水彩で描く人物画!背景はどう描くの?

 水彩で人物画を描き始めた人へ。今回は背景について考えてみたい。

 「背景?」
 「そんなのまだ先の話!」
 「まずはデッサンでしょう?」
 「水彩で肌色をどう出すかでしょう?」

 などという声が聞こえてきそうだが、実は「背景」は人物画にとってとても大切な要素なのだ。あなたが描きたい人物画にはどんな背景がふさわしいのか、一緒に考えてみよう。

目次

1.人物画の背景に正しい描き方はあるか?

2.抽象的な背景

 2.1下地の色をそのまま活かす

 2.2人物のポーズや衣装の色に合わせて調和の取れた背景を描く

 2.3具体的なイメージを抽象化する

3.具象的な背景

 3.1アトリエの風景を描く

 3.2屋外の風景を借景として描く

4.背景に欲しいものとは

5.後書き

■人物画の背景に正しい描き方はあるか?

 難しい問題だ。人物画の教本を読んでも、デッサンや肌の色、服の皺の表現については詳しく書いてあるが、背景についてはあまり触れられていない。
 描く順序も先に背景を塗る作家もいれば、後から塗る作家もいる。あるいはそのモデルの服装によって決めているという人もいる。だから、「これ」という正解はないのだろうと思う。

だが過去の作品を見る限り、ある程度のパターンと分類分けができそうだ。それを分析して、あなたの人物画の背景に必要なものを考えてみよう。

■抽象的な背景

 背景に具象的なモチーフを描かず抽象的な処理をしたもの。以下のように、いくつかのパターンがある。

■下地の色をそのまま活かす

 これにはさらに2つのパターンがある。

 一つは紙の白、または淡い色の紙の下地をそのまま背景にする方法だ。イラスト的な人物画に多い。イラストならその言葉の定義通り、「人物の説明」がなされていればいいので、下地の色のままで良い。
 透明水彩で似顔絵を描く場合などもこれに相当するだろう。人物の一部の背景だけを一塗りして仕上げることもある。竹久夢二の作品にはこれに近いものがある。(1図)

 もう一つはグレー系の下地(カラーキャンソン紙、イラストボードなど)にパステルやガッシュで人物を描く場合。これらの画材は不透明なので下地の紙の影響を受けない。

 鮮やかな肌の色、衣装の色が表現できる一方で人物の周囲は下地のグレー系の色がそのまま出る。先の白一色の背景よりも人物が引き立つ。短時間で仕上げるには最良の方法だ。

 私が好きな小磯良平の素描は大抵このパターンだ。素描とは言え、下地の色を活かしつつ、心憎い一筆(ここが達人の所以なのだが)を入れて仕上げている。著作権の関係で画像は載せられないが、神戸市立小磯記念美術館(https://www.city.kobe.lg.jp/kanko/bunka/bunkashisetsu/koisogallery/index.html)にかなりの作品が収蔵されているので見てほしい。

■人物のポーズや衣装の色に合わせて調和の取れた背景を描く

 実は人物画の背景で一番多いのがこのパターンだ。あなたの今描いている人物画も多分このパターンではないだろうか?しかし実はこれは最も困難な手法でもある。

「調和の取れた」とはどんな背景なのだろう?一つの回答は、見たままの色を背景に塗ることだ。とりあえず、何となくアトリエの白っぽい壁の色を塗る。それなりの仕上がりだ。しかし特に調和を考えたわけではないのでしっくりこない。

 悩んでいるあなたに、講師が「服の色を意識して背景を塗りなさい」とアドバイスすることもある。すると人によってはモデルの服の色の補色を塗ったりする。例えばその日のモデルの衣装が紫であれば、黄色を塗ったりする・・・これでは人物よりも背景に眼がいってしまう。

 もちろん色彩感覚のある人はそれなりに美しい画面に仕上げるのだが、やはりプロとの差は歴然としている。何故か?

 その最大の理由は、背景を平面的な「装飾」のスペースと捉えているからだろうと思う。

 例えばマネの「笛を吹く少年」(2図)。一見、何となくグレー系の色で単調に塗りつぶしているように見える。

 だが背景の色はブルーグレーとイエローグレーを中心に混色したもの。少年の衣装である黒と赤の両方を引き立てる巧みな配色だ。もやがかかったような背景と足元の濃い影との対照が少年の存在感を際立たせている。

 単に背景を塗りつぶしただけ・・・・。だが私には完璧に計算された、あるいは徹底的に試行錯誤した結果の背景だと思える。

■具体的なイメージを抽象化する

 その人物にふさわしい空間をイメージし、それを抽象化して背景にする方法だ。ルノワールの有名な肖像画「イレーヌ・カーン・ダンベール嬢の肖像」(3図)はその一つだろう。
 背景の緑の濃淡は可愛らしいイレーヌ嬢を包む柔らかな日差しと緑陰をラフなタッチで描いたものだろう。

 雰囲気は全く変わるがムンクの「叫び」もこのタイプの背景だろう。大気も川も全て「叫び」というテーマで抽象化されている。

 このタイプの背景の利点は光や周囲の色と言った空気感や人物のポーズや表情に合わせた躍動感、あるいは逆に静謐さなどを抽象化して表現しやすいことだろう。

■具象的な背景

 人物の背景に室内外の具体的なモチーフが描かれているもの。これにも以下のいくつかのパターンがある。

■アトリエの風景を描く

 先のパターンで、何となくモデルの背後の壁色を塗ってもいい絵にはならないと指摘した。
 だが、アトリエの風景をリアルに描ききれば話は別だ。有名なベラスケスの「ラス・メニーナス」(4図)はまさに彼のアトリエでポーズを取るモデルを描いたものだ。背景はアトリエそのものだ。

