「遅筆」な作家の悩み
私は作品を仕上げるのがとても遅い。聞けば4号を2時間足らずで仕上げる作家がいるようだがとても真似できないと思っている。
だがある時(個展の直前)、本棚にしまってあった大昔の作品を、見て思ったのだ。気に入らないところだらけだが、テーマも構図も悪くない。ファーストウォッシュが終わっていると考えれば、極めて短い時間で「作品」に仕上げられるはずだと。
今回はそんな「昔の絵」を蘇らせる「時短」の具体的な方法をお伝えしようと思う。
「吹屋」の町並み
取り上げた題材は岡山県高梁市の山村、「吹屋」である。
この町は江戸時代ベンガラの産地として栄えたためだろう、家屋の土壁も木材もすべて赤いベンガラ色に染まっている。それだけではない。どの家の屋根もオレンジ色の石州瓦で葺かれている。つまり町が「赤」で統一されている極めて珍しい町なのだ。
最初のスケッチ
①のスケッチが訪れた時に描いたもの。大きさはF0号。現地でペン描きし、帰ってから淡彩を施したものである。
さてこのスケッチ、あなたの評価はいかがだろうか?
「きれい」といっていただけるならば、それなりにありがたい。だが今の私から見ると極めて不満である。その理由は以下の通り。
- 「赤い町」なのに赤みがほとんど感じられない。陰には赤が入っているが明るい部分は白っぽいままである。
- 夕刻なのに町の陰影がほとんど感じられない。
- 屋根瓦、板壁、建具、樹木の材質の違いが判らない
つまり今の私に言わせれば、まだまだ未完成というわけである。
完成までの手順
まず水彩紙をチェック!
10年以上も前の紙なので表面が相当に傷んでいた(風邪ひき状態)。このまま上に新しい水彩を重ねても、顔料が紙の奥に吸い込まれ、黒ずむだけでけっして良い絵にはならない。
そこで全面に刷毛で「マルチサイジング液」を塗る。かつてはこの液体の存在を知らなかったため、風邪ひき水彩紙はすべて廃棄していたが、今はいつでも復活できるようになった。実にありがたい。
空を塗る
その後の彩度、明度の目安となるよう絵の具の濃さを調整する。当初は淡色のブルーだったが今回はコンポーズブルー(ホルベイン)とウィンザーバイオレッ(ウィンザーニュートン)トを画面の上で垂らすようにした。この時画面を暗くしすぎないよう、あえて雲の白い部分を強調している。
林の緑を塗る
当初はプルシャンブルーとサップグリーンを薄く重ねるだけの単調な表現だった。
今回は当初の明るい部分を残し、それ以外にサップグリーン、コバルトブルー(いずれもウィンザーニュートン)、トランスルーセントオレンジ(シュミンケ)を加えて塗っている。
なお中央の背の高い木だけ木の葉を強調し、存在感を高めておいた。
町並みを塗る。
大切なことはどこを暗くして、どこを明るいまま残すかを決めておくことである。特に今回はすでにひと塗りしてあるので、明度は落ちている。明るい部分をこれ以上暗くしてしまわないよう特に注意が必要である。
明るい部分は道路の右側の町並みと陽の当たっている道である。まず明るい屋根の赤みを増すこと。うすくオレンジ色を塗る。軒の下にやはりブルー系の影を入れる。
一番注意を払うのは道の左側、陰になる家屋。元の絵は壁の濃淡を赤と白のグラデーションで表現していた。この手法では「影の中の赤い壁」は表現できない。「赤い町」の立体感を出すには陰の黒から濃い赤のグラデーションが必要なのだ。
②図左の家屋の庇下の表現をよく見てほしい。庇のすぐ下の影は青黒っぽく、地面の反射を受ける部分は赤や茶色にグラデーションを施していることがわかるだろう。
道に落ちる夕日の影を描きこむ。影もブルーと紫の混色で塗る。
左の建物の屋根瓦にオレンジを入れる。この時単調に塗らず、瓦の重なりがわかる程度にわざとむらを残す。
細かな明暗を描きこむ
最後に屋根、庇下、樹木の最暗部、強調するポイントだけ濃い黒(サップグリーン、アリザリンクリムゾン、ウィンザーブルーの混色)を入れ、道端の明るいオレンジと緑を垂らして完成だ。
昔の絵をもう一度見つめてみよう
あなたは自分が昔描いた未熟な絵を引っ張り出して見たことがあるだろうか?
もし「過去は振り返らない」主義だとしたら、見直したほうがいい。
どんなに下手な絵でも、あなたらしい個性があるはず。そのきらめきをただ本棚の奥にしまっておくのはもったいないというものだ。
そしてあなたの良い点を生かしつつ現在の自分の技術と感性をプラスして上描きするのだ。見違えるほど良い作品が極めて短時間で完成するはずである。是非お試しを!
P.S.
参考記事は以下の通り。興味のある方は参考にしてほしい。
P.P.S.
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