歴史遺産をまとめてスケッチ!明治村

絵になる風景がない!と悩んでいる人へ

 私はこのブログのトップページ美緑(みりょく)空間へようこそ!に書いたようにいつも絵になる 「日本の風景」 を求めて歩き回っている。

 だが「桜(水彩で描く桜の風景 世界遺産姫路城!→)を参照」や「夕日」のような日本の自然を題材にする作品はともかくとして、私のように日本の文化を描こうとすると、画面にどうしても「歴史的な建築遺産」が欲しくなる。

 そして(京都スケッチの旅日本編・京都→を参照)や奈良(スケッチの旅日本編・奈良→」を参照)を除く地方(または都会)に住む人にとっては、日常的にその望みをかなえることはむつかしい。

明治村とは?

 そんな人のために、ちょっと珍しい、歴史遺産をまとめてスケッチできる場所を紹介しようと思う。

 その名は「 博物館 明治村」。愛知県犬山市にある。ひと言でいうと明治時代から昭和初期にかけての歴史的な建築のテーマパークだ。実はこの施設には個人的に思い入れがある。私の生まれはこの村の隣の岐阜県、岐阜市。この明治村がオープンした年は私が小学校の2年生の時だった。

 今のように東京ディズニーランドやUSJなどのテーマパークがなかった頃、明治村のオープンは東海地方ではかなり話題だったに違いない。

 正確なことは覚えていないが、多分オープンして間もない頃、家族あるいは町内会のイベントで訪れた記憶がある。

 だが残念ながら、それほど楽しかったという思いはない。むしろさんざん大人に引っ張りまわされ、歩き、疲れ果てたこと、そして何よりとても「退屈」だったということを覚えている。

明治村の本当の価値

 だがこの施設、その後も拡大を続け、文化的に貴重な建築を集め続けたことは称賛に値する。私が再び明治村に興味を抱いたのは、社会人になり建築設計を仕事にするようになったからだ。

 きっかけはとある建築雑誌で、世界的に有名な建築家フランク・ロイド・ライトの設計した旧帝国ホテル(玄関部分のみ)が再建されたという記事を読んだことだ。

 調べてみると、取り壊されたのが、1967年、明治村に再びその姿を現したのが1985年というから、18年もかかった事業だったわけだ。

 そんな心境の変化にもかかわらず、私が明治村を訪れるチャンスはなかなか無かった。望みかなって再訪したのは、ちょうど私が再び水彩画を描き始めた頃、10年ほど前の事だった。

 冒頭の写真がその時撮影した「帝国ホテル」である。なかなかかっこいいと思う。一般にモダンでシンプルな「工業化のシンボル」である現代建築は私にとっては絵の題材になりにくい。

 だがこの建物はご覧のように外観もインテリアも機能的だが装飾的であり、隅から隅までデザインされている芸術だと思う。

  ただ残念なのはやはり今目の前にあるのが玄関だけということ。公開されている精密な全体の模型を見ると、残されている玄関棟の両側に客室棟が繋がっていて正面から見た姿はかなり違っている。おそらく当時を知る人にとっては、相当違和感があるに違いない。

 また私がインテリアを見ておやっと感じたのは、天井が何の装飾もない白い石膏ボードでできていることだ。当時の詳細な天井デザインはわからないが、仮にもフランク・ロイド・ライトの設計だ。おそらくもっと凝ったデザインであったに違いない。いつの日か天井も復元されることを望みたい。

絵になる風景紹介!

 明治村最大の施設である、この帝国ホテルだが、先の不満も手伝って結局、私はこの建物をスケッチをしなかった。

 スケッチをしたのは上図の「聖ヨハネ教会堂」と「北里研究所本館」だ。実をいうと両者に帝国ホテルほど建築的感銘を受けたわけではない。だが背景も含めた風景画として捉えるとこちらの方が絵になるのだ。

 前者は木造のゴシック建築(「ヨーロッパ風景画の基礎知識 ゴシックとロマネスクの違いを知っている?→」を参照)で学術的価値も高い。何より池の上部の森の間から、風変わりな双塔が覗く構図がいい。

 後者は有名な医学者、北里柴三郎が建てた建築で、留学先のドイツの影響を受けたバロック風の建物。こちらも屋根周りのデザインが個性的で威厳があり、背景の森とよく調和している。

 敷地があまりに広大、また私の時間的制約もあり、私がスケッチしたのは結局この二つの建物だけだったが、他にも絵になる歴史的な建物は多くある。

 どれも移設と言えど豊かな自然に囲まれており、絵の背景として不足は無いだろう。名古屋から名鉄電車とバスで1時間ほどで行ける。この貴重な歴史遺産をスケッチしてみることを是非お勧めしたい。

P.S.
 私の出身大学である名古屋大学に有名な建築家である谷口吉郎が設計した「古川図書館」がある。

 学生時代さんざん利用した施設であったにも関わらず、実は明治村の初代館長であり、帝国ホテルの再建に奔走した中心人物が谷口吉郎その人だったということをつい最近まで知らなかった。

 想えば帝国ホテルをはじめ、ずらりと重要文化財級が同じ敷地に並ぶなどということは通常の事業としてはあり得ない。故谷口芳郎氏の情熱に改めて敬意を表したいと思う。

P.P.S.

このブログには文中にリンクを張った他にも以下のような関連記事がある。興味のある人は参照してほしい。

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3 件のコメント

  • […]  このグラバー園、当時はそれほど観光客が多かったとは思えない。むしろ「長崎平和公園」の方が有名だっただろう。 実は長崎市は1970年からこのグラバー邸のある敷地を「長崎の明治村」とする計画を推進していたらしい。私がここを訪れた以後、多くの建物が移築され、この構想が「グラバー園」としえ軌道に乗ったせいだろう。1991年に国の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定され、2015年には、なんと「九州・山口近代化産業遺産群」の構成資産として世界遺産に登録されたのだ。 この長崎の世界遺産をスケッチするについて個人的にコメントしておこう。実はグラバー邸を描いた同じスケッチブックには、やはり世界遺産に含まれる「大浦天主堂」も描いていた。 しかし今回このブログの記事を書くにあたり、「大浦天主堂」は掲載しなかった。何故かというと、もちろんあまりにも昔のスケッチで、その出来栄えに満足していないこともあるのだが、天主堂に「モチーフ」として魅力を感じなくなったからだ。 当時はそれなりに感動したからこそ、スケッチしたのだと思うが、その後私はヨーロッパの巨大な世界遺産の教会建築をいくつか見ている。教会建築に求められる「神への畏怖」はやはり建物の巨大さに直結する。大浦天主堂はやはり「小さすぎる」のだ。どうしても物足りなさを感じてしまう。(もちろん世界遺産としての価値は別物だが) さて、今回の記事により、長崎を一応私がスケッチしたお薦めリスト「ここが描きたい!日本の風景」に入れておく。だが冒頭に述べたように何しろ三十数年前のスケッチ。「長崎の明治村」構想が成就し、世界遺産に選定された今はさらにスケッチすべきシーンが増えているに違いない。皆さんのスケッチ旅の行く先に加えて損はない・・・かな? […]

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