ヨーロッパ風景画の基礎知識 ゴシックとロマネスクの違いを知っている?

 ある日私の高校の同級生からラインでコメントをもらった。
「画伯(彼は何故か僕をこう呼ぶ)、教会建築を見る時に知っておいた方がいいことあったら教えて!」

 彼は医者でしょっちゅうに海外にも行っている。有名な教会などきっと飽きるほどみているに違いない。
 だが彼の見たものに対するに素朴な探究心は尊敬に値する。早速その場で答えられる最低限のコメントを返したのだが、よく考えてみれば、彼ほど博識な人間がそんな疑問を抱くということは、建築設計に携わったことのない人は案外皆、教会や聖堂の基礎知識など知らずに観光している、いや絵を描いているのではなかろうかと思い至った。

 そこで今回はヨーロッパの絵画、それも風景画を知ろうとしたら、避けて通れない、ゴシック様式とロマネスク様式の違いを簡単に記しておこうと思う。
 とは言ってもここで教会建築の歴史を語ろうとは思わない。それだけで本が何冊も必要になって今うからだ。
 あくまで絵画好きの人のための、私の個人的、趣味的な価値判断を含んだ解説と心得てほしい。
 もし疑問を感じた方は自分で調べてほしい。そのことできっとますますヨーロッパの風景画が好きになるだろう。
 先に私が普段手にしている参考文献をあげておこう。
 西洋建築史概説 森田慶一
 西洋建築史図集 日本建築学会編
 図説西洋建築物語 ビル・ライズベロ
 いずれも学生時代に購入したものだが未だに目を通すことが多い。

 まず皆さんに問題だ。冒頭の1から4までの絵は誰の作品でそこに描かれた教会の建築様式はなんだろうか?
 「正解」は1と2の作者はいずれもユトリロ。 前者はフランス中部の都市サン・ティレールの教会を、後者は パリの近郊北に位置する都市ドゥイユの教会を描いたものだ。
  ユトリロの白の時代と言われる頃の人気作品だ。 そして建築様式は いずれもロマネスク様式だ。
 3は ゴッホの オールヴェルの教会 、 4は モネのルーアン大聖堂。いずれもゴシック様式だ。
ただし「正解」と書いたが、少しコメントを加えておく。まずはネットで客観的情報を調べてみた。画家が描いた教会の建築様式を調べた記事は皆無に近い。かろうじて1のサンティレール教会はミュージー・ネットの作品解説に 「ロマネスク様式」と書き込みがあった。 2の「ドゥイユの教会」と3の 「 オールヴェルの教会」 は私が各種ネット記事をくまなく調べたが、建築様式の詳細は分からなかった。
 4のルーアンは「ゴシック様式」とほとんどの観光サイトに記述がある。ゴシックでほぼ間違いないだろう。
 だが、1から3についても、おそらく私の「正解」が正しい。理由を説明しよう。
 まず、ヨーロッパでは教会建築には大きく分けると、ロマネスク様式とゴシック様式があることは先に述べたとおりだ。
 前者の方が時代は古く、技術的、構造的には素朴だ。シンプルに切石の外壁を積んでゆく。
 石積みが壊れないように当然窓は小さい、窓幅に足りる石がなければ窓上はアーチになる小さな窓が開く。
 屋根は三角屋根だ。だから外観のイメージ的には四角い壁、小さなアーチ窓、円窓、三角屋根と言った幾何学的な図形を重ねたデザインになる。
 1の教会の外観はまさにその通りだろう。

 一方ロマネスクには内部の天井にも特色がある。ロマネスクができる以前は壁は石積あるいはレンガ積みであっても屋根と天井は木造だった。技術的に軽くする必要があったからだ。
 しかしロマネスクでは石をアーチ型の断面でかまぼこ状に積んでゆく トンネルヴォールトと呼ばれるもの、あるいはそれを直行させる交差ヴォールトと呼ばれる技術が完成した。
 ヴォールトの石荷重は両サイドの壁で支えることになる。つまりヴォールトの先端の半円には屋根を支える壁は不要で、自由に穴が開けられる。宗教空間として大切な大きい「ばら窓」が可能になったのだ。
1の教会の正面の屋根のすぐ下に大きな開口が開けられたのは屋根がヴォールトであるからだと想像がつく。
 元々古い形式なので、ヨーロッパの田舎に行くとこの形式の小さな教会の名残はいくらでも残っている。 しかし起源が古いだけに大半の建築は増築、改修を重ねられ、現在、純粋なロマネスク様式の教会はというと、実は案外少ないらしい。
前述の資料によれば、イタリアではミラノのサンタンブロジオ聖堂、ドイツではウォルムス大聖堂、フランスではサント・トリニテ大聖堂くらいのようだ。いずれもメインの観光コースから離れているので、スケッチするなら事前に入念な計画が必要だろう。

