水彩紙が風邪をひいた!どうする?ベルガモのスケッチより

 それはイタリアで描いた一枚のスケッチだった

 二度目のイタリアスケッチ旅でのことだった。いつものようにいつも使っていたラングトンの0号スケッチブックをスーツケースに入れた。

 冒頭の絵はそのスケッチブックでベルガモの寺院を描いたものだ。実はその年は帰国後すぐ個展の準備をしなければならず、このスケッチは着彩しないまま本棚で眠っていた。

一年後の着彩?!

 日常的にSM(サムホール)や6号のスケッチブックは結構頻繁に取り出し、それなりに目が行き届くのだが0号の絵は個展にあまり使わなかったこともあり、再びこのスケッチブックを開いたときはペン描きから一年以上経過していた。

 それがいけなかったらしい。続きを描こうと、まず水彩紙全面に水を含ませた。すると水分の吸い込み方が尋常ではない。

 あっと言う間に紙の奥に入り込む。それだけならまだいいが、吸ったところが薄黒く茶色に変色するのだ。

 そういわゆる「水彩紙が風邪をひいた」のだ。理由は水彩紙の表面に塗ってある滲み防止加工剤(サイジング剤)がダメになったからで、湿気があるとその劣化が早いと言う。(もっと知りたい水彩画の魅力!水彩紙とは?を参照)

 それまでも長く使っていたスケッチブックは端の方が同じような状況になるのを経験していたが、こんなに全面的に、風邪をひく状態を目にしたのははじめての経験だった。

あきらめるわけにはいかない!

 筆で水を引くと、瞬時にそこが、まだらに黒っぽくなる。とても透明水彩で描ける作品にはならないと、一時は諦めかけた。

 しかしせっかくイタリア、ベルガモまで行って描いたスケッチ。しかもこの絵は小さいとは言え、現地で下書きをせずいきなりペンで描いているところを多くの観光客から褒めてもらった、少しばかりお気に入りの絵なのだ。

 そこで開き直ってこの無節操な滲みを利用して作品にしてやろうと考えた。ここからはその苦労談である。

 よく考えればイタリアの建築の材料である石、テラコッタ、漆喰、レンガなどは案外暗く滲んでもそれなりにらしい表現になるのではないかと。

 そこでまず、画面左上の一番明るい壁の部分を恐る恐る塗ってみた。石の目地に合わせてとか、もう少し鮮やかになどと言う芸当は一切できない。
 だがムラだらけのくすんだ黄赤の色は石肌としてはそれなりに使えるようだ。

 筆のエッジを効かせた塗りはできないので、ひたすら明るい壁から暗い壁にグラデーションになるように滲ませてゆく。
 少しでも濃い色を入れると、極端に黒くなるので、影部分は薄いサップグリーンやヴァイオレットをそっと落とす。その繰り返しでなんとか画面全体に色を置いてみた。

 石壁部分はなんとか絵になるが、アーチやドーム、列柱周りがぼけて絵にならない。
 やはりダメかと諦めかけたが、幸いそれらの部分は濃い色は置いていない。色鉛筆なら水を使わないので、シャープな形を保ったまま色が塗れるのではないか。アーチで試してみると、なんとかなりそうだ。

 どうせ色鉛筆を使うなら、水彩には出しにくい彩度の高い色を使おうとあちこち手を入れた。そうして完成したのがこの絵である。

 会心の作とは言えない。「せっかく描いたスケッチは、絶対に作品にする!」・・・技術ではなく、気合が生んだ作品である。

水彩画初心者の方へ

 同じように、風邪引き紙の作品を仕上げたいと思っている方へ。
ここで述べた私と同じ手法がどの作品にも使えるとは思っていない。特に淡い色の混色は全く自由にならない(「人物画で水彩紙が風邪をひくと…!→」を参照)。

 実はこの絵を見たある人に「夕焼けですか」と聞かれたが、そうではない。ごく薄い空色を塗っても赤茶色に沈んだ色になってしまうからなのだ。
 そこで調べてみると、ホルベインからマルチサイジング液という製品が出ている。これを表面に塗り乾かして使えば、ちゃんと水彩紙として使えるらしい。試してみたらいかがだろう。

