忘れがちな人物デッサンのコツ

ある絵描きの失敗

 ある日の日曜日。その絵描き(Yと呼ぼう)は人物画のモデルを求め、いつものように近くのカルチャーセンターに出かけた。

 その日はいつにも増して気力は充実。彼は早々とアトリエの前列に陣取り、モデルの登場を待った。


 現れたモデルは期待に違わず、大柄、長身で目鼻立ちもハッキリした彼好みの美人だった。ポーズも均整の取れた肢体とマッチしたいいポーズだ。しかも顔はやや斜めを向き、目鼻立ちを協調するいい角度。モデルのかすかに微笑んだ表情も抜群だ。

 創作意欲を刺激された彼は、猛然と最初の20分を描き始めた。15分ほど経った頃、突然彼の手が止まる。しばし困惑の表情を見せていたが、練りゴムでせっかく描いた鉛筆の線を消し始めた。どうも画面の右側がポカンと空いてしまっていたことに気が付いたようだ。

 再び鉛筆を握ったものの、間もなく20分終了のアラームがなる。1回目のポーズ終了だ。

 彼のいくカルチャーセンターは人物画の教室で、20分のポーズが4回、間に10分の休憩が入るシステムだ。

 休憩が終わり2回目のポーズが始まった。当然まだ画面の描き込みは希薄だ。最初の20分の遅れを取り戻そうとしたのだろう、彼はまずお気に入りのモデルの顔の部分を描き始めた。

 特に長い睫毛と細い顎にこだわりがあるようだった。何度も練りゴムで消し、形を整える。そして彼は「ふー」というため息をついた。どうやら顔が描けたようだ。彼は呟く、「うん、いい出来だ。」と、同時に終了のアラーム。

 ほっとしてトイレに立ったものの、戻って来た彼は自分の絵を見て、またまた失敗に気づくのだ。

 「顔の形も目鼻口もよく似ている。完璧だ。でも顔の位置と肩の関係がおかしい。顔の肌もなんだか薄黒くて汚い・・・。」

 次の20分が再開した。デッサンが狂ったまま仕上げるわけにはいかないと彼は決断したようだ。また練りゴムで、今度は体を消し始める。線を修正し、影を入れる。

 次に顔に戻り、汚く見える肌の部分を練りゴムで消す。・・・いかん、白すぎる。またうすく鉛筆を入れる。今度は服の影が濃すぎる。また練りゴムで消す。

 まさに地獄の格闘を繰り返しているようだ。そして終了。彼の努力にもかかわらず、絵は全体に練りゴムが入ったので、どこも頼りない感じだ。

 そして最後の20分が始まった。と同時に彼の顔が引きつった。そして何と、先程彼が「完璧だ」と納得していたはずの顔の線をまた消し始めたのだ。

 彼は呟いた。「顔の向きが変わってる。」多分モデルが動いたのに違いない。彼が個人で雇ったモデルなら「角度が違う!」と言えば済むのだが、ここは皆が絵を描くカルチャーセンター。わがままは許されない。

 角度がかわりつつあることに最後まで気づかなかった彼が悪いのだ。だから泣く泣くまた顔の線も消し始めたというわけだ。
 こうして彼の悲惨な午後は終わった。

失敗の原因は?

 さてこの哀れな絵描き、Yの失敗はなぜ起きたのだろう?断っておくが彼は決して初心者ではない。かなり「描ける」はずなのだ。

 理由はシンプルだ。「部分を見て全体を見ない」からだ。しかし問題はそれほど単純でない。何故なら「こだわり」や「部分を見る」ことは絵が上達するうえではとても大切なことだからだ。

 例えば、名画を見るとき、何故こんな絵が描けるかは、遠くからその雰囲気を眺めているだけではわからない。絵描きならば、その秘密を探るために徹底的に気になる部分のディテールを観察すべきだと思う

 しかし自分でデッサンするときは、部分にこだわってはいけない。対象は冷静に観察し、全体に目を配る必要があるのだ。

 私がタイトルに「忘れがちな」と記したのは、そのデッサンのタブーを破らないためのちょっとしたコツがあるからだ。

デッサンを失敗しないためのコツがある

さっそくそのコツを教えよう。

■初めにイメージラインを引こう

 人物画は大体ポーズが決まっている。調子のいい時ほど、つい細かな構図は気にせず、気に入った部分を画面のメインに据えて描き始めてしまう。Yの最初の失敗がこれだ。

これを防ぐコツは、線を引く前に、頭で描いた構図のラインをまず紙に鉛筆をかざし、宙に全体を引いてみると良い。そうすると画面全体との関係を嫌でも意識することになるので、最初の20分にYが犯した構図ミスは防げるのだ。

