中山道の風景を描く 深谷

深谷とは

 日本の風景を描く・・・今回は埼玉県「深谷」だ。

 ちょっとした用事があり訪れることになったのだが、せっかくだからスケッチする場所はないかと思い、事前に見どころを調べてみた。はっきり言ってあまり有名な町ではないようだ。

  地図で見てもかなりの田舎だ。東京からさいたま市までの距離の3倍以上ありそう。検索で最初に出てくる名物は「深谷ねぎ」と「煮ぼうとう」。

 私の水彩画のテーマとしてはちょっとふさわしくない。ならば有名な建築はないかと調べると、明治の実業家「渋沢栄一」の功績を称えた「誠之堂(せいしどう)」があるという。国の指定した重要文化財で貴重な大正時代の遺構らしい。

 それならばと、取り敢えず列車に乗り、JR深谷駅に行くことにした。

近代建築発見!?

 古びた田舎の駅を想像していたが深谷駅のコンコースは、思ったよりも小綺麗な駅。
 しかも外へ出るとさらにびっくり。(左の写真)はご覧のように、ジョサイア・コンドルか辰野金吾が設計した明治時代の近代建築にそっくり。

  興味を惹かれて、御目当ての「誠之堂」を後回しにしてじっくりと観察した。
  …驚いた!
 この建築は全くの偽物だった。腰壁は一見石に見えるが、実は厚さ数ミリの樹脂製。私が見た時、ご覧のようにすでにコンクリートからめくれて、落ちそうだった。(右上の写真)窓周りの装飾も石でなく塗りもの。あちこち石色の塗装が剥がれていた (右下の写真) 。

 当然外壁は本物の煉瓦ではなく、コンクリート壁の上に煉瓦色のタイルを張っている。東京にある「三菱1号館」(「甦った?首都東京の風景を描く→」を参照)とはその思想に雲泥の差がある。

 後日、調べてみると「東京駅の煉瓦は当時この深谷の煉瓦工場で作られていた」という事実を記念してこの駅舎が設計されたらしい。

 だから構造も仕上げも完全な現代建築だが見た目だけ東京駅風に設計されたようだ。

 本当の風景にこだわりたい私の目には「偽物」としか映らなかったが、地元ではライトアップが人気で、「関東の駅100選」にも選ばれているらしい。

 「いい風景」は人が作るものという原則から考えると、数十年後にはひょっとするとこの駅舎も深谷を代表する風景になっているかもしれない。
 だが流石に今のところ、学術的に権威ある賞はいっさい受賞していないようだ。

誠之堂(せいしどう)に到着!

  タクシーに乗り誠之堂へ。着いてみると周りには何もなく、田んぼの真ん中にポツンと建っている。その理由は本当は華やかな東京にあった建物をここに移築したからだ。

 さすがに外観はご覧のようにユニークなデザイン(設計は田辺淳吉)。渋沢栄一の喜寿を記念して、1916年に建てられたそうだ。

 内部のインテリアも上質で当時の上層階級の豊かな生活が推測できる。重要文化財に指定されているだけのことはある。

 建物の形が面白いので取り敢えず外観のスケッチを始めたが、どうにも描いていて違和感を感じる。周りの田園風景と馴染まないのだ。

 やはり建築は人の生活があって初めて成り立つ文化。 移築した記念館はやはりまだ「深谷」の風景になっていないようだ。

深谷は中山道の町だった!


 帰り際、記念館の人に深谷について聞いてみた。すると実はこの町は中山道の宿場町だったという。歴史好き、古い町並み好きの私にとってはとても大切な情報だと思うのだが、インターネットの観光案内にはそんな記述はなかったように思う。どうやら単なる「中山道」は今や観光にはならないようだ。

 とにかくその場所を聞き、さっそくその街道に向かった。
 しかしその旧中山道は、今や地方都市の大事な幹線道路。道はもちろん真っ黒なアスファルト舗装。狭い割に交通量は多く、猛スピードの車が走り抜ける。もはや江戸時代の趣はない。

 「これでは絵にならない」とスケッチを諦めて、もう帰ろうとした時、唯一「らしい」風景を見つけた。
 それが上の写真だ。漆喰の蔵と古めかしい木の門、酒蔵のレンガの煙突がセットになったちょっと面白い建物だ。

 せっかくなので、この風景も道路の反対側正面から、行き交う車越しにスケッチをした。この2軒だけならそれなりに絵になる。

 だが一方で周りはどこにでもある普通の地方都市。「保存している」と言うより、「取り残されている」と言ったほうが似合う。

 おそらく、ここがこれから国の「重要伝統的建造物群保存地区」に指定されることももはやないだろう。

 ただ個人的にこの町には、愛着を感じている。何故かというと、「誠之堂」を出たあと、この元宿場町まで来られたのは、名物の「煮ぼうとう」を食べた食堂の女将のおかげだったからだ。

 「神戸から来た」という私の一言を聞いただけで、割烹着を脱ぎ、わざわざ食堂から、宿場町の入り口まで車で送ってくれたのだ。
 冷たい北風にめげず、ここでスケッチを描けたのは、町を愛する人達の温かさのおかげなのだ。

この元宿場町の未来はきっと明るい・・・と思いたい。

P.S.
このブログにある参考記事は以下の通り。興味のある方は読んでほしい。

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■風景画について

■また海外の風景に興味ある方は「スケッチの旅海外編」も参考にしてほしい。