■美術館二つの顔
以前から見たかったこの美術館、私が惹かれる原因は二つある。一つはもちろん大好きな北斎の作品がたっぷり展示されているから。
もう一つはこの建築の設計者が有名な妹島和世氏であり、そのユニークな空間を自分自身で体験したいと思っていたからである。というわけで、今回は建築と絵画両面からの話題を提供したい。
■建物の特徴とその功罪
建築学的な素晴らしい評価については専門誌にお任せするとして、今回は一般利用者として見た気になる点を述べてみよう。
外観
ご覧のように外壁は銀色に輝くアルミパネルで出来ている(上図①~③)。落ち着いた周辺環境の中では異彩を放っている。「すみだ」「北斎」というやや古臭い歴史的なイメージを覆す狙いがあったのだろうと推測する。形体的な特徴は2つある。途中で折れ曲がった斜め壁の外壁と通り抜けができるやはり斜め壁のエントランスだ。
エントランス
まずは写真を見てほしい。(下図④⑤)
驚きの空間だ。壁が倒れるように自分に迫る。そして通常は暗いはずのエントランスの先に通り抜けの外光が入る。デザイン的にはとても面白い。
だが、人は一般に驚きの空間を目にすると逆に身近な物体には注意が散漫になる。ガラスの壁面は特に見にくい。
結果はご覧の通り。歩いていて壁に頭をぶつける人が多いようだ。足元には注意喚起のコーンが並ぶことになる。これは作者が意図した空間を残念ながら壊している。だが、公共建築である以上「安全第一」はやむを得ないだろう。芸術か?安全か?・・・皆さんはどう思うだろうか?
斜めの外壁
私たちは伝統的な日本の家屋において、斜めの外壁は殆ど存在しないことを知っている。何故だろうか?
もちろん構造学的な工夫が必要で施工が面倒という理由もある。だが日本においては雨水の処理の容易さが最大の理由だと私は思っている。
日本の家屋で斜めの面は壁ではなく「屋根」である。そして屋根の下には通常「軒樋」があり、屋根に溜まったほこりが「泥水」となって外壁を汚さないように、最下部に「軒樋」を設けている。
一方この建物では雨を受ける斜めの壁面とその下の壁は単純に折れ曲がっているだけ。先端に「軒樋」はない。デザインを考えれば当然の処置だが、泥水の雨は容赦しない。⑧の写真の垂直の壁は特に汚れていないのに、⑨の写真のように斜め壁は泥水の流れた後が外壁に染みついている。せっかくの美しい外壁が台無しである。残念だ。
雨水のデザイン
通常建物周囲に降った雨は道路沿いの溝に流れて下水に導かれる。皆さんがよく見かけるコンクリートや鉄製のグレーチングで蓋をされた側溝がその主役である。
ところがこの建物の周囲にはその溝がない。いや正確にいうと極めて細いスリット状の溝がある(写真⑩の赤丸部分)。だが周囲の床はコンクリートと植栽の土であり、ご覧のように雨と共に流される砂で、溝はすっかり塞がれてしまっている。
私が訪れた前日は雨だった。流れない水は土間に溜まりいつまでも湿ったままである。写真右の歩道は既に乾いているが、敷地内は水がはけないので、湿ったままである。
この状態を放置すると、コンクリートのクラックに染み込む水はエフロと呼ばれる白っぽい泡のような汚い異物を吐き出すようになる。竣工当初は美しかった足元も、色褪せて見えてしまうことは間違いない。
こちらははっきり言って設計の考慮不足だ。雨水は本当に注意が必要なのだ。
■北斎作品展示の特徴
写真撮影可!
さていよいよ展示を見てみよう。
通常大きな美術館では館内撮影禁止である。だがこの北斎美術館は(企画展を除いて)撮影自由である(写真⑪)。太っ腹な美術館なのだ。
デジタルアーカイブ!
しかも作品は高解像度デジタルアーカイブされているので、北斎のほとんどの作品がクリアな画像で堪能できる(写真⑫)。
私は雑誌の北斎特集、あるいは北斎画集などを見ていて、私の水彩画にもこんな魅力が欲しい、こんな絵を描いてみたいといつも思う。
だが縮小された印刷では色や筆のタッチがわからない。彩度だって怪しいものだ。
このアーカイブはそんな日頃の鬱憤を一気に晴らしてくれると言っていい。水彩画家としては、サブスクリプションでいいので、ネットを経由しいつでも自宅で見られるようにして欲しいと思う。
北斎漫画は素晴らしい!
写真撮影は許されていなかったが今回の企画展も素晴らしかった。北斎の素描集ともいうべき「北斎漫画」の製本が何十冊も並べられており、「自由の手にとってみて良い」と記されていた。
「えっ本当?」感激したのはいうまでもない。縮小印刷の画集とは生き生きとした筆運びが全く違うと言っておこう。
「これは原本?」と一瞬思ったが流石にそんなはずはなく、高級な複製作品だと言う。だが見る価値は十分だ。
北斎の執念!?
上の写真は何だかわかるだろうか?
実は北斎と娘の応為のリアルな人形である。家の中は散らかり放題、布団に潜りながら絵を描く…小説で読んだままの北斎の創作シーンが制作されている。
「んー!」と感心し、出口に向かおうとした時、背後に何か気配を感じた。振り向いたが誰もいない。気になってそのまま北斎の人形を見つめていると、なんと筆を持つ手がぴくりと動いたのだ。
その気配の原因は北斎だった。
最後の最後まで「北斎」を意識させる…心憎いばかりの展示であった。まだ訪れてない北斎ファンはすぐに足を運ぶことをお勧めする!
P.S.
今回のテーマ「建物デザインと雨水」の関係についてもっと知りたい人は下記を参照してほしい。
P.P.S.
今回は直接触れなかったが私の水彩画の描き方については、下記を参照してほしい。
- 「売れる絵の条件とは?→」
- 「下書きはいらない!建物のある風景をペンで描く→」
- 「何故上達しない?知っておきたい水彩画の正しい着彩手順!→」
- 「意外に知らない水彩画上達法とは?→」
- その他「「絵画上達法→」
P.P.P.S.
私の作品の一部を「加藤美稲水彩画作品集→」で公開しています。是非ご覧ください。
また作品はオンラインストア「水彩STORE美緑空間」で販売しています。人物画、海外の風景、日本の風景などジャンル別に検索可能です。併せてご利用ください。
コメントを残す