 あるいはアトリエそのものではないが、モデルと関係の深い部屋の壁、窓、椅子やテーブル、絵や調度品などの装飾を描くというパターンはある。フェルメールの一連の作品(5図)はその代表例である。

この方法の良い点は、その人物が生活する、時代、場所、民俗、文化、思想などが背景に表現できるということだ。つまりその人物にとっての「リアルな空間」が表現できることにある。

■屋外の風景を合成して描く

 人物はアトリエで描き、背景はテーマにふさわしい屋外の風景を考え、合成して描くというもの。

 このパターンの人物画も多くある。実は私も頻繁に採用している。(その利点や制作上の注意点、取材方法については「人物画の背景に風景を描こう!→」を参照)

 この方法の最も優れた点は、背景の風景によって、画面に奥行きが感じられ、描かれた時と場所が表現できるので、人物の存在にリアリティが出ることだ。

 ただし絵のテーマが曖昧だとこのパターンは失敗する。カジュアルな衣装を着た日本人のモデルをアトリエで描き、背景にパリの街並みを合成したらどうだろう?
 「フランス旅行の記念ですか?」と言われるのがおちである。ここには絵のテーマが見えないからだ。

 このパターンの名画を二つあげよう。

 黒田清輝の有名な「湖畔」(6図)とレオナルド・ダ・ビンチの「モナリザ」(7図)だ。
 前者の背景は背景は芦ノ湖。日本の夏の情景を描いている。
 後者の背景はどこなのかまったくわからない。何より山の形も川のうねりも色合いも幻想的で、この世の風景とは思えない。

 両者の描く背景は全く違うものであるけれど、名作たる所以の共通項がある。
 「湖畔」に描かれた情緒的な風景は描かれた女性の涼しげな表情のためにある。
 「モナリザ」に描かれた不思議な風景は描かれた女性の謎の微笑みのためにある。
 つまり、「背景」は私たちがその絵に感情移入できるかどうかの鍵を握っていると言っていい。

■背景に必要な要素とは

 ここまで人物画の背景のパターンを調べてきた。そのなかで私なりに発見したことがある。私は人物画の背景は人物の存在感を示すための手段だと思っている。そのために「人物画の背景」に必要な要素は以下の3点だと思っている。

奥行き感。

 立体的な空間表現のことだ。背景を白紙のまま残すと何となく人物画として物足りないのは奥行き感の無さが原因だと思う。

 ベラスケスの「ラス・メニーナス」はアトリエの奥行きを正確に表現したもの。一方マネの「笛を吹く少年」の背景は単調なベタ塗りではなく、もやがかかったような表現で空間の奥行きを感じさせている・手法は違うが「奥行き感」を確かに描いている。

・空気感。

 季節の光や色、気候の表現だ。一番典型的な手法は光の表現だろう。順光、逆光、朝靄、雨、雪、水の反射、澄んだ空気など人物の衣装と一体となって表現するものだ。

 本当の背景がアトリエの壁面であっても、そこに窓を描き、光とその反射を強調し人物のポーズに合わせぼかしを入れると、空気感が出る。
 実は気がついていない人も多いと思うが、モナリザの背景はよく見ると窓枠が描かれている。窓の内側が現実の空間、窓の外が幻想的な空間と空気感も描き分けているのだ。

 マネの「笛を吹く少年」では足元だけに濃い影を描いている。曖昧になった奥行き感に影で現実の空気感を出すことにより、人物の存在感を高めているのだ。

・生命感

 人物の喜怒哀楽の抽象的表現を背景の表現で強調したもの。このタイプの背景は歴史的には新しい。ドガの踊り子の背景などはこの傾向が見られる。

だが誰もが認める代表例はムンクの「叫び」だろう。大気も川の流れもすべてがス安定な静けさに抽象化されている。

 インスタグラムを見ていると、最近の作家の描く背景にはこの生命感を強調したものが多い。例えば踊るバレエダンサーの背景、疾駆する陸上選手の背景などだ。
 背景の一部に明度や彩度の差をつけ、大胆な筆捌きで躍動感を強調している。アニメで育った世代の特技なのかもしれない。

 あなたが「背景をどうしようか?」と迷った時、背景に欲しい3つの要素、「奥行き感」、「空気感」、「生命感」を思い出して欲しい。きっと存在感ある人物画が描けるようになると思う。

■後書き

 実は私は人物画の背景を描くとき、水彩画が一番難しいと思っている。

 何故なら、油絵ならば無難なグレーや褐色系の色を下塗りしておき、人物の仕上がり状況に合わせて背景も描き進めるということが可能だ。万一失敗したら上にホワイトを重ね描きなおせばいい。だが、透明水彩はそんなわけにはいかない。

 下手に古典絵画の真似をして、最初に背景に褐色系の色などを塗ってしまうと、後から、どんな色を重ねようとそれ以上鮮やかにならないし、明るくなることもない。だから透明水彩で人物画を描く時の背景は最初の計画が非常に大事なのだ。

 水彩で人物画を描く作家の中には背景は敢えて後半のプロセスで描く人がいる。それは初めに濃い色を塗りすぎると、後から全体の調整が出来なくなるからだと思っている。

 水彩画は、人物画は難しい。でもそれだけに面白いのだ。

P.S.
 このブログには人物画について以下の関連する記事を書いている。興味ある人は参考にしてほしい。

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