

②図 遠景を塗る




私の描く水彩画は町並みを描いたものが多い。人の息吹が最も感じられるからだ。逆の理由で大海原など大自然を描いたものは多くない。
だがもちろん水の風景にも人の生き様は現れる。今回は淡路島の港を訪れた時の生活感あふれる「水の風景」を描いてみようと思う。
下描きと構図
下描きにいつものサインペンは使わない(「ペンと水彩で描く風景画の魅力とは→」を参照)。水の表現にはペンの線は強すぎるからだ。Bの鉛筆で簡単に外形だけ線描きする(①図参照)。
モチーフは海と小島、ヨットである。このような時、通常は水平線は中央よりやや下に置き、ヨットと空をメインのモチーフとして描く事が多い。
だが今回は「透明感ある水」がテーマである。だから思い切って水平線を画面上方に設定し、ヨットのマストも上をカットしている。水のスペースをたっぷり取った構図なのである。
もう一つ水の煌めきを描くときに役に立つのはマスキングインクである。今回は歯ブラシと金網を使って、大小の光の粒をマスキングした。(「水彩画の道具 マスキングインクって何?→」を参照のこと)
遠景の描き方
遠景は一番明るく遠い「空」から描くのが定石だ。一般的には地平線に近い部分が明るく、空高くなるほど青が強くなる。だが今回は中央を明るく、両サイドの青を濃くした。理由は画面の中央に光を集めて、水の輝きを強調したかったからだ。
次に小島の山々を塗る。中央の一番遠い島から手前の島へと徐々に色を濃くしてゆく。そうするとこの下塗りの段階で遠近感も出すことができる。
なお、手前の山の木々を表現するために一部塩を振っている。(②図参照)
水底の描き方
今回の絵のポイントはずばり「水底の表現」にある。ぼかしすぎると水が濁って見えてしまう。クリアに描きすぎると水そのものが消えてしまう。いわばぼけた部分とクリアな部分を混合した表現が必要なのだ。
ウェットインウェットの技法では全体がぼけてしまう。かといってウェットオンドライで書くと筆跡がくっきりと残りすぎる(「水彩画入門 色塗りの基礎技法を覚えよう!→」を参照)
。そこで今回はスプレーで水を吹きつけ、紙の湿り具合にムラを出す。そしてその上に水底の風景を描いている。するとシャープな部分ととぼけた部分が混じり合う程よい表現となった。(③図)
水面の塗り方
今回一番気を使ったのが「水面の表現」である。水面の色とは原則的には反射光の色である。水が青いわけではなく、青空が映り込むから「青い」のである。直射日光の反射は白く、山の影は暗い緑になる。
もう一つ重要な現象がある。遠くの背景つまり水面への入射角度が低い光は全反射し水底は全く見えない。近くになり反射角が大きくなるほど、光は水面を貫通し、水底で反射するようになる。つまり近景ほど水底がクリアに見えるのである。
これらの現象を水彩画で表現するにはどんなテクニックが相応しいのかを考えてみよう。
まず遠い水面から手前にかけて空色の水分を多くしながらグラデーションをかける。すると遠い水面は青く、近くの水面は水底の風景が見えるようになる。(④図)
ファーストウォッシュ完了まで
次に今回は画面の中央を明るく強調するため、画面の両サイドを暗くする必要がある。水分を減らしたさらに濃い青を重ねるという選択肢もあるが、単調さを避ける為、紫(ウィンザーバイオレット)をウェットオンウェットで重ねている。
さらに船や桟橋など中景を一通り塗り終え、やっとファーストウォッシュ(「決め手はファーストウォッシュ!?水彩で描く津和野の秋→」を参照)完了だ(⑤図)。
仕上げ
まず手前の水底の色が淡すぎるので、ローシェンナを主体に水底の岩の色を部分的に強調する。
水面の表現、最後のポイントは「波」だ。水面の中では最も明暗の強い部分である。
つまり太陽の直接反射が目に入る反射角度部分はほかの水面よりもはるかに明るい。逆に波の裏側は水底の岩面よりも暗くなる。この明度差を細筆で丹念に描き込む手間を惜しんではいけない。描きたい部分には執着すべきである。
仕上げは細かな最暗部に色を置いてゆく。
小島の凹凸、木々の陰。水面に映る同様の陰影。船とデッキの細かな陰影と水面に映る影など。
暗部の描き込みは色彩に乏しく、一見地味な作業である。だが水彩画は油絵と違い最後に白でハイライトが入れられない。逆に言えば最後の最暗部に筆を入れることが絵を引き立たたせる最も効果的な瞬間なのだ。絶対に手を抜いてはいけない。
最後は水面のマスキングインクを剥がし、不自然な部分を馴染ませて完成だ(⑥図)。
P.S.
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