水彩で描くみちのくの風景 角館の武家屋敷

大樹の門 作者:加藤美稲

角館とは?

 今回のテーマである角館(秋田県仙北市角館町)は私にとって特別な町だ。というのも、私がスケッチ先としてよく選んでいる「重要伝統的建造物群保存地区」の選定制度が施行されたのは昭和51年から。今から40年ほど前、私がちょうど大学の建築学科に入学したすぐ翌年にあたる。話題の町だったのだ。

 実は私が古い建物をスケッチし始めたのはこの制度と「町並み保存」という運動を知ったのがきっかけだ。特に妻籠、白川郷、三寧坂、祇園、萩、角館はこの制度による第一回の選定地区であり、建築を学び始めた大学生の私に「人」と「町並み」というこのブログ「美緑空間」にとって大切なキーワードを意識させてくれた町でもあるのだ。

武家屋敷を描くのはむつかしい?

 その後多くの町をスケッチをしたが、今まで一度も訪ねたことがなかった町がこの「角館」だったのだ。
 さてそんなわけで建築を専攻した者としては大いなる期待を胸に出かけたものの、実は絵描きとしては一抹の不安を感じていた。

「武家屋敷って敷地の奥のほうにあって、道路からは門と塀しか見えないのでは?」「絵になるかな?」・・・というもの。
 実際、同じ伝統的建造物群保存地区の九州「知覧の武家屋敷」は道に面して塀と生垣が続くだけで、正直言って絵にはならなかった。

 そんな不安をよそに、とにかく武家町の通りに足を踏み入れる。
 最初に出会うのが今日の冒頭の絵、小野田家の「門」だ。想像した通り見えるのは門と塀だけ。でも「絵になるか?」という心配は無用だった。
 ご覧のように十二分に絵になる。

 夏の深緑と木漏れ日。武家の歴史を語るブナや赤松の大木、格式ある門。スケッチブック6号の画面が狭すぎるくらい、久しぶりに思い切りペンを走らせた。個展に展示したこの絵のタイトルは 「大樹の門」 。大木に凝縮された武家の門をイメージしたものだ。
 この町の名を知ってから40年目に味わう感動だった。

武家屋敷はこう描く!

 絵の説明をしておこう。使用画材はいつもと同じ。ペンと透明水彩だ。(ペンと水彩で描く風景画の魅力とはを参照)
 ただし垂直に伸びるブナと横に枝を張るモミジは木の形も葉の色もまるで違う。緑と黄緑を通常の水をたっぷり使ったウォッシュ技法で一気に仕上げようとすると失敗する。(水彩画入門 色塗りの基礎技法を覚えよう!を参照)

 特にモミジは目に眩しいくらいの鮮やかな黄緑色なので、最初にマスキングインクで保護しておくことにした。
 周辺の暗い緑を描き終わったら、マスキングインクを剥がす。真白な紙の白がモミジの葉の形で現れる。そこに思い切り鮮やかな黄緑色をほどこそう。

 大樹の葉が鬱蒼と生茂暗い緑の中に反射して光る葉も重要だ。同様にマスキングインクで保護し、後から明るい色を重ねたものだ。(水彩画の道具マスキングインクって何?→」を参照のこと)

角館を歩く

 さて、スケッチできる場所はまだまだある。
 小野田家はありがたいことに無料で解放されている。門をくぐると玄関があり来客者用の主入口の左に住居用の小ぶりな入口がある。

 座敷に上がると気持ちのよさそうな庭がひろがっている。縁側に座ると視界いっぱいに鮮やかな緑色が広がる。7月とはいえ、まだ初旬。天気が曇りがちなこともあって、このみちのくでは蒸し暑さなど無縁。

 わずらわしい気配がすべて消え、五感が自然に融けこむかのような感触・・・たぶん、これが本当の「静寂なのだろう。

岩橋家庭園

  メインストリートをさらに北に行くと岩橋家がある。こちらも道路から見えるのは門と塀だけ。

 資料によれば知行百石の中級武士の典型的な屋敷だとか。絵を描くには門横の前庭の一角に立ち座敷と玄関を眺めるアングルがいい。

 庭は結構な広さがある。しかも写真右端にある木戸をくぐるとさらに広い本格的な奥庭が広がっているのだ。以前にスケッチした丹波篠山の百石取りの貧しい武士の住居(「水彩で描く夕日の風景 丹波篠山の武家屋敷→」を参照)に比べれば座敷も庭もずいぶんと広そうだ。どうやらみちのくの土地の安さは昔から変わらぬようだ。

