鄙びた農村を描く!いい構図を探す方法は?

所子の町並み

降りたホームは無人駅だった

 ここはJR山陰線「大山口」。
 晩秋の陽はすっかり落ち、あたりは真っ暗である。駅を出ても街灯ひとつなく、頼りになるのは星の明かりだけ。
 いつもの水彩スケッチ旅・・・予約したこの町唯一の宿は駅からすぐ近くのはずだった。だが暗闇の中、何にも見えない。

 ひょっとして駅を間違えたかと、不安になってグーグルマップを見ると、右手の方向に宿はあるはずだった。少し闇に目が慣れたのだろうか。横断歩道を渡り、歩道沿いに恐々とキャリ-バッグを引きずって慎重に歩き出す。

 かすかに建物の影が見えた。近づいて、とびらのガラス越し中を覗くと人がいた。
 ここが目的の宿だった。しかし宿の食事はすでになく、暗闇の町に営業しているコンビニやレストランがあるはずもない。

 しかし私のスケッチ旅は大抵田舎ばかり。食事にありつけないことはままある。だから非常食をいつもリュックに入れておく癖がついている。
 と言う訳でこの日はビスケットとチョコレートを口に入れ、早々に床についたのだった。

翌早朝

 朝食は前日に電話で予約をしていた。暖かいご飯と味噌汁、魚とそのほか2品ほど。夕飯にありつけなかったので分、とんでもなく美味だったのは言うまでもない。

 さて出発だ。
 目指すは重要伝統的建造物群保存地区鳥取県大山(だいせん)町「所子(ところご)の集落」だ。地図を調べると、歩いて20分足らずの距離だった。

 途中の街並みも素敵に違いないと勝手に思い込んでいたが、全くの期待外れ。
 ポツポツと平凡な家屋が建つだけ。他には何もない。アスファルトの県道が延々と続くだけだ。

 もう少し「らしい風景」は無いかと、たまらず小さな地方銀行の角を曲がり田んぼの畦道を歩くことにした。小さな現代住宅の横を二度三度曲がり目指す方向へさらに歩くこと10分。

現われた

 視線の先に「所子」と思われる集落。いや何よりその向こうにある壮麗な山並みに感激をした。あれが有名な大山に違いない。霞んだ太陽もこの季節の山陰らしくてとても良い。

 期待に胸は膨らむ。
「水彩画にぴったりの風景!」と、ここで一枚を描こうかとも思ったが、今日は夕方の列車で神戸まで帰らねばならない。ハードスケジュールであったあことを思い出し先を急ぐことにした。

 ついに集落の入口に到着(冒頭の写真)。
 素晴らしい。小道の両側にいかにも由緒ありそうな民家が並んでいる。しかも道が緩くカーブを描いているので歩くに連れて変化のある街並みが現れる。

 いつもなら迷わずスケッチブックを広げるのだが、あいにく太陽が雲に隠れている。絶好のシーンとはちょっと言いにくい。幸い天気予報によれば。まもなく晴れとのこと。

 腰を据えてスケッチするのはもう少し待つこととし、村を一周することにした。

おかしい

 通常、「重要伝統的建造物群保存地区」には観光案内があり、保存の取り組みを説明したパンフレットなどが置いてある。その地区の詳細地図も乗っているので、私はスケッチに訪れると、いつも真っ先にそこに向かうのだ。

 だがいくら歩いてもそれらしき建物は見当たらない。田畑の間に家屋が点在するだけだ。もう一度グーグルマップで調べると公共的な施設はどうやら小学校と武道館くらいしかなさそうだ。
 とりあえずそちらを目指し歩いてゆくと、武道館前の広場に奇妙なポストが立っている。

 これがお目当ての「観光案内ボックス」だった。かなりきちんと作り込んだパンフレットが入っていて「ご自由に」とある。

 この田舎ではさもありなんと納得して、その資料にあった地図を片手にまた歩き始める。確かに「見どころ」と謳った目印が次々と現れる。
 「〇〇地蔵」「〇〇神社」「〇〇の古木」「水車小屋跡」…記念撮影ならばそれなりに楽しめる。

スケッチとはその村の歴史を描くこと?

 しかし水彩画として仕上げたい私としては、はっきり言って単なる記念碑はスケッチの対象にはなりにくい。結局村をぐるりと一周し、たどり着いたのは冒頭の写真、最初に訪れた村の入り口だった。携帯用の椅子をセットし、まずはペンでスケッチを始めた。

 描く場所はこのあたりしかないと分かったので、道の反対側から、中間から…と結局ここで3枚をスケッチした。

 3枚目を描き終えた頃、重要文化財にも指名されているその立派な民家からとても上品な「農村婦人」が登場した。どうやら私がスケッチしているのを知っていたようで、後ろからその成果品を覗き込んできた。

 「綺麗に描いてくれたねえ。ありがとう。」と、ありがたい感想をいただいた上、お礼に建物を見せてくれるという。もちろん断る理由はない。
 婦人の跡に続いて立派な門を潜ると、江戸時代から建っている言う母屋、酒蔵、納屋などがずらりと並んでいる。

 その婦人が嫁に来て数十年、一度も足を踏み入れたことのない部分もあると言う。建物の、いやこの村の歴史を感じてしまう。

 一人、感動していると、母屋の内を案内してくれるとのこと。見たかったのだが、気がつくとそろそろ帰りの列車の時間が迫っていた。もし乗り過ごしてしまうと、多分今日中に神戸に帰れないに違いない。

 やむを得ず、辞退。親切な申し出に謝意を表し、急ぎ駅に向かった。あとは帰路に着くだけ。だが気がつくとたまらなく腹が減っていた。

 当然だ。あの集落には(当然)食事する店などなく、またしてもビスケットだけで空腹を誤魔化していたからだ。
 村の反対側から県道に出て、駅に向かう途中でありがたいことに、かなり大きなスーパーマーケットを発見。早速おにぎりで腹ごしらえ。

 でもここは鳥取県の西端。神戸まではまだまだ遠い。結局夕食も電車の中でコンビニ弁当を食べる羽目になってしまった。

 誰かが言いました。旅の楽しみは、温泉と食事にあると。
だが絵描きの一人旅にはそれはないようだ。残念!

P.S.
 私と同じようなスケッチ旅をしたいあなたへ。
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