人物画はとてもむつかしい。それだけに魅力的な題材なのだが、水彩画で人物画を描くときに、特に注意すべきことがいくつかある。私自身よく失敗することなのであらためて書き留めておこうと思う。
目次
1.水彩画の人物画と他の画材で描く人物画の違いとは?
2.下書き線を引く時の注意点
3.下塗りの注意点
4.肌の陰を描く時の注意点
5.服を描くときの注意点
6.仕上げの注意点
7.まとめ
■水彩画の人物画と他の画材で描く人物画の違いとは?
「人物画はむつかしいかもしれないけど、それは水彩だって、油絵だっておなじでしょう?」
こんな声が聞こえてきそうだが実は違うのだ。
それは特に透明水彩絵具と水彩紙の性質によるところが大きい。デッサンや下書きも下塗りも、仕上げ塗りも各プロセスで水彩画独特の注意点があるのだ。順を追って説明しよう。
■下書き線を引く時の注意点(①図参照)
一般的に人物画を描く時の下書き線は顔にほとんど影を描き込まず、鉛筆でアウトラインだけを描くことが多い。影は水彩絵の具で描く場合が多いからだ。
この時注意しなければならないのは、往々にして目や口など細かなパーツのアウトラインの形に気を取られすぎ、立体が作る陰影の存在を軽視してしまうことだ。鉛筆デッサンが得意な人ほどそのミスに気が付かないので注意しよう。
だからその後、絵具を塗り重ねるに従い、鉛筆線が見えなくなったときに一気にデッサンの狂いが表出することになる。対策は下書きの線の形ではなく面と全体とのプロポーションに気を配ることだ。
■下塗りの注意点(②図参照)
鉛筆でアウトラインが描けると、まず下塗りをする。
背景から塗る人、顔から塗る人など、作家によって塗る順序は異なるようだが、大切なことは下塗りだからと言って頬や鼻、服の白などハイライト部分も一緒に塗ってしまわないことだ。
水彩画は油絵のように最後にハイライトに純白の絵具を置くのではなく、水彩紙の白を塗り残す必要があるからだ(マスキングインクを使う方法もある)。
水彩画の場合は下塗りの肌色がそのまま肌の明るい部分になる。つまり下塗りが濃すぎると肌色全体が暗く沈んでしまう。
肌色は逆光か順光か、あるいは夏か冬か、そのベースとなる色調はさまざまである。下塗りだからと言って決していい加減に塗ってはいけない。
■肌の陰を描く時の注意点(③図参照)
水彩画で人物画を描く時一番神経を使う場面である。ある程度描き進んだ後、画面に水を引き、ウェット状態にして肌の陰色を置く。
すると水彩画独特の滲みが美しい肌の陰を作ってくれる。その効果は油絵では決して出せない美しい表現だ。
だが一方でこの瞬間の絵具の配色、絵具量、水分量を間違えると本来陰にしたくなかったところまで一気に濃い絵具が広がり四方に色が走ってしまうことがある。
もちろんそんな時はすぐに絵具をリフティングするのだが、度々にじみやぼかしを繰り返していると徐々に明暗のコントロールが出来なくなる。
しかもある点を超えると、色を重ねるに従い画面が濁ってきて、修正も効かなくなる。
そうして気が付いてみると陰の位置が狂った、つまり顔の立体感が決定的におかしくなった人物画が出来てしまう。
特に顔の細部を描く時にはついパーツの形だけに筆先の神経が向く。陰の位置の全体との位置関係、明暗バランスの狂いに気が付かないまま色を重ねてしまう。対策は常に全体を見ながら細部の色を入れるという基本を忘れないことだ。
■服を描くときの注意点(④図参照)
そろそろ仕上げも近い。服を描こうとして画面を見ると、肌の部分と服の部分がくっきり濃い絵具の縁取りで分かれてしまっている。立体感がなくとても醜い。そんな経験があるのではなかろうか?
その醜い縁取りができる理由は絵具の水滴が紙の表面に浮いたまま乾燥するからだ。サイジング(にじみ止め)の強い紙や半乾燥状態で絵具を載せるとエッジが濃く残る。
対策はエッジを後でこすり取ることを前提でわざとはみ出して塗っておく。あるいは塗った後、筆で境界をすぐにぼかしてやることだ。
服の模様を描くのは意外にむつかしい。もちろん写真を撮って正確に写すのも一つの方法だが、水彩画ならではの表現をしたい。コツは思い切って強調する部分だけを強く描き、残りはぼかしてしまうことだ(スカートの模様表現に注意)。
■仕上げの注意点(⑤図参照)
塗り残しが困難な細かなハイライト(この絵では鼻筋、鼻の頭、イアリングやペンダント)はマスキングインクを使用することになる。
仕上げはこのマスキングインクをはがすことから始まる。
というのは通常マスキングインクをはがした部分は真っ白であり、インクのエッジが周囲となじんでいないことが多い。
特に鼻筋などは、あまりに白がくっきりと残っていると違和感がある。
対策はまず水だけの筆でそのインクのエッジを柔らかくすることだ。この時あまり強引に紙を筆先で強くこすると紙が傷んで周囲の色がエッジに沿って沈み込むことがあるので注意しよう。
またマスキングインクの中には長時間塗ったままにしておくと、成分の色が紙に染み込み、インクをとっても汚い色が残ることがある。早めにとることを心がけよう。
アクセサリーの白抜き部分に、固有の色を入れ、全体が馴染んだら最後にもう一度画面全体を眺めよう。
水彩画は作画中に何度も紙面に水がのるので、最初に描いた濃い絵具も徐々に薄くなる。
そこで服と体の境目等、最暗部に濃い陰色を入れる。これで完成だ。(⑤図参照)
■まとめ
透明水彩で人物画を描く時の注意点をあげてみた。他の画材と比べて何と注意点の多いことか。しかもどの注意点も失敗するとやり直しがきかない。本当に厄介だと思う。
下書き線の意味、塗り残しの意味、にじみやぼかしのコントロール法、マスキングインクと仕上げ前の色の調整など、いずれも基礎となるデッサンやクロッキーの訓練以外に知識の習得や技術の習熟が必要なのだ。
でもだからこそ水彩画の人物画は面白いといえる。是非取り組んでほしい。
P.S.
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