 一方ゴシック様式は中世ヨーロッパが産んだ建築様式の花形と言っていい。ヨーロッパの風景画によく登場する教会は大抵ゴシック様式だ。
 フランスなら4のルーアンの大聖堂はもちろん、パリのノートルダム大聖堂、世界遺産でもあるシャルトル大聖堂、イタリアならミラノ大聖堂、ドイツではケルン大聖堂などほとんどが観光の目玉となっている。

ゴシック様式が観光の目玉となっているのは建築物の巨大さ、壮麗さ、そしてステンドグラスの美しさや華麗な石彫刻など総合的な芸術性にある。
 それを可能にした最大の要因はゴシック建築の構造だと言っていい。

ケルン大聖堂 内部 リブヴォールトの天井 垂直線を強調したデザイン

ロマネスクの特徴である壁面は半円形断面の天井のヴォールトを支えるために厚い壁が必要だった。自重とヴォールトの鉛直力、水平力を壁全体で負担する壁構造だった。構造壁である壁には大きな開口は開けられない。正面のバラ窓以外の開口はやはり小さかったのだ。
 しかしゴシックはヴォールトの荷重を交差部に沿ってかけられる梁上のアーチ、つまりリブに負担させる、リブボールトという構造を生み出した。
 ロマネスクのヴォールト断面は完全な半円だった。この構造は最上部で水平になるため、部材が圧縮よりもせん断力を受けやすい。一方ゴシックでは断面は先端の尖ったアーチ(尖頭アーチ)となり最上部でのせん断力を受けにくくなった。
 上の写真はケルンの大聖堂。天井の交差ヴォールトのリブが束ねられた柱に載っていることがわかるだろう。これによって交差ヴォールトの荷重はリブの端部、柱に集中することになる。その部分の鉛直荷重を支えるのが柱であり、水平荷重を支えるのが飛び梁(フライングバットレス)である。

パリ ノートルダム大聖堂

 上の写真は有名なパリのノートルダム大聖堂だ。写真の右側に空中に浮いたアーチ梁が見えるだろう。これがフライングバットレスである。
 柱とフライングバットレスにより屋根、天井ヴォールトの荷重から自由になった柱間の壁は単なる雨風を凌ぐ壁であればよく、大きな開口が可能となった。

ケルン大聖堂 壁面は絵画や彫刻でなくステンドグラス

 この合理的な構造は 建物をより高く巨大に建てることを可能に するとともにロマネスクでは正面にしかなかった大きなバラ窓を柱間すべてに設け、ステンドグラスを嵌めて、内部を芸術的かつ宗教的空間にした。
 そして明るく、高所から降り注ぐ光を仰ぎ見る宗教的効果の演出と、天上の神を意識させる垂直性を強調するデザインがなされた。
 太い柱を細い柱の束に分割し垂直線を強調する。そしてその垂直線はいたるところで宗教的なモチーフの彫刻と絡み合う。
 モネはルーアンの大聖堂の絵に細かな垂直線や彫刻を克明には描いていない。彼はそのゴシックの表情を光の演出として描き出した。だから朝、昼、夕と時間を変え、季節を変え何点もの作品に描写したのだ。
 最後に3の ゴッホの オールヴェルの教会 はどうだろう。じつは私はこの教会は絵を見る限りロマネスク様式だろうと思っていた。
 画面では壁の面積が大きく、建物の高さもそれほどでもない。さらにゴシックのもう一つの特徴である正面の二つの鐘楼が見当たらなかったからだ。
しかしこの教会は観光の名所になっているようで、観光客が撮影した内部の写真を見ると天井には交差ヴォールトが、そして絵には無い反対側の外観写真にはフライングバットレスがはっきりと映っていた。おそらく初期のゴシック建築なのだろう。

 さてというわけで、あなたはヨーロッパの風景を絵にするとき、どちらの教会を描くのだろうか?
 かわいいロマネスク教会か?威圧的なゴシック教会か?あなた次第だ。

P.S.
教会をスケッチするときの注意事項を教えておこう。ヨーロッパの教会はロマネスクでもゴシックでも宗教上の約束として祭壇のある方を東に向ける。つまり太陽の出る方向に向かってお祈りをするわけだ。ということは入口は祭壇と反対方向なので西を向く。
もし教会を朝一番にスケッチしようとしたら、あなたは朝日を目にまともに受けまぶしくて絵など描いていられない。しかも教会の入口正面は逆光となり細部はまるで見えなくなってしまう。おそらく写真さえも満足に撮れないだろう。
だから私は朝描くなら祭壇側を、正面を描くときは午後になるように旅程を計画することにしている。

P.P.S.
 ちなみにモネはルーアン大聖堂を時間を変えて描いている。それをよく見てほしい。朝は逆光を受けてディテールはブルーの中に沈み、昼は細部が光に輝いている。
 そして実はルーアン大聖堂は真東ではなく若干南を向いている。つまり朝一番は正面双塔の右側面に光を受ける角度となる。ご覧のように塔の側面が反射して輝いているのがわかるだろう。そしてモネ自身は正面から朝日の直射光を受けずに済んでいるというわけだ。

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