぶ扇垂木だ。
折衷様の特徴を考える
そして私の地元にある今回の主役「鶴林寺本堂」は和様、禅宗様、大仏様それらの長所を取り入れた「折衷様」の代表例なのだ。
構造は長押ではなく、貫だ。日本は地震が多いから、宮大工も積極的に取り入れたに違いない。
室町時代になって新たな斬新な時代気風を表現したかったためなのか、屋根勾配も反りも禅宗様に近い。
一方で垂木は並行垂木だ。この鶴林寺のように屋根が高く、反りのある建物を作るには構造的には扇垂木の方が良い。
並行垂木だとコーナー部の垂木は隅木に荷重を預けるだけであり、瓦の荷重を受けると言う本来の役目には不適だからだ。
とある書籍によれば構造的には有利でも、斜めの垂木、平行でない垂木を美しくないと感じた日本の宮大工のこだわりが折衷様にも平行垂木を採用させたのだという。
寺院建築は現代も作り続けられている。皆さんの周りにも数多くの寺院がある筈だ。
試しにどこでもいい、軒のコーナーを見てほしい。
コンクリート造、鉄骨造など構造がどんなに進化しても、眼に見える造作材の垂木はどの寺院でも、たぶんほとんど平行垂木だと思う。
日本人の感性はこんなところにも現れているのだとおもう。
やはりお寺を描くことは「日本の風景」を描くことなのだ。
P.S.
このブログの関連記事は以下の通り。興味のある方は参考にしてほしい。
■カテゴリ
■スケッチ旅について
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[…] もっとも厳密にいえば、その後「宋」の様式のデザインが輸入され、東大寺南大門、円覚寺舎利殿などができたが、やはりまた日本人の感性により和風にミックスされ「折衷用」という様式が増えた。(「お寺を描こう!寺院建築4つの様式を知っている?」参照) […]
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