 なお、これに懲りて、最近はすべての水彩紙は乾燥剤とともに百円均一店で売っている密封袋に入れている。こちらも試してみることをお薦めする(「百円均一店で揃える水彩画の道具!」も参照してほしい)。

P.S.
 今回は色彩についての記事であるが、実はこの絵を現地でスケッチしていると、観光客が口々にほめてくれた。どうやら下書きなしでいきなりペンで描いているのが珍しいようだ。そんな私の建物の描き方について興味のある人は、以下の記事を参考にしてほしい

ペンと水彩で描く風景画の魅力とは
鉛筆はいらない!下書きしない風景画の描き方

 その他関連記事は以下の通り。興味のある人は参考にしてほしい。
■カテゴリ「絵画上達法→
■「スケッチの旅海外編→ピースボートでゆく世界一周スケッチ旅→
■私の作品は「加藤美稲水彩画作品集→


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8件のコメント

[…]  そしてこの彩色は帰国後のものだ。以前ベルガモの聖堂を描いた時に「風邪引き水彩紙」の処理法について描いた。(詳細はこちら→) 実はこの絵も同じスケッチブックの絵だったので、一抹の不安があった。そしていざ塗ってみたら不安は的中、やはり水彩紙が風邪をひいていた。 だが幸い、前回の経験がある。にじみの範囲はまったくコントロールできない。水と紙任せだ。 しかし古い石壁の風化具合はその偶然に任せて描くと実にいい味が出るのだ。ただしすぐ沈んだ暗い色調が広がってしまうので、明るめの壁の反射光部分は一気に塗ってはいけない。慎重に少しづつ、絵具を滴らしていくのだ。 それなりに壁は仕上がってきた。 問題はマンジャの塔の部分だ。路地の闇と対照的な明るい塔を細くためには、微妙なペンの線をはみ出ないように正確に絵具を塗りこむ必要がある。しかい風邪ひき水彩紙の上では、どんなに細い高級な筆を使おうが不可能なのだ。 だからこの部分は普段使ったことのない色鉛筆を使っている。苦し紛れではあるが、最後まで風邪引き水彩紙の始末をつけるには、手段は選んではいられない。でも実はこんな苦労は保存がわるいからだという・ […]