青柳家文庫蔵

 城下町の特徴であるマス形(敵の襲来に備え、城までの見通しを悪くするため、道をわざと曲げた交差点)を超えると見えてくるのが青柳家だ。

 角館の武家屋敷群の中でも格式が高く、広大な敷地内に今なお多くの建物が存在しする。この庭と建物群は博物館として公開されている。

 それらの建物の中で道路から見える唯一の建築が蔵。今は武器庫として公開されているが、もともとは「文庫蔵」とよばれ書類倉庫だったようだ。

 建築的に見ると北国の雪の重さに耐えるためなのか、軒を支えるようなリズミカルな頬杖のデザインがユニークだ。

石黒家 茅葺の大屋根

 青柳家の北側に建つのが石黒家。こちらも青柳家と同様格式が高い。目を引くのは大樹の間から見える茅葺の大屋根。圧倒的な存在感だ。

松本家

 前述した屋敷は実はすべて城下町のメインストリートの東側にある。
 西側はというと、塀だけは保存修景がされているが、内側はほとんど空き地だ。

 不思議に思って、現地で入手した資料を読んでみると、メインストリートの東側(今回取り上げた屋敷が並ぶゾーン)は家老級から中級の武士が住んでいたのに対し、東側は徒士(かち)、足軽の住居として区割りされていたようだ。

 つまり言ってみれば西側は貧しき武家のゾーン。彼らは、武士が支配階級でなくなった明治の頃、おそらく家屋や土地を維持するだけの意思も財力も持ち合わせておらず、その歴史遺産を時代の変遷にゆだねてしまったのだろう。

 しかし、実は一軒だけ残っているのだ。それが松本家。当然立派な塀や門は無く、道に面して柱が2本シンボル的に立つのみ。

 敷地は狭く家屋の回りは庭園というよりはおそらく菜園スペース。屋根は石を置いて葺き材を押さえる民家方式。

 何より私がスケッチした他の屋敷にはあった来客用の入口も無い。
 見た目の豪華さは他の武家屋敷と比べようもないが、この町の歴史を物語るとても重要な証人である。

P.S.
記事の中でリンクを張った以外の私の描く水彩画について下記に記事をまとめている。参考にしてほしい。

P.P.S.
私の水彩画は「加藤美稲水彩画作品集→」で一部を公開している。興味のある方は覗いてほしい。


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5件のコメント

[…] 私のお目当ては、例によって「重要伝統的建造物群保存地区」である「ベンガラ色の町並み」だ。この町が重要伝統的建造物群保存地区に指定されたのは昭和52年、第一回の選定が京都産寧坂や岐阜県白川郷(ブログ記事はこちら→)、秋田県角館(ブログ記事はこちら→)などが選ばれた昭和51年なので2回目に選定された町並みということになる。 […]

[…]  さてこの知覧にはもう一つ有名な名所がある。伝統的建造物群保存地区である、「知覧の武家屋敷群」だ。 一般に格式の高い武家屋敷は塀と門が立派だ。このブログでも触れている「角館の武家屋敷」(詳細はこちら→)のように、前庭があり、家屋は奥の方にあるので外から見えないようになっている。 特にここ知覧の武家屋敷は石垣と生垣からなる景観と生垣の向こうにある各家の庭園のデザインが琉球庭園に通ずるものがあり、歴史的価値が高いことが評価されて重要伝統的建造物群保存地区に選定されたという。 […]

[…]  水彩画を精力的に描き出したあなたへ。 このブログでお勧めしたような水彩紙、筆、絵具などの「描く」道具についてはもう理解していただいていると思う(カテゴリ:絵画上達法を参照)だが透明水彩は紙の「白」を塗り残すのが基本。だから絵具から下地を「隠す」道具が必要だ。それが「マスキングインク」だ。その基本的な使い方については「水彩画の道具マスキングインクって何?(詳細はこちら→)」ですでに触れた。この記事を読み進める前に目を通してほしい。 また、私の作品紹介で以下に具体的な使用例を記しているので、参考にしてほしい。 「水彩画入門色塗りの基礎技法を覚えよう!」 「ペンと水彩で描く風景画!ミラノ大聖堂を描く秘訣は?」 「水彩で描く風景 角館の武家屋敷」 「水彩で描く風景画 相倉と菅沼の山村」 「水彩で描く風景 世界遺産姫路城」 「水彩で描く風景画 アルハンブラ宮殿」 […]

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