京の寺院を描く…黄檗山萬福寺

 風景建物のある風景を描くのが好きな人へ。
あなたは何故建物を描くのだろうか?何となく?

 そんなはずはない。多分、意識していないかもしれないが、あなたは風景画で人の生活、文化を描きたいのだと思う。人の文化は真っ先にその民族が造る建物に現れるからだ。

 今回は京都宇治のちょっと変わったお寺、黄檗山萬福寺を紹介する。宇治で誰もが知っている有名な建物といえば「平等院」だろう。この萬福寺は平等院から近い京阪「黄檗駅」から歩いてほんの5分の場所にある。観光的には一度に両方を回ることも可能だ。

 だが優美な平等院のイメージが頭に残ったまま、満福寺を訪れると、建物の雰囲気のあまりの違いに驚かされるに違いない(「これぞ和様の建築?平等院鳳凰堂→」を参照)。

 まず寺の入り口にある「総門」を見て驚く。屋根の勾配がきつくしかも先端が反り上がっている。屋根も直線的でほとんど曲線がない。私は思わず中華街の入り口にある門を連想してしまった。

 調べてみると、満福寺は江戸時代、中国から招かれた高僧によって建てられたとある。だから私が感じた「中華風」は間違いではない。

 せっかくなのでもう少し「文化的」な違いについて触れておこう。萬福寺が建てられたのは江戸時代の初期。その建築は純粋な「明」の様式だ。

 実は私たちが普段目にする寺院も元々は中国からもたらされたデザインである。奈良時代は「隋」、平安時代は「唐」の様式が元になっている。ただ日本人は他国の様式をそのまま真似ることはどうやら好きではない様だ。

 いつのまにか柱は細くなり、軒は低くなり、屋根は曲線を描き、柔らかで優しいイメージに変わってしまう。だから今日本に残る寺院の様式はことさらに「和様」と呼ぶ。

 もっとも厳密にいえば、その後「宋」の様式のデザインが輸入され、東大寺南大門、円覚寺舎利殿などができたが、やはりまた日本人の感性により和風にミックスされ「折衷用」という様式が増えた。(「お寺を描こう!寺院建築4つの様式を知っている?」参照)

 厳密な定義を無視してまとめれば、今の日本の仏教寺院は「隋」「唐」「宋」の様式を日本人の感性に合わせて変化させた「和風寺院」である。

 それに対してこの萬福寺は「明」の建築様式がそのまま輸入され建てられたものだ。この差が私たちに「奇妙なデザイン」と感じさせるのだ。

 総門を潜り、しばらく歩くと右手に鐘楼がある。やはり屋根の反りも各部のプロポーションも何となく中華風。男性的でやはり普通の寺院との差を感じてしまう。

 建物だけではない。境内に置かれた長椅子にも奇妙な装飾が施されておりやはり中国風。手すりのデザインには卍字が組み込まれている。回廊に吊るされた木魚もユニークだ。

 この寺は平地に立っていて、高い築地塀に囲まれている。周辺の日本の風景は全く視界に入ってこない。そんな結界の中で、中華風の建築や家具、造作を見ていると、よりいっそう文化的な違いを意識してしまう。

 境内でスケッチをした後、帰りにもう一度総門を見るとやはり和様の建築とは違う要素を発見した。

 一つは屋根上の鬼飾り。最初は鯱鉾?と思ったがさにあらず。マカラという想像上の動物。顔はワニの様で体を支えているのはヒレではなく足だった。

 もう一つは軒下の垂木。和風の建物は「平行垂木」だが、こちらは禅宗様と同じ「扇垂木」(詳細は前出の「お寺を描こう!寺院建築4つの様式を知っている?→」を参照)。プロポーションだけでなくディテールも和風ではなかった。

 この中華風寺院、あなたの作品に加えてはいかが?

P.S
このブログでは本文中にリンクを張った以外にも、以下の様な関連する記事を書いている。興味のある人は参考にしてほしい。

■「ここを描きたい!日本の風景→

■カテゴリ「ためになる美術講座→

■「加藤美稲水彩画作品集→

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