■20分区切りでデッサンを完成させよう

 気に入ったモデルであるほど、先に顔を描いて安心したくなるのが絵描きの本性。しかし「人物デッサン」というからには描く対象は半身、あるいは全身だろう。顔なんてその一部に過ぎない。顔に拘らず、全体を描き進めよう。

 そのためには、1ポーズ20分ごと、どの時点でもそれなりに作品になっていることを意識するようにするとよい。結果として一部分だけを描き込むことを避けられるだろう。

■顔の特徴を言葉にしてみよう

 顔を描く時も一部にこだわってはいけない。特にYのように、モデルの睫毛や顎が気にいると真っ先にその周りを描き込んでしまう。結果的に顔の中でのプロポーションや明暗が全体として狂ってしまう。その修正は、消しては塗り直しを繰り返す地獄のループの始まりだ。

 それを避けるためにはモデルのポーズ、特徴の何が気に入ったのか、その結果として現れる光と影、目口鼻のパーツはどう見えるのかを言葉にしてみよう。

 例えば、背が高いモデルの立ちポーズを斜めから見ているとすれば、「顔は下からの見上げだ。鼻の穴は見えるし、まつ毛も長さとカーブが良く見える。」とか「右目と左目は透視図の消失点(あなたの目の高さだ!)に向かって片方の目の位置は下がるはずだ。」

 あるいはモデルの個人的な特徴も言葉にしてみよう。例えば通常は鼻下のラインから顎下までの距離と眉のラインまでの距離は同じだが、「この人は鼻より下のプロポーションが小さい!だから顎も小ぶりで唇も小さい」。

 こういうことを描く前に言葉として整理しておくと、顔のパーツにこだわりすぎる気持ちを抑えられるはずだ。

 そしてそれらの特徴を決定する基本線や点を画面に落とし込んでおく。例えば鼻の中心を通る顔の垂直線、両方の眉、目、耳及び唇の水平線。

 これらの補助線を引いておけば、多少モデルが動いても目口鼻位置の調整は比較的容易なのだ。Yのように仕上げ段階でモデルが多少動いても、また顔を全部消す必要はないのだ。

■鉛筆は目から芯先を離すように持とう

 部分にこだわり始めると、例えば睫毛を描こうなどとすると、いつのまにか文字を書く時のように、芯先に目を近づけてデッサンしているはずだ。これはYの失敗そのものだ。他の部分との狂いに気づかないまま顔だけを描いてしまうのだ。

 これを防ぐには、まず鉛筆の持ち方に注意する。各種の教本にある通り、鉛筆のお尻の方を、包丁を持つような握り方で軽く持つ。この持ち方は物理的に目と紙面の距離を離してくれ、画面全体に気を配りやすくしてくれる。

■練りゴムは線を消すのではなく、明るい部分を描くために使おう。

 Yは目口鼻を決めるために早々と練りゴムで、いったん描いた線を修正し始めた。すると、線だけでなく消した周辺が面として明るくなってしまう。それが画面の明暗バランスを崩し、また最初からやり直す羽目に陥った原因だ。

 私は間違ったと思った線も基本的には消さない。線を重ねて影の範囲が決まると、最初は間違ったと思っていた線が気にならなくなる。

 それに伴って明るい部分が決まってくる。その時、周囲より明るい面に練りゴムを入れるのだ。決して線を消そうとしているわけではない。

以上人物デッサンの5つのコツ、理解してもらえただろうか?是非実践してみてほしい。

P.S.
この記事は「人物デッサン」に焦点を当てた。しかし本当は物画を描くための、もっと基礎的な練習として「人物クロッキー」がある。そのための道具と描き方(「人物画の基礎クロッキーの道具と描き方→」を参照)について別に記事を書いているので、興味のある方は参照してほしい。

P.P.S.
 この記事はあくまで「人物デッサン」の心構えをテーマに書いたつもりだ。
 しかし実のところ、せっかく苦労して仕上げた鉛筆デッサンを習作として引き出しの奥にしまい込むのではなく、できれば水彩画として作品にしたくならないだろうか?
私の人物画の描き方はそんな気持ちから生まれている。そのプロセスに興味ある人はこちらのページ「素描をデッサンだけで終わらせない!私の人物画作法とは→」をご覧いただきたい。

P.P.P.S.
人物画についてその他以下の記事を書いているので興味ある方は参照してほしい。

デッサンについては
顔のデッサン練習中!?知っておきたい5つの勘違い→
石膏デッサンを練習する意味とは?→
デッサン練習中!それでも上達しない理由は?→
手のデッサンは難しい?→
透明水彩で描く人物画 デッサン編→

水彩で描く人物画については
■「水彩で描く人物画!5つの注意点とは?→
水彩で描く人物画!背景はどう描くの?→
私の人物画が売れた訳→
人物画の背景に風景を描こう!→

技術全般については
■カテゴリ「絵画上達法→
加藤美稲水彩画作品集→

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