美しい紅葉を描く水彩画法とは

①石見銀山の宿場町

紅葉を描く

四季折々の日本の風景。私たちは絵を描く季節に困ることはない。だが実は私は秋の紅葉を描くのがあまり得意ではない。というのは紅葉…つまり赤や黄は一般に明るく、華やかに描かねばならない。

ところが水彩画で「明るく」とは一般には水で薄めることであり、それはむしろ「華やかさ」を犠牲にすることになる。
だからた例えば明るいもみじの葉を描こうとして「パーマネントローズ」を水をたっぷり含んだ筆で塗ると、赤ではなくピンクとなり、楓の葉でなく、桜に見えてしまうのである。

ではどうしたら紅葉に見えるのか。どんな色をどのように、どの段階で使うのがベストなのか考えてみたい。

鮮やかな紅葉の赤とは?

今回取り上げる題材は石見銀山の宿場町の秋の風景である。(①図)私が取材した時には画面の右側の山の一部が紅葉だった。昨今の温暖化のせいか、今ひとつ美しいとは言えない紅葉であったが、今回描く作品では「鮮やかな紅葉」を描こうと思う。

実は「紅葉」そのものだけを表現するのはそれほど難しくない。「パーマネントローズ」や「アリザリンクリムゾン」などの日本の秋らしい赤系統の絵具を水分を減らし、「濃い赤」を塗ればいい。だがそれを水彩画として塗るとなると途端に難しくなる。 理由は二つある。

一つは絵としての華やかさのバランスを考える必要があるからだ。例えばいかに美しい赤であっても画面全体をそれで塗り込めては、抽象画ならばともかく、具象画としてはやはり品がない。

もう一つは鮮やかさを保ちつつ、暗い部分を表現する技法が必要だからである。先に述べたように水分の濃淡による方法は不適である。赤を生かすには青、紫など「節度ある」陰色の混色が必要なのだ。

作画前の準備

②明度のバランス
  • まず絵としての明度と彩度のバランスを事前に計画する(②図)。
    明度のバランスを考えるには白黒の鉛筆で考えるほうがスピーディーで効果的だ。今回は道の左側の家屋が暗く、右側の家屋が明るい。そして街道の先にある町の富の象徴である銀山を暗示させるため、遠くの空間をハイライトとした。
  • 次に、彩度のバランスを考える。鮮やかさを強調するため、全体をグレイッシュにし、背景となる山の一部だけを赤と黄色で塗ることにする。この部分は混色を避け、彩度を高くする。その意図する部分を明るい部分と同様に白く残している。手前の山の空に近い部分がそれである。

ファーストウオッシュ!

③ファーストウォッシュ

最大のポイントは下塗りをグレーの色調でまとめたこと(③図)。紅葉の赤と黄色がより生きるからだ。

簡単に手順を記そう。最初に空を塗る。基本的には青空であるが、単純なブルーではない。ウィンザーブルーにサップグリーンとパーマネントローズを少しずつ混色して作ったグレーである。

次に背景の山。使用する絵具は同じだが、緑を多めにして混色している。同様に町並み部分は赤を多めに混色している。グリザイユ画法(効果的な水彩グリザイユ画法の使い方→を参照)は純粋なグレーの濃淡による下描きだが、それに色相の変化を加えた改良グリザイユ画法と言えるだろうか。

そして当然だが、鮮やかな赤と黄を塗る部分はグレーの下地を塗ってはいけない。鮮やかさが消えてしまうからだ。

完全に乾かした後、いよいよ紅葉の部分を塗る。今回はパーマネントローズとインディアンイエローをファーストウォッシュの時よりも水分を少なくして、一気に塗る。陰になる部分にはサップグリーンをウェットインウェットで滲ませる。ファーストウォッシュ完了だ。(④図)

中塗り

完全に乾かしてから、中景を塗る(⑤および⑥)。大事なことは素材色を入れながらも、大きな面の明暗を描き分けること。今回は道の右側の町並みの壁は明るく、左側の家屋の壁面は思い切って暗くしている。

仕上げ

注意点は2つある。
一点目は暗部の再チェック。⑥図では道の影が当初の計画(②図)よりも薄いため、画面の右と左が分離してしまっている。そこで道に落ちる影にコバルトブルーおよびウィンザーバイオレットを重ねてさらに明度を落とした。

二点目は道に置かれた植木や人物などの点景である。
今回のテーマは単なる紅葉の風景ではなく、江戸時代から続く町並みに生きる人の今と未来を描くことである。

つまり住民の生けた植木や訪れた旅人はこのテーマにとても重要なのだ。
手を抜くことなく、細部まで描きこんだつもりである。

人物も同様だ。最初の写真(①図)では男女2人が映っていたが、女性は消して男性と手をつなごうとしている子供の姿を描いた。「未来」を加筆したといえばいいだろうか。

完成した作品が下図だ。ほぼ当初の狙い通りに仕上がったと思っている。

⑦完成図「宿場町 石見銀山

P.S
このブログでは多くの水彩画に関する記事を書いている。興味のある方は下記リンクを参照してほしい。