茅葺き屋根の村を旅する
私が描く水彩画は国の指定した伝統的建造物群保存地区」であることが多い。
そして一般的にこの「重伝建」は文化財を維持、保存し得る環境の町、つまり人口密度が高く、経済的に余力のある寺内町、宿場町、商家町などが多い。
だから今も旅するのに交通機関に不自由することはない。
一方で、今回取り上げる相倉(あいのくら)と菅沼(すがぬま)はいずれも富山県の山奥の小さな村である。この村と岐阜県白川郷の合掌造りをまとめてスケッチしようと決心したものの、車を運転しない私にとってはとんでもない大旅行だった。
私と同じようなスケッチ旅行を計画する人のために、一応、今回辿ったコースと交通機関を紹介しておこう。
まず私の地元神戸からJR特急サンダーバードで金沢へ行く。少し前に開通した北陸新幹線に乗り継いで新高岡へ。列車はここまでしかない。
しかし幸いなことに、最近は「世界遺産バス」が開通している。新高岡から揺られること1時間でようやく相倉に到着だ。この世界遺産バスは今回のスケッチ旅行でとても貴重だった。
本数が少なく、スケッチ時間の調整にかなり気を使ったが、この後菅沼、白川郷へもこのバスを乗り継いで行くことができた。
そして帰路は白川郷からJR高山駅までローカルバスに乗り、高山から名古屋まで特急ひだに乗る。名古屋で東海道新幹線に乗りやっと新神戸へ到着だ。2泊3日、久しぶりの国内大旅行だった。
相倉合掌造り集落
さて冒頭の水彩画の説明をしておこう。いつものようにペンと透明水彩絵具をで描いている。(「ペンと水彩で描く風景画の魅力とは→」を参照)
以前に、風景画で一番大切なことは「構図」であると書いた。今回もその言葉がぴったりと当てはまる。
というのは、宿にしたこの合掌造り民家の一軒に旅装を解き、さっそくスケッチに出かけたものの、先に述べた、宿場町や商家町と違い、民家が軒を揃えて並ぶという、いつもの安定した構図が描けない。上の写真を見ていただければわかるだろう。
山奥の農村である以上、当たり前ではあるが田畑の中に民家が点在してしまうのだ。もちろん一民家を中心に背景の山並みを描くことはできるのだが、山に囲まれたこの町の生活の様子を描こうとすると、単体の民家だけではつまらない。
そこで村の中を散々歩きまわった末、たどり着いたのが山の中腹、木立の間から覗けるこの風景だったのだ。
村の集落はこれが全て。視界にすっぽり収まってしまう。宿の夕食の米はもちろん、魚も野菜も全てここで取れたものだそうだ。自然との一体となった村の生活が見て取れる、いい構図だと思っている。
この絵のもう一つのポイントは背景の山の残雪だ。雪の白が実に美しい。ここで使ったテクニックはマスキングインクだ。(「水彩画の道具 マスキングインクって何?→」を参照)
先に雪の部分をマスキングインクで覆っておき、絵の全面を塗り終えた後、マスキングインクを剥がす。ご覧のように水彩紙の白がそのまま空よりも明るく輝く雪に変わる。
もちろん山の高さは、現実よりもかなり高く描いて、残雪の姿をを強調している。これも写真作品にはできない絵画だけの芸当だろう。
菅沼の合掌造り集落
菅沼は相倉よりもさらに小さな村だ。相倉は山の中腹に立たないと村全体を見渡すことが出来なかったが、この村はご覧のように村の入り口に立っただけで、「全て」の合掌造り民家(9棟)を見渡せてしまう。
ひなびた村の情感が感じられ、もちろんここでもスケッチしたが、やはりこの規模では、農村としての自営は困難なようだ。残っている民家は農家というより土産物の店ばかりだったのが残念だ。
P.S.
このブログでは文中にリンクを張った以外にも下記のような関連する記事を書いている。興味ある人は参考にしてほしい。
[…] 以前の投稿で富山県相倉(あいのくら)、菅沼の合掌造りの絵を描いた(詳細はこちら→)。今回はいよいよ世界遺産でもある岐阜県白川郷の合掌造り集落を描く。 まず「合掌造り」の基本を説明しておこう。通常、日本の家屋の勾配屋根は梁の上に高さの異なる柱(束)を立て、それをつなぐ材(母屋)に斜めに垂木を渡すことによって造られる。 それに対して、合掌造りは梁の上の柱(束)がなく、梁から最上部の棟木に向けて斜めに「人」形に屋根材をかけて作られる。 しかも屋根の角度は最大60度で、高さは2~3階分ある。つまり通常の家屋の上に巨大な無柱空間ができている。 この空間は、本来なら貧しい山奥の農村に養蚕という産業を可能にし、人手とこの文化を維持する経済力を提供した源であったともいえる。 私は「合掌造り」は単に建築の様式美によって世界遺産になったわけでなく、山村の経済と文化を育んだ遺産として認定されているのだと理解している。 […]
[…] 南砺市相倉 […]
[…] 水彩画を精力的に描き出したあなたへ。 このブログでお勧めしたような水彩紙、筆、絵具などの「描く」道具についてはもう理解していただいていると思う(カテゴリ:絵画上達法を参照)だが透明水彩は紙の「白」を塗り残すのが基本。だから絵具から下地を「隠す」道具が必要だ。それが「マスキングインク」だ。その基本的な使い方については「水彩画の道具マスキングインクって何?(詳細はこちら→)」ですでに触れた。この記事を読み進める前に目を通してほしい。 また、私の作品紹介で以下に具体的な使用例を記しているので、参考にしてほしい。 「水彩画入門色塗りの基礎技法を覚えよう!」 「ペンと水彩で描く風景画!ミラノ大聖堂を描く秘訣は?」 「水彩で描く風景 角館の武家屋敷」 「水彩で描く風景画 相倉と菅沼の山村」 「水彩で描く風景 世界遺産姫路城」 「水彩で描く風景画 アルハンブラ宮殿」 […]
[…] P.S.今回の旅は本来がスケッチ旅ではなかったので、茅葺の民家を十分に見たとは言えない。ただ、やはり本文でも述べた通り、瓦葺に替わってしまった家屋や茅葺の上に金蔵屋根を葺いた民家が目立つ。茅葺をスケッチするならやはり(白川郷の合掌造り→)や(相倉の合掌造り→)の村落の方が見ごたえがあると思う。それぞれの記事にリンクを張っておいたので参考にしてほしい。 […]
[…] 「水彩で描く風景画 相倉と菅沼の山村→」 […]