甦った? 首都東京の風景を描く

 絵描きとしての私の活動の一つは日本の美しい風景を描くことだ。その思いはトップページに書いたとおり。

 そんな私が描いたお勧めの風景を都道府県別に「ここが描きたい日本の風景!」という記事でまとめているが、実はその数は都道府県によってずいぶんばらつきがある。
 もちろん、私の地元が神戸なので、関西よりも関東が少ないのは当然なのだが、その中でも特に東京は絵になる対象が少ない。
 その理由は第二次大戦の空襲で木造の建築は焼けてしい、昔ながらの「江戸の風景」を思い起こすような風景は皆無だからだ。当然国の指定する「重要伝統的建造物群保存地区」もひとつもない。

 少し寂しい気がするが、ならば東京の「原風景」はないかというとそんなことはない。
 確かに「江戸」の顔は無い。だが明治維新以降の「首都東京」の顔はまだまだ健在だ。
 実例をあげると、東京駅、赤坂離宮、三菱1号館の3つの建物は戦禍を生き抜いた、国家と首都の繁栄のシンボルとして、権威ある学術団体も政府も認めていたようだ。

 今回のテーマはその三つの建物のうちの一つ、冒頭に掲げた「三菱1号館」だ。
 設計者はジョサイア・コンドル。明治政府が文明開化の証として洋風建築を建てるために招聘したイギリス人建築家だ。
 そして残り二つの建築、東京駅は彼の弟子「辰野金吾」、赤坂離宮は同じく彼の弟子「片山東熊」の設計だ。
 弟子の作品である東京駅は2012年、中央のドームや3階部分が創建当時の姿に戻され、重要文化財に指定されたし、迎賓館赤坂離宮離宮は明治以後の建築では初めて国宝に指定された。
 それなのに、彼らの師匠の作品であるこの三菱1号館はいずれにも指定されていない。
 何故だろうか?
 通常、「選定理由」は公表されるが「選定されない理由」は公表されない。余計な軋轢を生むだけだからだ。だが調べてみると面白い歴史があることがわかった。
 正確な年代などは学術誌にお任せするとして、1960年代後半、建築の学術団体がこの貴重な建物を保存すべしとの声を上げ、国も賛同し、重要文化財に指定しようとしたらしい。
 しかし建築主は東京駅に至近で、地価のとんでもなく高い土地にいつまでも3階建ての明治建築を保存しておくことは事業としてできないと、重要文化財の指定を拒否したらしい。
 経営者としては当然の判断だろう。似たようなケースで妥協の産物として、外観の皮一枚だけ保存した建物がいくらでもある。
 このような話し合いには時間がかかるのが普通だ。だがこの建物の場合は、建築主側が、1968年のある日の深夜、突然足場を組み立て、強引に解体してしまったのだ。しかも解体した建築部材もほとんど廃棄処分されたという。
 そんな成り行きが当時建築の関係者の間では相当の話題になったようだ。

 そして解体された後の敷地には当然別のビルが建ったのだが、それも解体され、2009年同じ場所にこの三菱1号館が突然復活したというわけだ。
「何故今頃?」と思うだろうが、当初解体されたのと同様に、復活したのも商業的な論理によるようだ。
 この建物を美術館として復活させることと引き換えでこの地区再開発の容積ボーナスが得られたという。

 そんなわけで、この建物は、昔の建物を移築、保存、再生したわけではなく、完全な「新築」だ。設計図は古いが建物が新築ではやはり「重要文化財」にはならないという理屈はうなずける。
 かと言ってこの建物に魅力が無いかというと決してそんなことはない。
 先に述べたような、外観の皮一枚だけ残した表面的な保存とは訳が違う。コンドルの設計図通りの寸法、材料でできている。だから外壁の煉瓦もタイルではなく本物の煉瓦、石も相応の厚みのある本物だ。窓周りや入口周りの装飾も内部の細かな造作も本物だという。
 もっとも煉瓦造の建物は地震にとても弱いので、基礎部分は免震構造になっている。建築的に見ればとてもよく出来た建物なのだ。

 だから、私はこの建物が復活したのを知るとすぐスケッチに出かけた。9月の照りつける陽射しの下で交差点の角に立ち、夢中でペンを走らせたのを覚えている。
 特に当時のイギリス流の様式による三角屋根のリズムが構図的にとても面白いと思っている。

この建物の個性的なデザインはある意味で単調な現代のオフィス街にあって、ひときわ目を引く。さすがコンドルと言いたいのだが、実はこの建物の本当の価値は上の写真のような「一丁倫敦」と呼ばれた「首都東京」のメインストリートの町並みを主導したことにある。
 現在この周りは冒頭の写真のように、超高層ビルばかり。残念ながら今さら新築しても、もはやこの建築は「首都東京」の街並みの主役にはなれない。
 そんな複雑な思いでこのスケッチを描き終えた。

P.S.
私の書いた水彩画は「加藤美稲作品集」で少しずつアップしている。興味ある方は覗いてほしい。

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