[…] まず店に「画材」として並んでいるものからチェックしよう。・水彩絵具12色セット 残念ながら絵描きとしてはこれは使えない。発色も良く無いし、本格的な水彩の技法も使えない。理由は別に記事を書いているので(詳細はこちら→)参照にしてほしい。・筆 ナイロン製はやめたほうがいい。理由は別記事で書いているので(詳細はこちら→)参照してほしい。 ただし最近「馬毛」の大、中、小3本セットを発見した。柔らかく、水の含みもいい。毛先も細く、ある程度しなるので私はぼかし用の筆として愛用している。・画用紙 これも水彩紙としては使えない。理由はやはり別記事で書いたので(詳細はこちら→)参照してほしい。 ただしクロッキー帳としてなら十分使える。ちょっと小さいのと、背表紙が薄く、描くときに支えにくいのが難だが、画板が準備できるようなアトリエだったら十分だ。・パレット プラスチック製しかないが、十分使えると思う。私自身は固形絵具とパレットがセットになったものを使っているので、この品は使っていない。 ・刷毛 透明水彩絵具をわざと滲まて使うとき、水彩紙全面に水を引く。この際に通常の平筆では幅が狭すぎて手間である。 画材店で日本画用の刷毛を見ると結構高い。そこで百円均一店で探したところ、幅6cm程度の刷毛を見つけた。 多目的用と説明してあるだけに、毛先はちょっと硬いが絵具をつけるわけではないので、問題はない。これも重宝している。 ここからは正式な絵の道具ではないが、持っているととても役に立つ。試して欲しい。・パレット皿 同じ色を大量に塗るときは、通常の随時混色用パレットではなく、単独の皿に混色しておくと良い。 浅すぎると水が広がりすぎて絵具濃度が一定しない。深すぎると筆を出し入れするのに邪魔になる。そしてできれば何色か同時に準備出来るほうがいい。 というわけで私は普通の白い陶器の薬味皿(二つ仕切)を2セット準備している。そして仕切りの大きさは、当然自分の使う最大筆が余裕を持って入る大きさ、深さは一度に作る色の量に十分な深さのものをえらべばよい。・水入 これも画材店に行くとかなりいい値段がする。携帯用で特殊な機能が必要な場合はともかくとして、実は水入ほどシンプルな機能の画材はない。百円均一店で十分なはずなのだ。 そう思って探してみたが、実はなかなかそれらしいものが見当たらず苦労した。 食器類は全般に浅すぎる。バケツの類は深すぎる。何より仕切りがない。筆を洗う部分の汚れた水と混色用のきれいな水は分けるべきなのだ。 可動仕切りのある整理ボックスは仕切りが、密着していないので、水が隣と混ざってしまう。 しかしある日、ついに全ての欠点を克服した理想の水入を見つけた。それは卓上リモコンボックスだ。広い、深い、仕切りが密着して水漏れがない。以来私の愛用の水入はこれである。十分だ。・水彩紙保存袋と乾燥剤 水彩紙風邪ひき現象(詳細はこちら→)とその後の苦労(詳細はこちら→)については別にところで述べたとおり。 そこで、水彩紙を乾燥した状態に保つため、最近は密封袋に入れ、乾燥剤を同梱して保存している。 袋は寝具や衣類を入れるものにすると8号のスケッチブックでも楽々入れられる。乾燥剤は好きなものを選べば良い。豊富に揃っているはずだ。 […]

[…]  透明水彩絵具を載せた時の絵具の吸い込みは早く、かつにじみの広がり程度は極めて適切だ。例えばモンバルキャンソンなどは吸い込みがとても遅い。いつまでも紙面上に水滴が残っている感覚がある。それに比較すると、とても使いやすい。 にじみ具合も(筆と水の具合いにもよるが)筆の外形から大きくはみ出すということはなかった。滲むエッジの形も自然だ。まあコントロールしやすい紙だと言えるだろう。 絵具の発色はとてもいい。紙の色は純白なので塗り残した部分の白はとても美しい。表面はコールドプレス、いわゆる中目だが、以前使っていたラングトンに比べるとやや目が荒く、人の肌を表現するにははやや、紙の目の大きさが気になった。 そして一番不満が残ったのがマスキングインク(マスキングインクについての記事はこちら→)に対する耐性。表面強度が弱すぎる。マスキングインクを剥がすときに紙が破れてしまう。特に紙に水分が残っているときに剥がすと、表面が丸ごと削れてしまうイメージだ。 ご存知のように水彩紙のにじみ具合は表面のサイジング剤によるところが大きい。サイジング剤が剥離し、紙の断面が露出した水彩紙に色を落とすとあっという間に黒ずんだ別な色になってしまう。(私の体験談はこちら→) はっきり言って絵にならない。相当に注意が必要だ。 […]

[…]  サイジングが劣化すると、水と共に絵具が瞬時に紙の中に染み込み、表面が黒ずんでしまう。とても絵にならないのだ。ちなみにこのサイジングが劣化することを、紙が「風邪をひく」という。別に記事を書いているので参照してほしい。(水彩紙が風邪をひいた!どうする?→) […]

[…]  ただし注意してほしい。最初に描いてからあまりに時間が経っていると、水彩紙(「もっと知りたい水彩画の魅力!水彩紙とは?→」を参照)が劣化して風邪引き状態(「水彩紙が風邪をひいた!どうする?ベルガモのスケッチより→」を参照)になっている可能性がある。その時は諦めた方が良い。思う色に着彩ができず、菜の花の部分まで濁ってしまう可能性があるからだ。 […]

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