建物のある風景を描くのが好きだという人はそれなりに多い。私もその一人である。だが実は同じ建物でも「神社」のある風景は絵になりにくい。何故か?今回は神社の基本解説とその一例、平野神社のスケッチを紹介する。
目次
1.神社が絵になりにくい訳
2.神社の様式の基本
3.平野神社の特徴
4.平野神社をスケッチしてみた!
神社が絵になりにくい訳
冒頭の私の質問がピンときた人は相当建築に詳しい人だ。答えは「本殿がスケッチできない」からだ。
神社はとても神聖な建物で神の宿る本殿は普通の人は入ることはもちろん見ることも難しい。
一番格式の高い伊勢神宮では本殿は遥か彼方にあり、皇室の血縁者だけが側で参拝できる。一般の人は近寄ることも、建物を見ることさえもできない。伊勢神宮のシンボル写真がはるか手前の五十鈴川に架かる橋の鳥居なのもそれが理由だ。
伊勢神宮のように大きくなくても、大抵の神社は本殿と拝殿がセットになっていて私たちが目にするのはその拝殿であり、神社建築独特の屋根とその上にある鰹木や千木も拝殿に隠れて見えない事が多い。
「風景画」を「人の生活を表現したもの」と定義するなら神社は最も縁遠い風景なのだ。
神社の様式の基本
だが神社建築は日本独自の文化的な遺産であることに違いない。日本人の絵描きとしては神社を描きたいと思うのも本音である。そういう人のために、神社建築の基本だけ説明しておこう。
日本の神社には二つの形式的な系統があった。言うまでもなく伊勢神宮と出雲大社である。両者の決定的な違いは前者は平入、後者は妻入りである事だ。共通要素は両社とも直線的な切妻屋根を持つことだ。
伊勢神宮の建物を「唯一神明造り」、出雲大社を「大社造り」という。だが実は私たちの周りに、この両者に代表される形式の神社建築はあまり多くない。
その理由は二大神社である社をそのまま真似するのが畏れ多いこと、構造的に進化してゆくこと、優美な日本文化と融合したことなどが挙げられる。
出雲大社の妻入り形式を受け継いだのが「春日造り」、伊勢神宮の平入の形式を受け継いだのが「流れ造り」である。
後代の春日造り、流れ作りと古来の大社造り、唯一神明造りとの違いは、入り口に庇のような小屋根がついたことと、屋根が曲線になりイメージが優美になったことである。さらに建物のパーツも朱塗りで華やかになった。
私たちが普段目にする神社の大半は平入屋根の入り口部分が長く伸びて庇状になった流れ造りだと思う。散歩がてら近所の神社をもう一度見て欲しい。
平野神社の特徴
平野神社はもう一方の発展した形式、「春日造り」である。妻入りの建物の正面に庇がついている。切妻の屋根の一方をそのまま伸ばして庇とする流れ造りよりも建築的には複雑だ。
この様式の代表例は言うまでもなく奈良の春日大社。配置図を見ると、本殿は春日造りの建物が独立して4棟並んでいる。
だが例に漏れず、この本殿は写真撮影禁止だ。通常は手前の中門から参拝し、本殿は見ることはできない。
それに対して平野神社は本殿の全貌を間近に見ることはできないものの、拝殿の後ろに、切妻の本殿が4棟並ぶ姿を誰でも見る事ができる。素晴らしいことだ。
せっかくの日本建築の遺産、どんなに高貴な建築でも「見せないことが」良いことだとは私は思えない。いつかどんな神社の本殿でも誰もが見られるようになってほしいと思う。
さらに調べてみると、同じ春日造りでもこの平野神社の本殿は2棟づつ連結した建物が並んだ「比翼春日造」別名「平野造り」と呼ばれる貴重な建物らしい。
スケッチしてみた!
つまり平野神社は学術的に貴重な建築様式であり、かつ本殿が誰でもスケッチできるという珍しい神社なのだ。冒頭のスケッチをご覧いただきたい。神聖な森を背景に4つの本殿の屋根がリズムカルに並ぶ様は神々しく、かつとても美しい。すぐにスケッチブックを広げたことは言うまでもない。
ちなみにこの絵のままの姿を普通に写真に撮ることはできない。何故なら通常は下の写真のように、手前の拝殿の柱や軒が邪魔して視界は遮られてしまうからだ。
その点、スケッチなら風景画にとって不要なものは自由にカットできる。これもまた絵描きの特権である。
P.S.
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